ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「いらっしゃい、沙羅ちゃん」
 一階窓際の席に通された直後、ラッキーなことに六楼さんがお水を運んできてくれた。
 あたしに向けられる笑顔はとっても綺麗で、一目見ただけであたしの心臓はバクバクと大きく鼓動し始めてしまう。
 見慣れているはずなのに、毎度新鮮なときめきを感じさせられるから不思議だ。
 眼鏡の奥の瞳は優しい光を湛えていて、ちょっとだけ勘違いもしてしまう。
 もしかして、六楼さんもあたしのことを少しは気に懸けてくれているのかな、って……。
 希望的推察、ご都合主義の思い込みだって解っている。
 もちろん、六楼さんはフツーに接客しているだけで、そんな気は更々ないと思う。
 でも――微かな夢くらい見たっていいじゃない。
 あたしは南海と違って、片想い街道まっしぐらの純情な乙女なのよ!
「昨日は色々と大変だったね」
 六楼さんの低めの声が耳をくすぐる。
 何度聴いても、胸に柔らかに響く素敵な声だわ。
「お互い様です。六楼さんも、あれから――ルイさんを宥めるのが大変だったんじゃないですか?」
 実弟のせいで六楼さんとキスする羽目に陥ったルイさんは、物凄く怒っていた。
 怒り狂っていたと表現しても過言ではない。
 中二階のテーブルを全部一階に蹴り落としそうな剣幕で弟であるレージを詰っていた。
 レージが悪いというか――諸悪の根源はどう考えてもビッショウ様のような気がするんだけれど……。
 とにかくルイさんは怒り心頭。
 あの恐ろしいまでに整った顔で放送禁止用語を連発しまくるんだから、聞いている方がビックリするわよ。
 ルイさんマニアの南海に言わせると『その美麗な顔と唇から紡ぎ出される罵詈雑言とのギャップがたまらなく萌心を刺激する』のだそうで……。
「ああ、まあ……ルイの癇癪はいつものことだから。マンションに帰すとまた兄弟喧嘩が勃発しそうだし、とりあえず昨日は俺の家に泊めたけど。あそこの兄弟はアレで意外と仲がいいし――ルイなんて目が覚めたら、昨日のことなんてすっかり頭から抜け落ちたみたいだよ」
 六楼さんが苦笑を湛える。
 これまで何度も曽父江兄弟の仲裁に入っているんだろうな、きっと。
 面倒見がいい――というか、結局のところ六楼さんは文句を言いながらも本心ではルイさんのことが大好きで、ついつい甘やかしてしまうんだと思う。
 ……あっ、違うわよ。普通に友人として『大好き』って意味よ。
 昨日、南海が妖しい妄想を披露するから、一瞬ちょっとだけソッチに頭がいきかけちゃったじゃない!
 けど、念のために……そう、念のために確認しておこうかな?
 女のあたしから見ても、ルイさんは目を瞠るほどの美形なので、やっぱり少しは気に懸かる。
「昨日、ルイさんを泊めたって――もしかして、一緒のベッドですか?」
「え、何で?」
 六楼さんが不思議そうに目をしばたたかせる。
 束の間の沈黙――その後、六楼さんの顔にはまたしても苦々しい笑みが広がった。あたしの質問の意図を察したんだろう。
「あのさ、沙羅ちゃん――俺、基本的に可愛い女の子が大好きなんですけど? 確かにボーイズラブメインの『紅蓮の鏡月』なんて読んでるけど、同性にトキメいたことは一度もないからね。南海ちゃんの期待を裏切って申し訳ないけど――ルイは単なる悪友だよ」
「そっ、そそそうですよねっ! いえっ、南海が変な作り話するから、もしかしたらもしかして万が一って――」
 あたしは慌てふためいて言葉を連ねた。
 頭の中でほんのちょっとだけイケナイ妄想をしちゃったわ。しかも、ソレが六楼さん本人バレバレだってコトが物凄く恥ずかしくて、急激に頬に血が上ってくる。
 そんなあたしを見下ろして、六楼さんは楽しげに笑った。
「いや、南海ちゃんの妄想癖は、一種の才能だよね。――で、その南海ちゃんは、今日はどうしたの? 昨日、派手に鼻血噴き出してたけど大丈夫なのかな?」
「南海は元々血の気の多い子だし、スタミナも抜群なので平気です。今日もピンピンしながら山梨くんの追っかけに行きましたよ。その後は、早速意気投合したビッショウ様の屋敷にお呼ばれしてるみたいです」
「あの二人がタッグを組むと……無敵な気がするね。まっ、被害に遭うのはルイだから別にいいけれど」
 六楼さんの瞳に悪戯っぽい光が宿る。
 ルイさんが南海とビッショウ様の薔薇色妄想の餌食になるのは、全く構わないらしい。男の人の友情って摩訶不思議だわ。
「超絶美形に生まれつくも困りものですね。でも、ルイさんは自分が綺麗だということをしっかり認識した上で、楽しんでますよね、アレ……。傍目から見ても、ルイさんってソッチ方面に誤解されたり、妄想されたりするのに慣れてる気がします」
「あんなナリだから、小学校高学年あたりから色々と大変だったみたいだよ……。女の子には間違えられるし、男だと解っていても猛アタックかけられるし……。あれは相当嫌な目に遭ったんだと思うよ。おかげですっかり性根と口のひん曲がった男に成長しちゃったけど」
 六楼さんが軽く肩を聳やかす。
 ああ、そんな仕種まで洗練されているように見えるわ。恋って凄い!
