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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.06.07[08:48]
 紫姫魅の剣が綺璃の胸を貫いた。
 いや――そうなるはずであった。
「――――!?」
 襲い来る苦痛を覚悟していた綺璃は、予期せぬ出来事に目を瞠り、息を呑んだ。
 綺璃の目と鼻の先で、剣の切っ先が煌めいている。冴え冴えとした刀身を伝い、深紅の液体が流れ落ちていた。
 綺璃は傷一つ負っていない。
 紫姫魅も怪訝な面持ちで何かを見つめていた。
 闖入者だ。
 綺璃と紫姫魅の間に何者かが割って入ったのである。
 綺璃の眼前で銀色の髪が揺れている。
 ――彩雅!?
 咄嗟に綺璃はそう思った。だが、紫姫魅に向けられている顔は彩雅のものではない。
 まだ少年と大人の狭間を彷徨っているような、不思議な魅力を秘めた顔立ち。
《氷の一族》特有の銀髪に碧い瞳。彼の額には明澄な輝きを放つ水晶が一つ填め込まれていた――特別な貴石だ。
「……これは、これは――実に妙なところで、珍しい人物に逢えるものだな」
 少年の水晶に視点を据え、紫姫魅が意味深な冷笑を湛える。
「直に顔を合わせるのは、これが初めてかな? 《氷の一族》参謀長閣下――いや、氷天継承者・雪殿」
「お目通りできて光栄ですよ、紫姫魅様」
 少年――雪が目を逸らさずに紫姫魅の視線を受け止め、微笑を浮かべる。
 彼は肩に深々と突き刺さっている剣を掴むと、一気に引き抜いた。
 パッと傷口から鮮血が噴き出す。紫姫魅の剣の方は、驚くべきことに瞬時に凍り付き、粉々に砕け散っていた。
「次期氷天ともあろう者が、何故にこのようなところへ?」
 怯む様子もなく自分を見返す雪の姿に、紫姫魅の秀麗な眉が微かにひそめられる。
「身の危険というものを知らないようだな」
「いいえ。私は身の安全を考えたから、ここへ来たのですよ。そう、私の王の安全を――」
「なるほど。誰も彼もが彩雅の崇拝者というわけか。――まあ、よい。私はそろそろ退散させてもらうよ、綺璃。鞍馬天の生命は、おまえ次第だからな。覚えておくがいい。そして、雪――」
 紫姫魅は嘲笑と共に揶揄を唇に乗せる。彼は、雪の背後で茫然としている綺璃に冷めた一瞥を与えると、再び視線を雪へと戻した。
「おまえとはもう一度逢いたいものだな。もっとも生きてこの《結界》から出られたら、の話だが――」
 紫姫魅の美顔を冷笑が彩る。
 言い終えると同時に、彼の姿は黒い霧に溶け込むようにしてスーッと消えた。
 闇の中に、綺璃と雪だけが残される。
「お怪我はありませんか、炎天様?」
 肩の傷を片手で押さえながら、雪が綺璃を振り返る。
「あ、ああ……しかし、何故――?」
 綺璃は困惑の表情で雪を見つめた。雪には綺璃を助ける義理も所以もないはずなのだ。
「あなたに何かあると、彩雅様が哀しまれるので……」
 雪が簡素に応える。綺璃に向けられた瞳には、一瞬自嘲の光が瞬いた。
「聞いていただろ? 俺は……アレを殺すかもしれないんだぞ」
「あなたは絶対にしませんよ。我が王を手にかけることなど、炎天様には出来ないでしょう」
 雪が儚く微笑む。
「《道》を造ります」
「おまえは怪我をしてるだろ。《道》は俺が造る」
 綺璃は雪の肩に険しい視線を注いだ。
 紫姫魅の造った《結界》を抜け出すためには、神力を集結させて外界へと通じる《道》を新たに創造しなくてはならない。そのためには膨大な神力を必要とするのだ。
 雪は負傷している。肩の傷からは留まることを知らないようにドクドクと血が溢れているのだ。
 生憎、綺璃には治癒能力は備わっていない。雪を助けるためには、彼の体力を温存させ、自分が《道》を切り開くのが最善の方法だ。
「いいえ。《道》は私が――」
 しかし、綺璃の提案を雪はかぶりを振って頑なに拒絶するのである。
「――雪?」
「私は……どのみち死にますよ。紫姫魅様は用心深い方ですね。ご丁寧に、刀身に毒が塗ってあったようです。直に私の全身は毒に侵され、朽ちるでしょう」
 至極冷静な声音で告げ、雪が瞼を閉ざす。
 少年の両手に神力が集中し始めた。
「雪っ!? 駄目だ、雪っっ!!」
 綺璃は慌てて制止の声を発した。
 苦い感情が綺璃の胸を占拠する。
 彩雅が哀しむ。
 先刻、雪は綺璃にそう告げた。だがそれは、雪に対しても同じことが言えるのだ。
 彩雅がどれほど己の後継者を大切に育ててきたのか、よく知っている。
 だからこそ、雪を死なせたくない。
 死なせてはいけないのだ。
「雪っっっ!!」
 綺璃は悲鳴にも似た叫びをあげながら、雪に向かって手を伸ばした。
 ――が、その叫びは何処かへ掻き消され、指先は雪に届かなかった。
 雪の掌から眩い光が放たれる。
 白い閃光が綺璃を包み込んだ――




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