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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.06.07[10:49]
 ギルバード・アーナス・エルロラ。
 誕生と同時に、大陸の創世主であり全知全能の神であるエルロラから、神剣『ローラ』を授かったキールの王女。
 隣国ブレアとの国境争いの際、初陣を飾ったのが僅か十四の時。
 それ以来、四年間、戦では負け知らず。
 類い稀な美貌。
 戦闘時における素晴らしい指揮・統率能力。
 そして、エルロラ神の恩恵。
 美しく聡明な王女は、すぐにキールの象徴として祭り上げられ、現在その勇名は大陸全土に響き渡っていた。
 しかし、その勇ましい彼女も今ばかりは無力だった。
 ロレーヌ三国の一つ――カシミアが『平和協定』を破り棄て、夜の闇に乗じて王都に奇襲攻撃を仕掛けてきたのである。
 瞬く間に、華やかな王都は血と殺戮の渦に巻き込まれた。
 王都にはカシミア兵が溢れ、傲慢に戦火を広げている。
 王城は固く扉を閉ざしているが、いつカシミア軍が侵攻してきてもおかしくない状況だった。
 そんな最中を、アーナスは教育係であるアガシャに半ば騙される形で城から連れ出されたのだ。
「……行くぞ」
 アーナスは、全ての感情を押し殺したような声音でアガシャに告げた。
 王都からの脱出が王命であるのならば、それに従うざるを得ない。
 それに、今のキールにとって、確かにイタールの援軍は欠かせないものだ。
 宣戦布告もなくカシミアの夜襲にあったキール軍は、右往左往。
 烏合の衆も同然で、半数ほどがカシミア軍に蹴散らされた。
 城を抜け出す際、アーナスが耳にした戦況は、そんな惨々たるものだった……。
「城は、どれぐらいもつ?」
 アーナスは再び身を反転させて、細長い地下道を歩み始める。
 安堵したような吐息を洩らし、アガシャが隣に並んだ。
「キール軍本隊と第一王子ランシェ様の軍が、マデンリア内でカシミア兵に応戦しています。第二王子アイラ様の軍は、王城の周囲を。城内には陛下の近衛兵のみですが、王妃様を筆頭に、魔術師団が魔法で城にシールドをかけております」
「魔法力が尽きた時、もしくはカシミアが強力な魔術師を派遣してきた時が――終わりか」
「恐れながら……。一週間か十日が潮時、もって二週間だと……」
 非常に言い難そうに、アガシャが応じる。
 誰だって、祖国の滅亡の日など推定したくはない。
「間に合わせよう」
 簡潔にアーナスは告げた。
 歩調を強めながら、頬にかかる癖のない金髪を鬱陶しげに手で払い除ける。
「全ては、あのラパスの馬鹿が悪い! 実の兄から王位を簒奪した次は、このキールだと? 図々しいというか、身の程知らずの無法者だ、奴はっ!」
「余程、姫様に求婚を断られたことが癪に障ったの――」
「アガシャ! その話しはするな。不愉快だ……!」
 アーナスは素早くアガシャの言葉を遮断した。
 厳しい目つきで、己れの教育係を睨めつける。
 現在、カシミアの玉座には、ラパスという二十代半ばの若い男が就いていた。
 半年前に実兄であるサマリに叛旗を翻し、彼を殺害することで強引に玉座と王冠を奪い取った、危険な野心家である。
 ラパス即位の報がキールとイタールに届いた時点で、両国は彼がロレーヌ全土を掌中にしようと目論んでいるのではないか、と懸念した。
 その危惧は見事に的を射、カシミアは『平和協定』を無視してキールに攻め入ってきたのだ。
 ロレーヌ支配の手始めに、キール王女アーナスと婚姻関係を結び、間接的にキールを操ろうとしたのだろうが、キール王とアーナスが求婚を断ったために計画は御破算となった。
 どうせなら、それを口実に一気にキールを攻め滅ぼし、直接支配下に置こう、という魂胆なのだろう。
 ロレーヌ支配のためなら、長年守られてきた平和と均衡をあっさり捨てる。
 狡猾というか、浅ましい。
 アーナスは、会ったこともないラパス王に深い憤りを感じていた。
「私は、この国が――ロレーヌが好きだ。ラパスの好きなようにはさせない」
 両の拳にギュッと力を込めて、アーナスは断言した。
「ええ。姫様は、ご自分の望む通りに前へお進みなさい。ラパス王を討つもよし。きっと、エルロラ神が力を貸して下さる。あなた様は、この世で唯一人、エルロラ神の加護を賜った貴い御方なのですから」
「……私は――」
 アガシャの言葉に、アーナスは微かに眉根を寄せた。
 美しい瞳が瞬時に翳る。
「確かに、私はエルロラから神剣『ローラ』をいただいた。おまえや民が私を神格化し、祭り上げるのは勝手だが、それは虚像――幻に過ぎない。私は神ではない。人間だ。特別な力もないし、いずれは死ぬ」
「……姫様?」
 アガシャは、そっとアーナスを盗み見、それ以上の言葉を口に出すのを断念した。
 凛とした王女の横顔に、滅多に見られぬ苦悩の影が貼り着いていたからだ。
 一生涯その身に纏わりつくであろう『エルロラ』という名の重圧に、歯痒さと嫌悪を感じているのかもしれない……。
「私はこれまで、ただの一度もエルロラが私の運命を定めてきたと考えたことはない」
 アーナスの左手が、腰に携えた剣の柄を無意識に握り締めた。
 見事な黄金細工の柄――鞘の中には輝かしい宝刀が秘められている。
 捨てることも他人に譲渡することも赦されぬ、自分をエルロラに縛り付ける見えない鎖――神剣『ローラ』が。
「私は己が手で人生を切り開き、己が心で生き方を決めてきた。これから先も、それが変わることはない。私は、私の意志でラパスを討つ」
 揺るぎない決意を胸に抱き、アーナスは宣言した。
 唇をしっかりと引き結び、顔を上げ前を見据える。
 宝石のような碧い双眼が、毅然と暗い地下道を睨んでいた――


     *



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