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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.06.07[19:42]
 

 きっかり三十分後に六楼さん裏口から姿を現した。
 黒のロングコートが長身によく映えている。
 ああ、制服姿もカッコイイけど、このアサシンみたいな黒ずくめの出で立ちもかなり素敵だわ。
「お待たせ。えーっと、じゃ、近くのイタリアン――って、ボンゴレに纏わる全てを見たくも聞きたくもないんだよね、きっと」
 白い息を吐き出しながら六楼さんが苦笑を湛える。
 まったくその通りだったので、あたしはコクコクと頷いた。
 流石、六楼さん。あたしが昨日の『パンツ事件』で山梨くんに恨みを抱いていることを素早く察してくれたのね。
「それじゃあ、駅前の中華にしようか?」
 そう確認されて、あたしはまたしても無言で頷いた。
 だ、だって緊張してるのよ!
 寒い上に緊張しまくりなんだから、口が思うように動いてくれないのよ。
「よし、移動しよう」
 さり気なく差し出される片手。
 あたしは嬉しさを通り越して、驚愕のあまりに固まってしまった。
 レザーの手袋をはめた掌があたしを――誘っている。
 こ、これは、もしや夢にまで見た『好きな人と手を繋ぐ』チャンスの訪れですか?
 繋いじゃっても、いいんですかっ!?
「そ、それは……そのっ、あたしはその手を取ってもいいんですか!?」
 ようやく口に出来た言葉は恥ずかしいくらいに震えていて、あたしの頬はまたカッと熱くなってしまった。
「もう暗いし、また雪が降ってきたから滑ると危ないよ。――どうぞ」
 六楼さんの顔に大人びた笑みが広がる。
 悔しいけれど――カッコイイ。
 ほんの数歳しか違わないのに、この余裕は何なんだろ?
 大学生って、こんなに大人だっけ?
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて――」
 あたしが恐る恐る六楼さんの指先に触れると、彼は慣れた様子であたしの手を握りかえし、大通りへと向かって歩き始めた。
 わっ、うわっ、うわーっ! ホ、ホントに手を繋いじゃったよ!
 コレ、他の六楼さんフリークに見つかったら、あたし――ボコられるんじゃない?
 ルイさんはもう雲の上の人状態で別格だけど、六楼さんだって人気度の高い店員さんなのよ。
 誰かに発見された時のことを考えると怖い気もするけど――でも、今、あたしは物凄く幸せだ。
 至上の歓びを感じてる。
 決めた。後々の心配より、あたしは今を優先するわ!
 この幸せを心ゆくまでしっかりと噛み締めてやるのよっ!
 あたしは意を決して六楼さんの手をしっかりと握り締めた。
 ……意を決して手を繋ぐあたしって――小さいな。
 でも、幸せだから卑小でも何でもいいわ、もう。
 

 あたしは六楼さんに手を引かれながら歩行者天国を歩き、ひたすら駅へと向かって進み続けた。
 その間、もちろん会話は交わしてるんだけど、浮かれすぎて自分が何を喋ったのか殆ど覚えてない。
 ただ、時折見せる六楼さんの飾らない笑顔が嬉しくて、その横顔をずっと見上げていた。
 接客モードとは異なる自然体の六楼さんを見られるなんて、滅多にあることじゃないから、しっかり目に焼きつけておきたかった。
 ああ、そうか。もしかしたら、もう二度と巡ってこないチャンスかもしれないのか。
 だったら、ちゃんと言っておかないとね。
 あたしが六楼さんのことを物凄く好きだってこと。
「六楼さん――」
 あたしは繋いだ手を強く引き、六楼さんの足を止めさせた。
 彼が不思議そうに振り返る。
 あたしは深呼吸すると、しっかりと六楼さんの顔を見上げた。
 真摯な眼差しで彼を見つめる。
「二月十日、あたしと一緒に《ラブ・パラダイス》を――」
 決死の想いでそこまで告げた時、
「キャッ、山梨くんだっ!」
「えっ、何っ!? 何なの? 山梨くんの熱愛報道っ!?」
 女の子たちの黄色い歓声――というか悲鳴が響き渡った。


