ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 静謐な雰囲気が中庭を満たしている。
 荒れ狂っていた噴水の水面も、今は微かに揺らいでいるだけだ。
「もう大丈夫だよ」
 水柯は完全に涙が止まってから、自分を抱き締めている樹里を振り返った。
「このっ、バカ!」
 すかさず樹里に物凄い剣幕で睨みつけられる。
 水柯は大袈裟に肩を竦めてみせてから、先刻までの悲愴さを感じさせない明るい笑顔を彼に向けた。
「ねえ樹里、さっきのホント? わたしのこと好きだって――」
「何のことだか解らないね」
 フンと鼻を鳴らして、樹里は幾分白けたように水柯を睥睨する。
「わたしのこと好きって言ったよね?」
「うるさい。黙れ」
 傲然と水柯の言葉をはね除けて、樹里は水柯から離れた。
 水柯が更に追求しようと口を開きかけた時、
「まったく無茶するんだから!」
 蒔柯が駆け寄ってきた。
 一瞬怒ったような顔を見せた後、彼女は柔和に微笑んだ。
「でも……ありがとう、水柯。流水の魂は、きっと昇華したわ」
 それだけ述べると蒔柯は急に意地悪な顔つきになり、水柯と樹里の背中を同時にバシッと叩くのだ。
「心配していたのは、私だけじゃないのよ」
 蒔柯に指摘されて、水柯は樹里と顔を見合わせた。
 次に、慌てて噴水の縁から飛び降りる。
 中庭では、サラが泥まみれのまま座り込んでおり、直杉と充が怖いほどの眼力でこちらを睨めつけていたのだ。
「ママ、ごめんなさい。それから、助けに来てくれて本当にありがとう」
「水柯が無事だったんだから、それでいいわ」
 水柯が真摯に言葉を紡ぐと、蒔柯は満面の笑みを浮かべた。
 そんな蒔柯に笑顔を返し、水柯は樹里と並んで中庭を歩き始めた。
 茫然としているサラの元へ向かおうとしたその時、予期せずして旧校舎一階のドアが勢いよく開いた。


「水の妖かしとやらは何処なのです!」
 凛然とした声が中庭に響き渡る。
 突如として、和服姿の女性が長刀を片手に乱入してきたのである。
 その背後から、二十代後半と思しき男が慌てたように駆け寄ってくる。
 徳川直杉の母・美弥子と徳川家の執事である宮前だった。
「奥様、お止め下さい。思いっきり銃刀法違反ですし、奥様に物の怪が斬れるとは――」
「お黙りなさい、宮前。徳川に嫁いで二十数年――わたくしとて長刀くらい操れます。下賤な魑魅魍魎如き、わたくしが一刀両断のもとに成敗してくれます」
 美弥子が双眸を爛々と輝かせて豪語する。
 その場にいる誰もが美弥子の出現に驚き、圧倒されていた。
 中でも、充に支えられている直杉の驚きようは凄まじかった。
 普段は滅多に動かぬ表情だが、今は双眸が大きく瞠られ、唇が半開きになっていた。
「いえ、そういうことでは……。あっ、ああ、若! どうか奥様を説得して下さいっ!」
 直杉の姿を発見した宮前が、縋るような眼差しを彼女に注ぐ。
 その一言で、美弥子もようやく娘の姿を認識したようだった。
「直杉さん――」
 長刀片手に、美弥子が直杉に歩み寄る。
 声もなく直杉が母親を見つめていると、美弥子は直杉の捻れた足首に視線を落とし、渋面を作った。
 しばらくしてキッと顔を上げると、彼女は驚くほどの勢いで娘の頬を平手で打った。
「は、母上……」
 叩かれた頬を紅く染めた直杉が、愕然と美弥子を凝視する。
「また無茶をしたのですね、直杉さん」
「母上、これには訳が――」
「どうして、貴女はいつも己を顧みずに無茶をするのです!」
 説明しようとした直杉の言葉を遮り、美弥子は烈しい口調で叱責した。
「貴女は女子なのですよ。徳川の跡取りである前に、一人の女の子なのです。なのに、どうして殿方以上に無茶ばかりするのです。いつも、わたくしの肝を冷やすことばかり……」
「母上は……私が女子であっていいと――そう仰っているのですか?」
 虚を衝かれたように、直杉が目を見開く。
「母上は私が女であるから、私のことを憎んでいたのではないのですか?」
「何のことです? 憎んでいるのは、貴女の方でしょう?」
 美弥子は驚いたように眉をはね上げた。
「わたくしが貴女を男子に産まなかったばかりに、貴女は不甲斐ない母を恨み続けているのではないのですか? わたくしは、ずっとそう思っていました」
「そんなことはありません。……私と母上の間には、何か誤解が生じているようです」
「そのようですね……。わたくしは、ようやく授かった貴女を、出産してすぐにお祖父様に取り上げられました。それも全て将来徳川を背負う貴女のためと思い、泣く泣く我慢致しました。徳川を継いだ時の重責を考慮し、貴女を厳しく育ててもきました。わたくしは……決して良い母親ではないのでしょう。ですが、直杉さん、貴女はわたくしのたった一人の娘です。徳川家存続のための道具ではなく、わたくしの大切な娘なのです。それだけは覚えておいて下さい。後のことは病院で手当てをしてから話し合うことにしましょう。――宮前!」
 不器用ながらも誠実に言葉を紡いだ後、美弥子は宮前を呼び寄せた。
 宮前が畏まった様子で直杉に手を差し出す。
「何だかよく解らないけど――良かったな、直杉」
 直杉を宮前に託しながら、充が明るく微笑む。
 直杉は母に叩かれた頬を心持ち嬉しげに手で撫でながら、口の端を吊り上げて充に微笑を返した。
「他人のこと喜んでいる場合ではないようだぞ。ほら――次は園田の出番のようだ」
 直杉が悪戯な光を双眸に宿し、背後に向かって顎を刳る。
 ほぼ同時に、
「充っ!」
 高級スーツに身を包んだ男が、開け放たれたドアから中庭に飛び込んできたのである。
 充の養父――園田隆だった。


