ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 怨嗟の念を吐き出す水妖の頬を、つと涙が伝う。
『許さない……許せないわ、そんなのっ!』
 長い髪を宙に乱舞させながら、水妖が水柯を睨めつける。
 水柯は水妖から放出される鬼気にたじろぎ、無意識に後ずさっていた。
『あの女、わたしから先生を奪っただけでなく、先生と結婚して娘まで産んでいたのね。許せない。絶対に許さないわよ、蒔柯!』
「キャッ!」
 唐突に突風が水柯を襲った。
 予期せぬ攻撃に呆気なく身体が吹き飛ばされる。
「水柯っ!」
 宙を舞った水柯の肢体を、直杉と充が二人がかりで受け止めてくれた。
 二人に支えられながら、水柯は悚然と水妖を見返した。
 水妖の『愛した人』というのが誰なのか、たった今判明した。
「あなた、パパのことが好きだったのね」
 水柯が呟いた途端、荒れ狂う風がピタリと止んだ。
『貴籐先生……わたしの愛した人』
 哀しげに囁きながら、水妖は腕に抱いた樹里に頬ずりをする。
 水柯は慄然とした。
 ――聡さんに似てるんだもの。
 記憶の断片から蒔柯の台詞が甦ってくる。
 水妖も蒔柯と同じことを想っているのかもしれない。
 樹里に聡の影を重ねているのだ。
「パパは昔、ここの美術教師だったわ。だから、あなたは美術室に執着するのね? 樹里がパパに似てるから、樹里にも固執するのね。でも……樹里はパパじゃないわ!」
 水柯はありったけの勇気を振り絞って叫んだ。
 水妖は、聡への想いを断ち切れぬまま生涯を閉じたのだろう。
 強い恋慕の念が死してなお彼女をこの世に留めている――幽霊として。
 水妖の恋が報われなかったことは気の毒だと思う。
 だが、それは決して聡や蒔柯に全ての責任があったわけではないはずだ。
 水柯にも殆ど関係のないことだ。
 樹里にしてみれば、まるで他人事だ。
 樹里を標的にするのは明らかに間違っている。
 聡の代わりに樹里を道連れにしようだなんて、絶対に許すわけにはいかない。
『解ってるわ。この子は貴籐先生じゃない。でも、似てるのよ』
「理解してるなら、樹里を離して」
『わたしは今でも先生が好き。だから、この子も好き。先生に似てるから、この子はわたしの子供にするの。わたしの子供も産まれていれば同じくらいの歳だもの。丁度いいわ』
 随分勝手なことを水妖は口走る。
『わたしは母親になりたいの。ずっと、ずっと母親になりたかった。わたしと先生の赤ちゃんの母親に――』
 切々と告白する水妖を目の当たりにして、水柯は思いきり顔をしかめた。
 初めて水妖に逢った時、彼女は嘆いていた。
 寂しい、哀しい――と。
 そして彼女は、赤子のいない空の産布を大事そうに抱えていた。
 我が子を必死に捜し求めていた。
 わたしと愛しいあの人の赤ちゃんはどこ、と……。
 子供が欲しい。
 母親になりたい。
 そう願った水妖。
 過去、水妖と両親の間では何が起こったというのだろうか?
 水柯は、答えの出ない疑問だらけの状況に苛立ちを覚えた。
 頭が混乱しすぎて、少しも整理がつかない。
「あっ!」
 突如として、充が驚きの声をあげる。
「水妖が逃げるぞ」
 続く直杉の声で、水柯はハッと我に返った。
 いつの間にか、水妖は大きく開け放たれた窓の桟に乗り上がっていた。
 無論、樹里を抱えたままである。
『先生の子供は、蒔柯なんかじゃなく――わたしが産むはずだったのよ』
 傲然と言い捨てて、水妖は躊躇うことなく窓から外の闇へと身を投じた。
「樹里っ!」
 弾かれたように充が窓辺へ駆け寄る。
 水柯も窓際へ急いだ。
 樹里を道連れにされたショックを懸命に押し殺し、怖々と窓の外を覗き込む。
 闇の中を青白い発光体が浮遊していた。
 丁度、噴水の真上だ。
 学園封鎖に伴い活動を停止していたはずの噴水。
 それが、どうしたことか勢いよく水飛沫をはね上げていた。
「樹里を返しなさいよ!」
 水柯は窓から身を乗り出して叫んだ。
 宙を緩やかに降下していた水妖が、こちらを仰ぎ見る。
 半透明なのに妙に紅く艶めかしい唇が嘲笑うようにニヤッと吊り上がった。
 そのまま水妖は噴水の囲いに静かに着地する。
「下へ行くぞ。一階に中庭に出る扉があったはずだ」
 窓外を眺める水柯と充に、直杉が冷静な声音で指示を飛ばす。
「でも……」
『開かなかったら?』と水柯が目だけで尋ねると、充が得意気に笑った。
「俺と直杉で蹴破ってやるさ」
「やっぱり持つべきものは頼もしい友人ね。――ありがとう、二人とも」
 水柯の微笑みを合図に、三人は美術室を飛び出した。
 目指すは水妖の本拠地――中庭だ。

     *



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2009.06.06 / Top↑
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