「いやーっっっ! わたしの山梨がっ……誰に誑かされたのよ、山梨っっ!?」
「ナッシーが熱愛って、相手はどこのどいつとなのっ!?」
 一瞬にして街が騒然とする。
 驚いて声の発生源を見遣ると、近くの巨大モニターに山梨くんの姿が映し出されていた。
 ニュース画面には『山梨、恋人発覚!』という文字がバンッと描かれている。
 サングラスをかけた山梨くんが、数多のレポーターに囲まれていた。
 周囲は見た感じ空港――海外帰りのところを捕まったらしい。
『山梨さん、山梨さんっ! 美神堂CM《口紅編》』の噂の美女と交際しているって本当ですかっ!?』
 女性レポーターがそんな質問を放った瞬間、あたしと六楼さんは同時に「げっ!」という奇怪な叫びをあげていた。
 だって、美神堂の口紅編のモデルって――ルイさんじゃない!
 そ、そうか、世間一般的には、あの人は神秘的な謎の美女になってるのよね。
『今日これから新しいドラマの撮影があるので、失礼します』
 不機嫌な声で応える山梨くん。
 ドラマの撮影ってことは、今朝の映像なのね、コレ……。
『彼女との交際説が、真実かどうかだけでも教えて下さい!』
『そもそも、あの謎の美女の正体は誰なんですか、山梨さんっ!?』
 山梨くんを取り囲むレポーターたち。
 画面の中で山梨くんの秀麗な頬がピクリと引き攣れた。
『うっせーなっ。オレの片想いだよ!』
 数多の女子たちを虜にしてきた魅惑のセクシーボイスが鼓膜を震わせる。
 いつもなら思わず陶然としてしまう美声なのに、今ばかりは画面を見上げている誰もがポカンと口を開け、呆気にとられていた。
 あたしも腋の下に冷たい汗を感じながら、引きつった顔で画面を見つめている。
 オイオイ、超人気アイドルが『うっせーなっ』って言っちゃったよ。
『青春ボンゴレ』のイメージ完全崩壊ですけれど……。
 それ以前に、あんた――片想いってっ!?
 少なくとも山梨くんはルイさんが男であることを知っている。
 セミヌードでCM撮りをしてるんだから、確かに知っていなきゃおかしい。
 その上での発言なの?
 正々堂々とカミングアウトですか?
 つまり山梨くんの中では、ルイさんの性別が男だということよりも彼に対する愛情の方が遙かに勝っている……ということになる。
『山梨さんは彼女が好き――で、彼女は山梨さんのことをどう想ってるんですか?』
『知るかよ。オレは好きで好きで夜も眠れないけど、アイツはどうかな?』
 やけくそ気味に山梨くんが吐き捨てる。
『共演して以来、忘れられないんだ。オレは――おまえが好きだ』
 不意に、山梨くんがカメラに向かって切々と訴える。
 マネージャーが止めるヒマもないくらいの見事なぶっちゃけぶりだった。
 いやぁっっっっ!
 山梨――あんた馬鹿でしょ!?
 公共の電波使って何してるのよっ!?
 それ、ルイさんへの告白ですかっっ!?
 自分がスーパーアイドルだって、すっかり失念してるわね、山梨よっ!
「コレ……『ペスカトーレ・アモーレ』の視聴率アップを狙った新手の売名行為じゃないわよね?」
 あたしは妙に嗄れた声で六楼さんに訊ねた。
「つーか、気のせいだと思いたいけど、これはもしや――ルイへの愛の告白なのか?」
 あたしと六楼さんは自然と顔を見合わせていた。
 六楼さんの顔は青ざめている。つと、冷や汗が頬を伝った。
「俺、今、テレビ画面を正拳突きしているルイの姿が脳裏に浮かんだ」
「あたしもルイさんが立ち並ぶ観葉植物に回し蹴りを放ってる姿が――」
「あいつ、まだ俺の部屋にいるんですけど……。テレビ、五〇インチの3Dに買い換えたばかりなんだけど――」
「観葉植物は流石にない……ですよね?」
「いや……リビングに五つくらい背の高いのが飾ってある。何か、物凄く家に帰るのが怖いんだけど、俺――」
「…………」
「…………」


