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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.06.07[11:01]
「貴様ら、何者だっ!? 名を名乗れっ!」
 カシミア兵の誰何が続く。
 無数の松明が、夜の森を不吉に照らしていた。
「……上等だ」
 僅かに唇を動かして、アーナスは低く呟いた。
 現れたカシミア兵は、歩兵ばかりの一個小隊――十人ばかりの数だ。
 これぐらいの人数なら恐れることはない。
 それに、マデンリア炎上の怒りを何かにぶつけたかったところだ。丁度いい。
 カシミアの赦されざるキール侵攻に、アーナスの激怒は沸点に達していた。
「どうした? 名乗らなければ、無条件に殺すぞ!」
 カシミア兵の傲慢な叫びが、アーナスを刺激した。
「ふざけるなっ……。名を知りたいのならば、名乗ってやる! 私は、キールが王女――ギルバード・アーナスだ!」
 叫びながら、アーナスは剣を鞘から抜き払っていた。
 透明に輝く剣の切っ先をカシミア兵へ向けて突き付ける。
 瞬間、カシミア兵の間に動揺の波紋が広がった。
「……ギルバード・アーナスだぁ?」
「王女様が何でこんな処に……」
「影武者じゃないのか?」
「本物なのか? こんな小娘が」
 侮蔑と軽視の囁きが、カシミア兵の間を飛び交う。
 彼らとしては、一国の王女――しかも、戦場の女神として誉れの高いキールの王女が、前線であるキール城を離れているとは考えにくかったのだ。
「小娘で悪かったな!」
 アーナスはムッと顔をしかめた。
「貴様らが私を偽物だと思うのは構わん。――だが、この神剣ローラは本物だぞ!」
 碧玉のような双眼がカッと見開かれる。
「あっ、アーナス様――!」
 ルークがアーナスに制止の声を投げた時には、既に彼女は馬を走らせていた。
 松明の灯りの中を黄金の髪が舞う。
 白刃が煌めいた――と、思った瞬間、一人のカシミア兵の首が宙を跳んだ。
 突然のアーナスの攻撃にカシミア兵たちは、怯んだようだった。
 だが、彼らとて兵士だ。すぐに事態を把握して、剣や槍を片手にアーナスに応戦し始める。
 群がるカシミア兵を巧みな馬術で躱わしながら、剣を振るっているアーナスの姿を見て、ルークは諦めの溜め息を洩らした。
「ありゃ……僕より早いんだもんなぁ。あれは相当怒ってるな。――アガシャ様、援護頼みますよ」
 隣に馬を並べるアガシャを一瞥し、ルークは身軽に馬から飛び降りた。
 着地と同時に、両手に細身の剣――レイピアを構え、疾走を開始する。
「子供は引っ込んでろっ!」
 ルークに気付いた兵士が数人、飛び掛かってくる。
 打ち下ろされた剣をルークは片方のレイピアで受け止め、弾き返す。
「子供と老人は大切に――って、親から教わったでしょっ!」
 態勢を崩した兵士の頸動脈を鮮やかに切り裂き、ルークは不敵に微笑んだ。
 地面に倒れ込む兵士を蹴って吹き飛ばし、先を急ぐ。
「ガキがっ!」
「なめやがってっ!」
 仲間の死にいきり立った二人の兵士が、ルークを挟む込むようにして剣を振りかざす。
 カシャーンッ!
 刃と刃がぶつかり合い、火花が散る。
 ルークは左右から襲ってきた剣を、両のレイピアでそれぞれ器用に受け止めていた。
「残念! 僕、両利き! 見て解んないの?」
 揶揄するように言葉を吐き棄て、ルークは素早く二人の間を通り抜けた。
 二人の背後に回り、思い切り肘で背中を押し出してやる。
 そして――
「アガシャ様、後は任せました!」
 振り向きもせずに叫び、一路アーナスを目指してゆくのだ。
 混戦に飛び込んでいった少年を馬上から眺めていたアガシャは、皺だらけの顔に苦笑を浮かべた。
「この爺に三人も押し付けてゆくとは……。ほっほっ……奴も少しは成長したのぅ」
「ジジィ! 何をブツブツ言ってやがるっ!」
 馬に乗ったまま動こうとしないアガシャに、カシミア兵の怒声が浴びせられた。
 アガシャは、大儀そうに自分を取り囲む兵士たちに視線を流した。
 ルークが押しつけていった二人と血気盛んな若者が一人――忌々しげにアガシャを睨みつけている。
「老いぼれは、とっとと死にやがれっ!」
 血走った目の若者が、アガシャに斬りかかってくる。
「わしは、これでも若い頃は名うての魔術師だったんじゃがのう……」
 のんびりと言いながら、アガシャは若者に向けて手を差し出した。
「風の精霊シレンよ、我に護りを――」
 呪文を唱えた瞬間、アガシャの周囲に突如として竜巻が出現した。
「うわぁぁぁっっっっ!!」
 鋭い風に衝突して、若い兵が情けなく弾け跳ぶ。
 兵士の身体が地面に叩き付けられるのを見届けてから、アガシャは両手を組み合せ、目を閉じて次の呪文を繰り出した。
「大地の女神アルヴィナスよ、汝と盟約せし我に力を! 精霊シレン、汝にはアルヴィナスに共鳴することを命ずる。――地よ、割け! 風よ、裂け!」
 アガシャは組んだ手を頭上高く掲げた。
 閉じた瞼を開いた直後――
 ビュンッ!
 風のシールドが一陣の矢と化した。
「うおぉぉっっ!」
「なっ、何だ、これはっ!?」
「か、風に、身体が――!」
 瞬く間に、三人の兵士の身体が疾風に攫われる。
 風の矢が兵士たちを乗せたまま高く舞い上がると、今度は、ゴゴゴゴッ……と鈍い音を立てて、真下の地面がポッカリと口を開けた。
 そこへ向けて、疾風は急落下してゆく。
 風は、兵士たちを引き連れたまま裂けた大地に吸い込まれるようにして――消えた。
 一瞬にして兵士らを呑み込んだ大地は、再び音を立てて口を閉じた。
 僅か数秒の出来事である。
 馬上で冷静に事の成り行きを見つめていたアガシャは、長い白髪の顎髭を指で撫でながら満足げに頷いた。
「ほっほっほっ。爺の魔法も、まだまだ捨てたものではないのぅ」



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