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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.06.06[09:47]
 蘭麗が無慈悲に払った手を迦羅紗の若葉色の双眸が見つめる。
 冷淡な応対をされることに慣れているのか、迦羅紗の端整な顔からは何の感情も窺えなかった。
「……悪かった。だが、今日のおまえは――何処か変だ」
「おまえの杞憂だ。他人の心配より自分の心配をしろ!」
「オレが、おまえの身を案じてはいけないのか?」
「そうは言ってない。――まったく、闘いの前だというのに緊張感がないのだな。紫姫魅に狙われているかもしれぬのに……。そんな腑抜けた気構えだから、戦のたびに必ず怪我をするのだ、迦羅紗は」
「それは――オレの心配をしてくれているのか?」
 迦羅紗が唇に弧を描かせ、悪戯っぽい眼差しを注いでくる。
「ち、違うっ……! 私はただ、おまえの迂闊なところが嫌いなだけだ。――いや、そんなことはどうでもよい。今日は……帰ってくれないか? 身体の傷がまだ少し痛む。長く外にいると侍女たちに叱られるのだよ」
 蘭麗は迦羅紗から視線をずらし、はぐらかすように話題をすり替えた。
「……了解。これ以上は嫌われたくないからな。思ったより元気そうでよかった」
 迦羅紗が穏やかに微笑む。生命力に満ち溢れた若草色の瞳が、喜色を表すように細い三日月を作った。
 花園を通過する風が、彼の見事な白金髪を靡かせる。
 迦羅紗はしばし蘭麗を眺めた後、徐に立ち上がり、翼を広げた。
 蘭麗の眼前で穢れのない真っ白な羽根が優美に揺らめく。
「迦羅紗――」
 蘭麗は咄嗟に今にも飛び立ちそうな迦羅紗を引き止めていた。
「ん? 何だ?」
 迦羅紗がゆるりと蘭麗を振り返る。
「私に……おまえの羽根をくれないか?」
「――羽根? こんなもの何に使うんだ?」
「単純に私が持っていたいのだよ。――駄目か?」
 蘭麗は黄金色の双眸でしっかりと迦羅紗を捕らえた。
 迦羅紗の顔に驚きの色が浮かび上がる。蘭麗の唐突な申し出に呆気にとられているらしい。
「駄目じゃないけど……珍しいな。おまえがオレに頼み事をするなんて。どういう風の吹き回しだ?」
 迦羅紗が数度目をしばたたかせる。
 蘭麗が黙していると、迦羅紗は短く嘆息し、己の翼から羽根を一枚引き抜いた。蘭麗の手の中にそれをそっと握らせる。
「――死ぬなよ、蘭麗」
「迦羅紗こそ……」
 蘭麗の素っ気ない言葉に、迦羅紗は綺麗な微笑みを返してきた。
 サーッと風が吹く。
 同時に、迦羅紗の翼が華麗に羽ばたいた。
 曼珠沙華と共に白い羽根が乱舞する。
 紅い花びらが地に舞い戻ってくる頃には、迦羅紗の姿は何処にも見当たらなくなっていた。
 蘭麗は迦羅紗が去った空を仰ぎ見たまま、花園から立ち上がる。
 リーン、リーン……。
 足首の金環がぶつかり合い、澄んだ玲瓏が辺りに響く。
 ――私はおまえを裏切るのだろうか、迦羅紗?
 雲一つない蒼穹を眺め、蘭麗は眩しさに目を眇めた。
 蘭麗が決して手に入れることの出来ぬ純白の翼――大空に舞い上がる迦羅紗の姿が鮮やかに網膜に焼きついている。
 ――私はおまえが嫌いなわけではない。寧ろ……。
 胸中で呟きかけて、蘭麗はフッと自嘲の笑みを零した。
 今更告げても仕方がない。馬鹿馬鹿しくなるだけだ。
 苦しい想いや切ない気持ちを抱くのは、もうたくさんだった。
「どんなに足掻いても、迦羅紗と一緒になることは出来ぬ。私は《地》でおまえは《空》なのだから……。もう充分だ。おまえは私に華蓮を授けてくれた。あの子は、きっとおまえを愛するだろう。この身が滅んでも――私は華蓮の裡で生き続けるのだから……」
 蘭麗は愛娘の姿を想起した。
《地の一族》でありながら、その背に迦羅紗と同じ白き翼を持つ愛しい我が子。
 いつか、彼女は父親と同じように空へ飛び立つだろう。
 叶わなかった蘭麗の想いの分まで、蒼天を翔るに違いない。
 それだけが今の蘭麗にとっては救いだった。
「報われぬ想いに囚われすぎて、痺れを切らせた私……。氷天、おまえなら解ってくれるだろうか?」
 蘭麗はそっと瞳を閉ざした。
 脳裏に銀髪の艶やかな青年の姿が浮かび上がる。
「私のこの葛藤を……。禁じられた想いを胸に秘めている彩雅。双子の妹を誰よりも愛するおまえなら――」
 そっと独りごち、蘭麗はゆっくりと瞼を押し上げた。
 再び抜けるような青空が視界を埋め尽くす。
 ――愛している。
 蘭麗は迦羅紗から貰い受けた羽根を目の前に翳した。
 ――愛している、迦羅紗。
 生涯、口外することはないけれど……。
 報われぬ想いに呪縛され、身を切り刻まれる者とそれを断ち切ろうとする者。
 愛するが故に貪り合い――傷つけ合う。
 ――私は一足先に断ち切らせてもらうぞ、彩雅……。
 迦羅紗の羽根に軽く口づけると、蘭麗は激しい勢いで身を翻した。
 前を見据える黄金色の双眸は、彼女の鋼の意志を顕すように苛烈な輝きを放っていた――


     *


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