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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.06.07[08:52]
 溢れるほどの光量に耐えきれず、瞼を閉ざす。
 再び瞳を開いた時、綺璃の視界に飛び込んできたのは、煌緋城の脇にある森だった。
 いつもの見慣れた景色。
 ただ、すぐ間近に傷ついた雪が倒れているだけ……。
「――雪!?」
 綺璃は少年の傍に膝を着いた。
「雪……?」
 呼びかけるが、雪からの応えはない。
 雪の身体に手を触れようとして、
「――――!?」
 綺璃は唐突に動きを止めた。
 自然と双眼に緊張の色が走る。
 ――彩雅が来る。
 馴染んだ気配がこちらへ接近している。
 友の出現を感じ取るなり、綺璃は己の剣を手に取った。
 未だ雪の肩から激しく流出している血液をべったりと刃に擦り付ける。
 ――茶番だ。
 綺璃は心の裡で自嘲すると、徐に立ち上がった。
 残された道は、たった一つしかない――
 選択肢の少なさに、また己に対する嘲笑が込み上げてくる。
 綺璃はそれらを唇を硬く引き結ぶことで強引に封じ込めると、毅然と前を見据えた。
 視線の先――空間が奇妙に捻れている。
 ほんの少しの静寂の後、歪んだ空気を裂くようにして彩雅の姿が現れた。
 長い銀の髪が典雅に靡く。
 彩雅は着地するなり雪の凄惨な姿に気がつき、碧い双眸を見開いた。
「雪っっ!?」
 彩雅が脇目も振らずに雪へと駆け寄る。
「……雪? ――雪!」
 彩雅の手が大切な後継者の頬を撫でたり、肩を揺すったりする。
 ……だが、雪からの返事はない。
 懸命に雪の名を連呼する彩雅の姿は、痛々しく綺璃の目に映った。
「雪……雪――何故、一人で?」
 彩雅の指先が愛しげに雪の青ざめた頬を滑る。
 雪に向けられた双眸から、つと透明な液体が零れ落ちた。
 それをまともに目撃してしまい、綺璃は思わず顔を背けてしまった。彩雅の苦痛に満ちた顔を見ていられなかった。元を辿れば、自分が原因なのだ。
 雪を死なせ、彩雅を哀しませ――
 ――俺は……何をやっているんだ?
 雪一人救えずに。
 それでも七天の一人か――と己がとてつもなく情けなくなる。守護天が聞いて呆れる。
 ――しっかりしろ。俺には、まだやるべきことがある。
 綺璃は挫けそうになる心を奮い立たせ、きつく剣の柄を握り締めた。
「綺璃――」
 彩雅が自分を呼ぶ。
 綺璃は面を上げ、彩雅に視線を戻した。その顔に迷いはない。
「誰が……雪を?」
 悔やみと怒りを含んだ彩雅の声。
「俺が殺した」
 綺璃は逡巡することなく断言した。
「――――!?」
 瞬時、彩雅の顔に動揺と驚愕が浮かび上がる。
「嘘……だ……。何故、綺璃が……?」
 彩雅がゆるりと雪から離れ、濡れた瞳で綺璃を見つめる。
「どうして、綺璃が雪を殺さなければならないっ!?」
 何も応えない綺璃に苛立ちを覚えたのか、彩雅は友人の腕を乱暴に掴んだ。
 彩雅の指が、綺璃の腕に食い込む。細く繊細な指は、何かに怯えるように震えていた。
「綺璃っ! お願いだ。嘘だと言ってくれっ……!!」
「……嘘ではない」
 綺璃は片手を持ち上げ、彩雅の眼前に血に塗れた剣を差し出した。
 彩雅の両の瞳が張り裂けんばかりに瞠られる。
「……あや……り……」
 彩雅の指が、綺璃の腕から滑り落ちる。
 その瞬間を綺璃は忘れないだろう。
 胸が発狂寸前の悲鳴をあげた。
 彩雅のその手は、二度と自分の肩を抱くことはないだろう。
 その口は、二度と自分のことを《友》とは呼ばないだろう。
 心が――哭いた。
 覚悟を決めても尚、彩雅を愛しいと想う。傷つく姿も哀しむ姿も見たくはない。
 何より――離れたくない。
「俺がやった。この剣で……」
 己に言い聞かせるように、綺璃はゆっくりと言を紡いだ。
 ――俺には出来ない。鞍馬を見捨てることも、彩雅の生命を奪うことも。
 ならば、許される術は一つしかない。
 紫姫魅の用意した滑稽な舞台の上に立つしかないのだ。
 ――高みから余興を愉しむがいい、紫姫魅。この生命、おまえにくれてやろう。それで、愛する者たちを護ることが出来るのなら……。
 綺璃は、衝撃のあまりに立ち竦んでいる彩雅の左手にチラと視線を走らせた。
 手首に填められた太い銀細工の腕輪――その下でのたうつ傷痕を想起すると、胸が病んだ。
 遙か昔の過ちは、記憶の底に埋もれているだけで、決して綺麗に払拭されているわけではないのだ。
 綺璃は彩雅の腕輪から目を引き剥がした。
 厳しい眼差しで彩雅を見据える。
「まだ解らないのか、彩雅? おまえは頭の良い男だろう」
 茫然自失状態で自分を眺めている彩雅の胸を突く。
「俺が殺したんだよ」
 綺璃は残酷な言葉を繰り返した。
 彩雅の絶望に打ちひしがれたような眼差しが、じっと綺璃だけを捉えている。
「……何故?」
「俺の邪魔をしようしたから殺したまでだ」
「邪魔などではない! 雪はおまえを助けようと――」
「俺の知ったことじゃない」
 彩雅の必死の抗弁を冷徹に一蹴する。
 刹那、空気が凍り付いた。
「俺が雪を殺したんだよ、彩雅」
「綺璃――」
 彩雅の喉から押し殺したような声が洩れる。
 彼は綺璃を見つめたまま、腰に帯びた剣にそっと手を伸ばした。


     「二の章」へ続く




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