「げっ、親父……!」
 取り乱した様子で駆け寄ってくる若い父を見て、充はギョッとした。
 目を剥く充を尻目に、隆は勢いよく息子に抱きついてくる。
「よかった。無事だったんだな!」
「うわっ、いきなり現れたと思ったら、何なんだよっ!?  恥ずかしいから離れろっ!」
 唐突に抱きすくめられ、充は狼狽した。
 慌てて隆を両手で引き剥がす。
「悦子さんが、突然会社に押しかけてきたんだ。物凄い剣幕で『充を返せ』と言ってきたから、今日一日ずっと心配してたんだぞ」
「――は?」
 言われた内容を把握し損ねて、充は眉をひそめた。
 しかし、充を見つめる隆の表情は真剣そのものである。
「不安になってマンションに行ってみたら充はいないし、携帯電話も繋がらないから――てっきり悦子さんに誘拐されたものだと思っていたんだ」
「ああ……大丈夫。あの人とは逢ってないし、この通り無事だから」
「本当におまえが無事でよかった。もしかしたら悦子さんの元に帰ったんじゃないか、って気が気がじゃなかった。丸一日、生きた心地がしなかったよ」
「……心配かけて悪かったな。けど、俺はどこにも行かないし、絶対にあの人の所に帰ったりなんかしないって。もっと信用しろよ。今――俺の家族は、あんただけなんだからさ」
 ぶっきらぼうに充が告げると、隆はその言葉に感激したのか瞳を潤ませ、次に喜色満面に微笑んだ。
「充!」
 再び、物凄い勢いで隆が充を抱き寄せる。
「だーかーらー、抱きつくのは止めろってっ!!」
 直ぐ様、充の不満そうな――それでいてどこか照れを孕んだ叫びが中庭に谺した。


