ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 大陸暦一二八五年――


 紅蓮の炎が、春の夜空に舞い上がっている。
 聞こえるのは、兵士達の鬨の声と逃げ惑う人々の絶叫や泣き声。
 大気に充満するのは、物体が焼け焦げる不快な匂い。
 むせ返るほどの血の匂い……。
 心地好いはずの春の夜――キールの王都マデンリアは炎上していた。


     *


 誰も私を愛さない。
 私も誰も愛さない……。

 
 闇を思わせる漆黒の双眸で、彼は夜空に舞っては散る火の粉を見つめていた。
 感情というものを一片も露呈しない、人形めいた凍て付く眼差しだった。
 ――私は、誰も愛さない。
 燃え上がる都市を眺めながら、彼は心の中で言葉を繰り返した。
 建国から約千二百年――何人にも侵されたことのない国・キール。
 その王都であるマデンリアが、今、彼の眼前で激しい炎を噴き上げていた。
 創始以来、血にまみれることのなかった由緒正しき古都は、初めての敵襲に驚愕し、狼狽え、泣き、叫び、怒っていた。
 だが、その都の悲鳴も苦悶も彼には届いてはいない――聞こえない。
 ――私は誰も愛さない。
 ――愛すれば……滅びてしまう。
 事実、彼の愛した人々は悉くこの世を去っていた。
 忌まわしき彼自身の《力》ゆえに。
 彼は、己れが呪われていることを知悉していた。
 この身には魔性が宿っている。
 そう、己が半身を手にした、あの日から……。
 ――私は、世界に滅びをもたらすために生まれた。
 ――だから、誰も私を愛さない。
 ――私も誰も愛さない。
 ――愛すれば滅んでしまう。
 ――滅んでしまう……。
 呪文のように、彼は胸中で言葉を紡いだ。
 ――滅びるのならば、いっそ全て滅んでしまえばいい。
 ――世界など消えて無くなってしまえばいいのだ。
 ――どうせ誰も私を愛さず、私も誰も愛さないのだから……。
 彼は、炎を上げる都を馬上から無感動に見つめ続けている。

「陛下っ! ――陛下!」
 ふと、誰かが彼を呼ぶ。
 彼は緩慢な動作で、声の主へと首をねじ曲げた。
 常に彼の傍らにいる近衛兵が真摯な表情で、彼を見つめていた。
 瞬時、彼の心は現に戻り、自身が何者であるかを克明に思い出していた。
「陛下、キール城から第二王子アイラの軍が出てきた模様です。我が軍も新たな兵を投入する時機かと――」
「……解った」
 短く応え、視線を燃え上がる都へと戻す。
 この地に――都に火を放ったのは、彼だった。
 戦乱の火蓋を切って落としたのは、紛れもなく彼自身だった。
 ――私は、世界に破滅をもたらすために、天から地上へ降りた魔の化身。
「余は、ラパス・エンキルド。直に、世界の覇王となる――」
 低く呟く彼の口許には、他者を戦慄させるような残酷で凄惨な薄笑みが刻み込まれていた。
 目前の血のような紅い炎に包まれる都を、初めて『美しい』と感じた。
 これは宴だ。
 遊戯だ。
 誰かが彼を殺すその瞬間までの、ちょっとした戯れだ。
 彼は、静かに腰に帯びた剣の柄に手を伸ばした。
 愛おしげに指で柄を撫でる。
 愛する者の生命を奪ってゆく、忌々しき剣。
 だが、同時にそれは、切っても切れぬ彼の大切な半身でもあった。
「ゆくか、ザハーク。あの城に、おまえのつがいが待っている――」
 彼は半身に語り掛け、その身を鞘から抜き払った。
 闇から創られたような黒々とした刀身が不吉に輝くのを、彼は笑みを浮かべて見つめた。
 誰かが彼に滅びをもたらす、その日が来ることを、切に願って――


     *


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2009.06.07 / Top↑
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