ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「きゃあぁぁぁぁっっっ!!」
 扉の向こう側で甲高い悲鳴があがる。
 鞍馬だ。
 彩雅と綺璃はスッと表情を引き締め、鋭い視線を扉へ浴びせた。
「鞍馬、どうしたっ!?」
 綺璃が懸念たっぷりの声音で叫ぶ。
「いやっ! 離してっっ!!」
 だが、それに対する鞍馬からの応えはない。恐怖に塗れた悲鳴が続くだけだ。
「鞍馬っっ!?」
 ガタッ、ガタンッ、と激しい物音が鳴り響く。
「――綺璃っ!」
 ようやく鞍馬が綺璃の名を呼んだ。
「助けて、綺璃っっ!!」
 先ほどの口論のことなど念頭からすっかり抜け落ちたらしく、鞍馬が縋るように綺璃の名を呼び続ける。
 それほどの大事が鞍馬の身に起こっているのだ。
「鞍馬っっ!」
 ドンッ! と、綺璃が拳で扉を叩く。
 扉の向こう側では争うような激しい物音が続き――そして、それは急に途絶えた。
 しんとした奇妙な静寂が訪れる。
「鞍馬っっ!?」
 綺璃がたまりかねたように勢いよく扉を蹴った。
 しかし、施錠された扉は意想外に堅固でビクともしない。
 綺璃が忌々しげに舌打ちを鳴らす。同時に、軽く波打つ紅い髪がゆらゆらと揺れた。
 彩雅の目には、それがまるで本物の炎のように映し出される。
 ――綺麗だ。
 こんな時に非常識だが、いつ見ても綺璃の髪は紅蓮の炎の如く鮮やかで美しかった。
 綺璃が扉の取っ手を握り締める。
 刹那、ボンッと小さな爆発が起こり、扉が吹き飛んだ。
 容易く破壊された扉の後を追うように綺璃が室内へ駆け込む。
「鞍馬っっ!?」
 綺璃の視線が愛する妻の姿を求めて室内を泳ぐ。
 残念ながら、鞍馬の姿は何処にも見当たらなかった。
 小競り合いの跡を示すように、卓や椅子が床に散乱している。
「……ちくしょう!」
 綺璃が苛立たしげに床に転がっていた花瓶を蹴飛ばす。そのまま彼は荒々しい足取りで窓辺に移動した。
 窓は大きく開け放たれ、垂れ絹がひらひらと風に揺られている。
 何者かが外部から侵入し、鞍馬を攫っていったのだ。
 綺璃は窓から外を見下ろし、何かを発見したのか険しく眦をつり上げた。
 直後、彩雅には何も告げずに、綺璃は開けっ放しの窓から飛び降りたのである。
「あっ! オイ、綺璃――!?」
 訳が解らずに、彩雅は綺璃の後に続こうとした。
 予期せずして、背後からその腕を掴まれる。
 彩雅は驚き、足を止めて振り返った。
 側近の雪が真摯な眼差しで彩雅のことを見上げていた。
「雪、何故止める? 綺璃を追わなければ――」
 彩雅が怪訝そうに雪を見返すと、彼は冷徹な表情で首を横に振るのだ。
「いけません、王」
「綺璃が心配だ!」
「王、少し冷静になって下さい。あなたらしくもありませんよ。窓の外を――」
 雪が自分の主に窓外を見るように促す。
 彩雅は、飛び降りる直前の綺璃の厳しい顔つきを思い出し、素直に雪の言葉に従った。
 綺璃のあの反応は、外の世界に何かを見出したからだろう。
 彩雅は窓から身を乗り出すようにして、外の世界に臨んだ。
 直ぐさま、視界に異物が飛び込んでくる。
 おそらく綺璃が目にしたものと同じ光景だろう。 
 煌緋城のすぐ傍に黒い霧のようなものが浮遊しているのだ。
 それを確認した途端、彩雅は秀美な顔を曇らせた。
 結界だ。
 しかも、見覚えがある。誰のものなのか――
「まさか、あれは……」
 横目で雪に視線を流し、彩雅は唸るように呟いた。
 強力な念を織り込まれて造られた結界内は、創造主に有利な空間を生み出す。
 漆黒の結界は不吉だが、何処か気高く艶めいてさえ見えた。
 彩雅の脳裏を常闇のように美しい双眸を持つ男の姿がよぎる。
 眼前に広がる黒き霧は、《彼》の瞳にあまりにも酷似しすぎていた。
「おそらく――紫姫魅天でしょう」
 彩雅の推測を代弁するように雪が渋面で告げる。