「ちっとも状況が理解できないけど、何だかマンガのネタになりそうなシーンの連続ね」
 徳川・園田両親子の対面を少し離れた場所から眺めながら、水柯は嬉しさに口元を緩めた。
 目の前で展開される珍しい光景を網膜に焼きつけておこうと、二組の親子を瞬きもせずにじっと見つめる。
 いつの日か、マンガを描く上で役に立つかもしれない。
「こんな時までマンガのこと考えるなよ」
 傍らに立つ樹里が心底嫌そうに呟き、大仰に溜息をつく。
 仕方なく、水柯は直杉たちから視線を引き剥がし、樹里を見上げた。
「文句垂れる前に、樹里にもやるべきことがあるでしょう」
 水柯がジロリと睨むと、樹里は大儀そうに肩を聳やかした後、水浸しの庭にへたり込んでいるサラへ向かって足を踏み出した。
「……元モデルなのに、カッコ悪い」
 わざとらしく悪言を吐いて、樹里はサラの前で立ち止まった。
「いつまでも濡れてないで、早く立てば?」
 突き放したように言いながらも、樹里がサラに片手を差し伸べる。
「樹里……。私を許してくれるの?」
「ちゃんと話を聞いてからね」
 サラは泣きながら息子の手を取った。
 樹里がもどかしげにサラの腕を引き、素早く彼女を立ち上がらせる。
「助けに来てくれて、ありがとう――母さん」
 短く、無愛想に告げて、樹里は直杉と充のいる方へと身を転じた。
 水柯はちらとサラを盗み見た。
 その顔に救われたような笑みが浮かんでいるのを発見して、水柯もつられて微笑する。
 樹里とサラの関係に修復の余地があることが、なぜだか自分のことのように嬉しかった。
「ナオちゃん、充くん!」
 水柯は笑顔のまま、樹里を追って二人の友人の元へと駆け寄った。
 親との会話を一通り終えたらしい直杉と充が、同時に水柯を振り返る。
「あまり元気だと嫌味を言いたくなるぞ」
「樹里も水柯ちゃんも散々心配かけやがって」
 直杉と充に棘のある声を投げつけられ、水柯は決まり悪く首を竦めた。
「でも、無事だったからいいだろ」
「まあね。――けど、俺の華麗な活躍が少なくて、ちょっと不満だな」
 宥める樹里に向かって、充がニヤッと笑ってみせる。
「何を言っているのだ。私は足の骨が折れるまでは、しっかりと活躍したぞ。おまえは、それ以後も活躍の場があったのに敢えて放棄しただけだろう」
 冷厳に直杉が言い放つ。
 図星を指されて何も言えなくなったのか、充は唇を尖らせて押し黙った。
「とにかく、みんな無事で良かったね」
 水柯は微笑みながら樹里を見上げた。
 すると樹里は、落ち着かない様子で水柯を見返してくるのだ。
「あっ、ああ……。あのさ、水柯――もう十二時過ぎたかな?」
「えっ? 過ぎたんじゃない」
 水柯は幼なじみの意図が把握できずに小首を傾げた。
 次の瞬間、
「そうか!」
 樹里の嬉しそうな声が響き、水柯は力強く彼に抱き寄せられていた。
「誕生日おめでとう」
 美しい微笑みを閃かせ、樹里は予告もなしに水柯にキスしたのだ。
 水柯は驚きと嬉しさに、ひたすら茫然とした。
「おっ、いいな。よし直杉、俺たちも!」
 充が直杉にグッと迫る。
 その頬に、容赦なく直杉の平手が見舞われた。
「阿呆。私は誕生日ではない」
「うわっ、酷い裏切りだな! 卑怯だぞ。生きて帰ったら続きをするって――」
「知らぬ。そんな昔のことは疾うに忘れたし、そもそも吊り橋効果など私に期待するな」
 傍で充と直杉が口論を繰り広げ始める。
 それを右耳から左耳へと素通りさせながら、水柯はしばし無言で樹里を見つめていた。
「樹里……今の何?」
 短い沈黙の後、水柯は呆けた声音で呟いた。
 陶然とした想いと早鐘のように鳴り響く鼓動が、胸の奥で交錯する。
「誕生日プレゼント」
「女嫌いは、どうしたの?」
「たった今、返上した。だから、その――好きだ、水柯」
 己の告白に照れているらしく、樹里の頬がほんのりと赤く色づく。
 水柯の顔にはパッと笑顔の華が咲いた。
「うん。わたしも樹里のこと大好き!」
 水柯は喜々と弾む心に忠実に、思い切り樹里に飛びついていた。
 樹里がしっかりと水柯を抱き留めてくれる。
 二人は自然と唇を重ね合わせていた。
 薄暗い中庭に白銀の光が淡く射し込み、二人を照らし出す。
 同時に、濡れた大地が光を乱反射させ、中庭に魅惑的な幻想世界を生み出した。

 雨上がりの夜空、美しい冷光を放つ月が煌々と輝いていた。



       《了》



 
→ BACK

ブログパーツ
スポンサーサイト
2009.06.06 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。