ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 皆の視線が一斉に彼に集中する。
「いや、その……伝説は伝説って――それ、おかしくないですかね?」
「伝説を真実だと認め、その危険性を知り、校則特記として成文化したのは、他ならぬあなたではないのですか、蒔柯さん。――と言いたいのだろう、園田」
 はっきり口外しない充に代わって、直杉が要点を簡素に纏める。
 充が面目なさそうに頷くのを見届けてから、直杉は怜悧な視線を蒔柯へと流した。
「それで、真実はどうなのですか?」
「伝説は、伝説よ。ただの夢物語――」
 深呼吸を一つした後、蒔柯は覚悟を決めたように言を継いだ。
「私が入学する以前から水妖伝説はあったわ。もちろん、私はこれっぽっちも信じてはいなかった。ただ、流水が亡くなった日、亡くなった場所が、あまりにも伝説とピッタリ合致してしまったから危惧を抱いたのよ。生徒たちが流水の死を伝説のせいにして騒ぎ立てるんじゃないかって。でもその反面、流水の自殺や妊娠のことが、面白おかしく脚色されて流布されることはもっと嫌だった。だから、敢えて伝説には真実になってもらったのよ。流水の死を伝説の強烈なインパクトの影に隠し、中庭の噴水に近づくことを禁じたわ。流水が自殺を図った場所に誰も近づけたくなかった……」
『じゃあ、わたしは……何?』
 茫然と水妖が呟く。
 蒔柯の激白に少なからず衝撃を受けているようだ。
「ママは電話で、伝説は真実だって言ったじゃない?」
 水柯は脳裏に浮かんだ疑問を率直に蒔柯にぶつけた。
「ええ。流水が死んだ翌年からの伝説はね」
 蒔柯が苦々しく告白する。
「学園を去った翌年、持田先生から水妖伝説の犠牲者が出たと聞いて、正直驚いたわ。流水が亡くなる前までは伝説の犠牲者なんて一人もいなくて、伝説は――本当にただの伝説だったのよ。どこにでもあるような怪談話に過ぎなかったわ」
 蒔柯が憐憫を含んだ眼差しを水妖へと向ける。
「その後も何人か犠牲者が出たらしくて、幾度か持田先生が私に相談してきたの。館林くんが亡くなってから伝説が真実になった、九月に入ると幽霊の目撃談が多くなる、って……。先生自身も赤ん坊を求めて校舎を彷徨う女生徒の霊を見たと言っていたわ。流水に似た幽霊だったそうよ。それで私は察したの。水妖伝説の犯人は、流水の亡霊だって。偶然、伝説と同じ条件の夜に自殺した流水が、誰よりも、何よりも、伝説を信じたのね、きっと」
 蒔柯の顔に苦情の色が広がる。
「私と聡さんに精神的に追い詰められ、錯乱した流水の瞳には、水妖の幻覚が映ったのでしょう。流水は、自分が伝説に殺されたと錯覚したのよ。赤ん坊も一緒に死んだと思い込んでいた流水は、そこに深い未練を残し、魂は成仏しなかった。そして残留した魂は伝説を信じるあまりに、この噴水に宿り、自ら水妖となったのよ。失った我が子を捜しつつ、伝説に忠実であろうと、九月九日、月のない夜に学園に侵入してきた人たちを憑き殺して……。そうして新たな伝説が始まったのよ。皮肉なことに、流水の死によって噂でしかなかった水妖伝説は初めて生を得たのよ」
 蒔柯は、かつて親友を追い詰めてしまったことに罪を感じているのか、水妖の視線を避けるように瞼を閉ざした。
『そんなの出鱈目よ。私は水妖。幽霊なんかじゃない。水妖に喚ばれて、この噴水に身を投げて死んだのよ。水の中で水妖と出逢い、わたしは水妖の一部になったの。水妖として生まれ変わったのよ! 伝説の水妖に! わたしは――水妖よ』
 水妖――流水は、蒔柯の言葉を全面否定するように言葉を捲し立てる。
 それを承けて、蒔柯が閉じていた双眸をゆっくりと開いた。
「いいえ。あなたは館林流水よ。水妖なんかじゃないわ」
『嘘をつかないで! その子がわたしと先生の子供だなんて嘘までついて――そこまでして、わたしを貶めるの?』
「水柯は、あなたと聡さんの娘よ。それに、あなたは水妖じゃないわ。あなたは流水の霊魂――流水の亡霊よ」
『違うわ。わたしは伝説の水妖よ!』
 流水の双眸が怒りを具現し、青白く煌めく。
 同時に噴水の水が激しく波打った。
 生き物のように蠢く水面が一気に膨れ上がる。
『わたしの子供は、この子よ!』
 流水は、腕に抱いた樹里に爛々と輝く目を向けた。
『さあ、わたしと一つになりましょう。わたしと一緒に水妖に――』
 ズザザザザザッッ!
 膨張した水が、流水と樹里の頭上高くまで伸び上がる。
 水は明確な意志をもって、二人を呑み込もうとしていた。
「樹里!」
 サラの口から絶叫が迸る。
 だが流水は、愛しい我が子を失うまいというように、ひしと樹里を抱き締めて離さない。
 水柯はいてもたってもいられなくなって、噴水に駆け寄った。
 胸では樹里を奪われる焦燥と、流水に対するやり切れない想いが渦を巻いている。
「やめて、お母さん!」
 水柯は流水の正面で立ち止まると、しっかりと顔を上げて彼女を見据えた。




← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト
2009.06.06 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。