 あたしと六楼さんが奇妙な沈黙に包まれている間も、巨大画面では山梨くんが質問責めにあっていた。
 空港内を足早に進む山梨くんの両サイドからマスコミたちが必死に追い縋ってくる。
『謎のCM美女とは別件で――女子中高生に人気のファンタジー小説『紅蓮の鏡月』が、来夏、山梨さん主演で実写映画化されると聞きましたけど――』
「えっ?」
「ええっ!?」
 あたしと六楼さんの沈黙がパッと解ける。
 アレ、実写化なんて絶対にムリでしょ!?
 だって、美形男子同士のアレコレよ!
 実写化以前にアニメ版でもムリに決まってるじゃない!
『ああ、主役じゃなくて魔王役でオファーが来てたような気がするけど……。王子役が美神堂で共演したアイツになるなら、受けてもいいかなって――』
 いや、受けたらダメだろう、山梨よ。
 魔王って、確か登場キャラの中でイチバン露出シーンが多いわよ!
 おまけに物凄く公私混同してませんか?
 ……それだけルイさんのことが好きで、何が何でも逢いたいってことなんだろうけど、何か素直に応援できないな。
 心底応援してるのは、南海とビッショウ様くらいね。
 今頃、二人で『えー、山梨くんは魔王より主人公だよ!』とか『銀髪のルイルイが氷漬け――って、素敵。映画よりも先にリアルスケッチしとかなきゃ!』とか鼻血出しながら妄想しまくってるわよ、きっと……。
「映画化? マジで? ――って、俺、何も聞いてないけど……?」
 ふと、六楼さんが呆けたように呟く。
 そうか、ファンの間でも全く噂に上らないほど『紅蓮の鏡月』映画化は極秘裏に進められていたのね。
 六楼さんの胸中では、情報をキャッチできなかった悔しさと映画化される悦びが綯い交ぜになって、複雑な心境を生み出しているんだわ。
 六楼さんの唇から盛大な溜息が洩れる。
 彼は、気を取り直すようにあたしの手を握り直すと、何かを払拭するように微笑んだ。
「中華、食べに行こうか、沙羅ちゃん」
「そうですね。何かどっと疲れたから、お腹空きましたね」
 実際、山梨くんの言動に対するリアクションで無駄なエネルギーを消費しすぎた気がするわ……。
 こってり中華をお腹いっぱい食べて、今のは夢だったんだと思いたい。
 きっと六楼さんもあたしと同じ心境なんだと思う。
 あたしと六楼さんは巨体モニター前に出来た人混みを避け、裏通りへと足を進めた。
 ――あっ! あたし、六楼さんに告白しそびれちゃったじゃない!
 六楼さんもさっきの騒動で、あたしが何か言いかけたことなんてすっかり忘れているに決まってるわ。
 おのれ、山梨め! 
 またしてもあたしの邪魔をしやがって!
 あたしが胸の中で山梨くんに対する怒りを燃え上がらせた時、静かな裏通りに一つの人影が現れた。