「やはり、紫姫魅か――」
 彩雅は苦々しく呟いた。心の片隅では、それを認めたくはないという作用が働いていた。
 だが、あれは紛れもなく紫姫魅が張った結界であり――鞍馬を攫ったのは彼その人なのだろう。綺璃も一目で犯人が紫姫魅だと察したから、すぐに後を追ってのだ。
 そこまで思考を巡らせて、彩雅はハッと我に返った。
「――綺璃っ!!」
 無意識に身体が窓を乗り越えようとする。
「王っ!」
 物凄い勢いで飛び出そうとした彩雅を、雪が力任せに引き戻す。
「邪魔をするな、雪!」
 彩雅は微かな怒気を孕んだ眼差しで雪を見遣った。
 綺璃を助けに行くことを阻まれる理由などないはずだ。親友の危機を放っておけるほど彩雅は薄情ではない。
「いいえ、どうあっても引きません。あなたは炎天様の友人である前に、我らが王なのですよっ!」
 雪が懇願するように彩雅を見つめる。
「そんなことは解ってる!」
「解っているのならば、一族のために思い留まって下さい! 我らは――あなたを失うわけにはいかないのです!」
「私に――綺璃を見捨てろ、と言うのか?」
「そうです」
 雪が力強く断言する。彩雅に向けられた双眸には鋭利な輝きが灯っていた。本気で述べているのだ。
「雪、何ということを……! ――嫌だ。私は綺璃を助けに行く」
 彩雅は意を翻さず、強情にも言い張った。
 雪の言わんとすることは重々承知している。
 天王の側近である紫姫魅は、強大な神力を保有する神だ。七天である綺璃や彩雅が相手でも結果は引き分け――運が悪ければこちらが敗れてしまう畏れもある。
 もしかしたら、綺璃は紫姫魅に殺められるかもしれない。
 雪は、彼を助けようとした彩雅までもが紫姫魅の毒牙にかかることを危惧しているのだ。
 貴き王の身を案じているからこそ、雪は彩雅に酷な選択を迫っている。
 一族にとって、王は不可欠な存在なのだ。
 そんなことは王である彩雅自身が誰よりも知悉している。
 だが、一族も大事だが――綺璃も大切だ。
 彩雅には綺璃を切り捨てることなど出来はしない。王としての立場から考えれば、一族が最優先だろう。だが、幼い頃よりずっと共に歩んできた綺璃に対する友愛の念は、そんなに簡単に割り切れるものではないことも確かなのだ。
「私にとって綺璃は……とても大切に存在なのだよ」
「だからといって、二人で死ぬつもりですか? 王、この場はお鎮まりを――僕なら後でどんな罰でも喜んでお受けしますから!」
 雪の切羽詰まった瞳が彩雅を射る。
 彩雅はそれを断ち切るようにかぶりを振った。
「それは聞けぬ。雪、行かせてくれ」
「王っ!? ――彩雅様、ご無礼お許しを……」
 最後の決断に雪が目を見開く。どうしても綺璃を助けると言い張る彩雅の鳩尾に、彼はただ一度だけ拳を叩き込んだ。
 彩雅は不意打ちを喰らって、小さく呻いた。激痛が身を苛む。雪の攻撃をまともに受けた彩雅は呆気なく体勢を崩し、そのまま雪にもたれかかった。
「……ゆ……き……」
 小さな囁きを残して、彩雅の首ががっくりと折れる。
 雪の目論見通り意識を手放してくれたようだ。
 雪は、重みの増した彩雅の身体をしっかりと支えた。
「お許しを、王。これがあなたと我が一族のためなのです」
 雪は哀しげな眼差しを紫姫魅の結界へと向けた。
 ――炎天様、どうかご無事で……。
 鄭重に彩雅を抱き上げると、雪は鞍馬のものと思しき寝台まで移動し、その上に主をそっと横たわらせた。
「王――彩雅様、ご安心を。あなたを悲しませたりはしません」
 雪は敬愛の眼差しを彩雅に注いだ後、額に填められている水晶に手を添え、瞼を閉ざした――


     *


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2009.06.07 / Top↑
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