 ――って、あたし、憧れの六楼さんと二人きりで会話してるのに、何で内容が南海とかビッショウ様とかルイさんの話題ばかりなのよ?
 いや、それしか共通点がないから必然的にそうなっちゃうんだけれど……。
 折角、珍しく長く会話する時間があるのに勿体ない。
 ……アレ? ホントに他の席に行く気配ないわね、六楼さん?
「今日は……こんなにスロー接客でいいんですか?」
 あたしが怖ず怖ずと訊ねると、六楼さんは優雅に首を縦に振った。
「昨日のルイ・フィーバーの反動で今日は比較的空いてるからね」
 六楼さんが軽く店内に視線を巡らせる。
 釣られて周囲を見回すと、六楼さんの言うとおり店内は昨日の混雑が嘘のように静謐さを保っていた。
 席は八割方埋まっているけど、スタッフのみんなも今日はのんびり構えているみたい。
 あの繁盛ぶりの方が異常だったのよね、やっぱり。
 恐るべし、ルイさん効果!
「あ、でも、今、背中に店長の鋭い視線を感じたから、そろそろオーダー取って戻らないといけないかも……」
 六楼さんが背後を見もせずに小さくボヤく。
 見ると、確かにカウンターの向こう側から未だに名前が思い出させない店長の何某さんが鋭利な眼差しを六楼さんの背に突き刺していた。
 ……アイコンタクトもバッチリなのね、《WALTZ》って。
「今日は何にしますか、沙羅ちゃん」
「ボンゴレ以外のもの」
 六楼さんに問われて、あたしは思わずそう即答していた。もちろん、さっきまで『青春ボンゴレ』に脳みそを侵されていたせいよ。
「――はい?」
「ボンゴレ以外のモノでお願いします」
「いや、ウチ、ケーキ屋だから最初からボンゴレなんてないけど……。まあ、いいや。ちょっと待ってて。適当に見繕ってくるから」
 六楼さんが呆気にとられた表情であたしを見下ろし、困ったような笑みを口の端に刻む。
 そうかと思うと、彼は急に身を翻して奥にある厨房へと姿を消した。


 次に六楼さんが戻ってきた時、片手に掲げたトレンチの上にはケーキと紅茶が乗せられていた。
 目の前にキラキラと輝く銀色のケーキが差し出される。
「うわっ! な、何ですか、この光輝くスイーツは!?」
 素直な驚嘆が喉の奥から迸る。
 金色の飾り皿に載っているのは、シルバーの円柱型ケーキ。
 天辺にはホワイトチョコで造られた飾りと、銀粉を散りばめた螺旋状スティックのチョコが突き刺さっている。
「兜塚さんの試作品。連日の雪に触発されたらしいよ。仮タイトルがスノーソウルとかシルバーソウルとか言ってたけど――」
「い、いいんですか、貴重な試作品を食べちゃって?」
「いいんじゃない。後でアンケートだけ書いてね。兜塚さんが泣いて喜ぶから」
「書きます、書きますっ! 何なら十枚でも二十枚でも! わーっ、スゴイな。まさか兜塚さんの新作が食べられるなんて!」
 あたしはゴンンと喉を鳴らして銀色のケーキを見つめた。
 ケーキ全体を覆う、この白くてキラキラ光ってるものは何だろう? 