「六楼諫耶――」
 あたしと六楼さんの行く手を阻むように、その人物は正面に立ちはだかった。
 その声には聞き覚えがあった。
 街中に溢れているし、つい今し方聞いてきたばかり――
「う、嘘でしょ……?」
 あたしはあまりの衝撃に驚倒した。
 張り裂けんばかりに見開いた双眸で、眼前の人物を凝視する。
 キャップを目深に被り、サングラスで顔を隠してはいるけれど、端整な輪郭や綺麗な口許は隠しきれない。
「あんたが六楼諫耶?」
 男の唇が美声を紡ぐ。
 何よりも無駄にセクシーなその声は、彼の最大の武器。
 ――も、もしかして……もしかしなくても山梨くんですかっ!?
 口に出すまでもない質問なので、グッと堪える。
 あまりにも有り得ない急展開なので、あたしはもちろん六楼さんも度肝を抜かれていた。
 スーパーアイドルがM市に降臨――しかも、自分の目の前にいるなんて俄には信じられない。
 けれども、いくら目を凝らしても目の前の人物は山梨和久その人にしか見えなかった。
 夢か幻かと思って何度か瞬きを繰り返してみたけれど――彼の姿は依然としてあたしたちの前から消えることはなかった。
 ――ホ、ホンモノだ……!
 そういえば、今日は『ペスカトーレ・アモーレ』のロケがM市で行われていた。
 ここに山梨くんがいても何ら不思議はない。
 っていうか、この人、超人気アイドルのくせに、ルイさんを追いかけてM市までやって来たの!?
 そのうち《WALTZ》の常連にでもなるつもりですか?
 ああ、でも《WALTZ》に来るのは止めた方がいいわよ、山梨くん。
 店内に足を踏み入れたら最後――ルイさんの熱烈な親衛隊の面々に半殺しにされると思うから……。
「そうですけど――俺に何か用ですか、山梨さん?」
 六楼さんが鋭利な視線を山梨くんへ向ける。
 ルイさんに室内を荒らされていることを想起して、怒りの矛先が山梨くんへと向いたのかもしれない。
「別に。ただ顔を見てみたかっただけだ。ルイの惚れた男がどんなものなのか」
 山梨くんがサングラスの奥から負けじと睨み返してくる。
 刹那、あたしと六楼さんは絶句してしまった。
 ルイさんが六楼さんに惚れてる!?
 いつの間にそんな関係に発展したのっ?
 六楼さんと山梨くんが恋のライバルってことですか?
 何がどうなったら、そうなるワケ?
 あたしは急激に焦りを感じて六楼さんにチラと視線を馳せた。
 六楼さんの顔にも軽い驚きが具現されている。
 察するに、六楼さんもこの話は初耳であるらしい。
 つまり『ルイさんが六楼さんに惚れている』という話は事実無根の嘘なのだ。
 きっと、ルイさんが山梨くんの猛アタックを躱すために、テキトーに口から出任せを言ったんだわ。
 それにしても、ルイさん――他にもっと適切なはぐらかし方があるだろうに、どうして選りに選って六楼さんをチョイスしたのかしら……?
 山梨くんもルイさんの言葉を頭から信じちゃうなんて、おかしいわよ。
 恋は盲目――って言うけれど、山梨くんのルイさんに対する恋情は明らかに度が過ぎてるわね。
 ルイさんも山梨くんも――本気で馬鹿なんじゃないの!? 
 もう、二人がうっかり両想いになったりしてつき合おうが、妖しい映画に一緒に出演しようが全然気にしないわよ、あたし。
 この際、思い切ってルイさんを押し倒してもいいわよ、山梨!
 だから、あたしの六楼さんだけは穢れた恋愛模様に引っ張り込まないで下さい!
 あたしは怒りと呆れにこめかみを引きつらせ、山梨くんをキッと睨めつけた。
 六楼さんのことはあたしが護る!
 闘志を燃やし、山梨くんを追い払おうと一歩踏み出す。
 と、その時、更に六楼さんがあたしの腕を引っ張り、前に出た。
「ルイは、山梨さんには全く興味がないようだけど?」
 真っ向から山梨くんを見据え、六楼さんが挑戦的な言葉を放つ。
 ちょっ、ちょっと、どうしてその喧嘩を買うんですか、六楼さん?
 一体、山梨くんの何がそんなにメラメラさせたの!?
 思わぬ六楼さんの過剰反応に、あたしは戸惑ってしまった。
「今は興味がなくても、いずれルイはオレのモノになる。何故なら、オレは二月十日に《ラブ・パラダイス》をゲットして、ルイと両想いになるからだ」
 山梨くんが非常に真摯な声音で激白する。
 いや、スーパーアイドルに《ラブ・パラダイス》を真剣に語られてもね……。
 山梨くんは、乙女の間に広がる伝説をすっかり真に受けている。《ラブ・パラダイス》に縋ってでもルイさんへの想いを成就させたい切実な気持ちの顕れなのかもしれない。
 でも、いくら《ラブ・パラダイス》が欲しくても――《WALTZ》スタッフと親衛隊の面々が、あの手この手で必ずや山梨くんを阻止すると思うわよ。
 そもそも六楼さんは《WALTZ》の店員なんだってば、山梨くん!
 その彼に《ラフ・パラダイス》ゲット作戦をバラして、どうするのよ?
 六楼さんがカウンターにいたら、仮に在庫があったとしても絶対に売ってもらえないわよ……。
 山梨くんの措かれた状況を再確認すると、ほんの少しだけ彼が可哀想に思えてきた。
 発想があたしと全く同じなだけに、これ以上の馬鹿扱いもできない。
「ルイも《ラブ・パラダイス》も――魔王の座も、山梨さんには渡さない」
 六楼さんの凄味のある声が響く。
 こんなに攻撃的な六楼さんの声を聞くのは初めてで、あたしはちょっとドキッとしてしまった。
 ん? ……アレ? 今、台詞回しが若干変じゃなかった?
 そもそも六楼さんが山梨くんに宣戦布告を叩き付けること自体が間違ってるんだけれど、それ以上に発言内容に引っかかりを覚えて、あたしは目を眇めて六楼さんを見つめた。
 六楼さんは静かな怒りを湛えた眼差しで山梨くんを睨めつけている。
「魔王の座は渡さない」
 何故だか六楼さんが念を押すように繰り返す。
 魔王の座――ああ、そこなの?
 そこなのね、六楼さんがどうしても許せないのはっ!?
 友人であるルイさんが同性――しかも、超アイドルに熱烈なアプローチを受けていることよりも、魔王の配役の方が気に食わないのね……。
 本当に、どれだけ『紅蓮の鏡月』を愛してるんですか、六楼さん?

 六楼さんと山梨くんの間で見えない火花が散る。
 緊迫した空気をぶち壊すかのように、あたしのお腹が派手な空腹音を響かせた。
 一斉に突き刺さる色男二人の視線――
  
 この後、何故だかあたしと六楼さんと山梨くんは三人で中華を食べに行くことになった。
 これまた奇妙なことに山梨くんの奢りで、店の奥にある豪華個室で豪勢な中華のフルコースを堪能させていただいた。
 悔しいことに、それなりに楽しかったし、料理は抜群に美味しかった。
 でも――

 邪魔なのよ、山梨!

 目まぐるしい展開の連続で物凄く疲れたから、中華屋における『紅蓮の鏡月』考察とルイさん自慢は、割愛――

 

     「9 美少年秘密倶楽部」へ続く


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