「コレは……どう見てもアラザンじゃないですね? 何かホントに雪の結晶みたいなんですけど……」
「ああ、ソレ――塩だって」
「ええっ? コレ、塩がメインのケーキなんですかっ!?」
「兜塚さん、《SHIO店》と塩をかけ合わせたかったみたいだよ。塩の種類は企業秘密だけどね。中身は――下からチョコクリスピー、フィヤンティーヌ、チョコレートムース、紫フランボワーズ、チョコクリーム、ブルーベリー、チョコムース。断面のフランボワーズとブルーベリーの濃い紫色が物凄く綺麗だよ。兜塚さん曰く『宇宙』を表現しているらしいけど」
「な、何か壮大なスイーツですね。雪が宇宙を内包してる、って……」
 六楼さんの説明で、そのケーキの美味しさや鮮やかさは伝わってきたけど――天才パティシエ兜塚氏の脳内には不思議がいっぱい詰まってるに違いないわ。
「芸術家の考えることは凡人には理解できないけど――でも、それで美味しいスイーツが出来上がるんだから凄いよね」
 六楼さんが柔和な笑みを湛えながら、テーブルの上に紅茶をセットする。
 ああ、きっと六楼さんは《WALTZ》のスイーツが本当に大好きなんだな。
 だから、時給一〇五〇円でもルイさんみたいな悪友につきまとわれても《WALTZ》で働き続けているんだろう。
「本日の紅茶は、《WALTZ》特製ブレンドのウィンターティーです。ブラックティーにシトラスピール、ハイビスカス、アーモンドチップ、オレンジの皮とクルミのブレンドだよ」
 滑らかな口調であたしに説明してくれながら、六楼さんは慣れた手つきで紅茶をポットからカップへと注ぐ。
 茶器を扱うその指が長くて細くて綺麗で、あたしはすっかり見惚れてしまっていた。
 マジシャンみたいに流麗な動作で紅茶を淹れる彼の姿に思わず溜息が零れてしまう。
 あたしはやっぱり六楼さんのことが大好きなんだ、と再認識した。
「ハイ、どうぞ。ごゆっくり――って、言いたいところだけど、この後ヒマ?」
 ティーカップの位置を微調整しながら、六楼さんが小声で訊ねてくる。
「ん? えっ? ヒ、ヒマ――超ヒマですけどっ!?」
 一瞬何を言われてるのか解らなかったけど、ソレッて間違いなくあたしにこの後の予定を訊いてるのよねっ!?
 今日は――というか今日も寿司屋のバイトは休みだから、六楼さんにならいくらでもつき合えますけど!?
「そう、よかった。俺、今日はあと三十分くらいで上がりなんだけど――沙羅ちゃんさえよければ、一緒に食事しませんか?」
 六楼さんの微笑みがあたしに向けられる。
 う、嘘でしょ?
 あたし、今、幻聴じゃなくて、ちゃんと食事に誘われたわよねっ!?
 何、この急展開っ?
 いいの? ホントにあたし、何処までもついて行きますけどっ!
「は、はいっ――って、いいんですか?」
「沙羅ちゃんには昨日、散々迷惑かけたからね。抱き留めてあげられなかったことも物凄く後悔してるし、『紅蓮の鏡月』のことやもう一つの秘密のバイトのこととか――もしかして色々気にしてるんじゃないかと思って。俺も何だか後味が悪いし……」
 六楼さんの顔に微苦笑が具現される。
 そういえば、ビッショウ様がもう一つのバイトがうんたらかんたらで、バレたら街を歩けなくなる、とか言ってたわね。
 ……確かに気に懸かるわ。
『紅蓮の鏡月』については、むしろこれ以上何も聞きたくない気がするけれど……。
 いいの、六楼さんが何を愛読していても、あたしは彼についていくから。
 だから、あの腐れた妄想満載小説の話はもう止めにして下さい。
 こんなに四方八方から薦められたら、あたしまでアッチの世界にいっちゃいそうで怖いのよっ!
 抱き留めてあげられなかったことを物凄く後悔――この台詞だけで、あたしの心臓はまたしても見事に撃ち抜かれました。
 それは、ホントはルイさんじゃなくてあたしを受け止めたかった、ってコトよね?
 もう、それだけ判明すれば充分です。
 かなり幸せです。
「じゃあ、三十分後に裏で待ってて――」
 ニッコリ微笑みながら六楼さんが踵を返す。
 ……凄い。六楼さんとゴハンを食べることになっちゃった。
 こ、これって、もしかして――デート? 
 世間一般的には、デートよね?
 あたし、勝手にそう思い込んじゃうからね。
 高鳴る鼓動と騒ぎ出した血を抑えるために、あたしは兜塚氏の銀色な試作品にフォークを突き刺した。
 中の紫の美しさにうっとりしながら一口頬張る。
 ――美味い。
 何、この塩とベリーとチョコの絶妙なハーモニー!
 デートする前から鼻血が出そうなんですけど。



     「8.もしかして……山梨くん!?」へ続く


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2009.06.07 / Top↑
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