ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 山梨ショックが稲妻のように全国を駆け抜けた数日後――
 あたしと南海は、歩行者天国に面したファストフード店でシェイクを啜っていた。
 ――何故かって?
 あたしたちの愛すべき《WALTZ》が終日入場制限されているからよ!
 スーパーアイドル・山梨和久に纏わる激しく誤った熱愛報道は、女子たちの心を激震をさせた。
 これまで山梨くんの恋愛事情は幾度かマスコミのネタにされているけれど、今回は相手が《謎の美女》というこもあってか、かつてないほどの大騒ぎ振りだった。
 世の乙女や奥様方は悲嘆に暮れるどころか憤怒に身を燃やしたらしい。
 まあ、ファン心理としては解らなくもないけれど……。
 そりゃあ大好きなアイドルに『夜も眠れない』とか『オレはおまえが好きだ』って堂々と暴露されちゃあ、やり切れないわよね。
 新作ドラマ『ペスカトーレ・アモーレ』を楽しみにドキドキワクワクしながら日々を過ごしていた乙女たちは、一気に奈落の底へ真っ逆さまよ。
『何十枚も買ったCD代返せ!』
『地方遠征代返せ!』
『雑誌やグッズに費やした金返せ!』
『あたしの青春返せっ!』
 とか叫びたくもなるわよね。
 実際ネットのカキコミはそんな類の怒りに満ち溢れていた。
 確かに……アイドルのファンって、物凄くお金がかかりそう。
 しかも、相手は頗る美女だ。
 本当は超絶美青年なんだけれど、世間一般の方々はルイさんのことを神秘的な美女モデルだと思い込んでしまっている……。
 山梨くんが惚れた相手がビックリするくらいの美女なので、乙女たちも気圧されているみたい。
 到底勝ち目はなく、彼女たちは僻みとやっかみで武装するしかない。

 そうして、両手に嫉妬と羨望という名の相反する刀を持った乙女たちは、山梨くん本人ではなく周辺関係機関に一斉に斬り込んだ。
 あの問題発言の後、山梨くんの所属する事務所やレコード会社、美神堂、更にはさざなみ文庫にまでクレームと問い合わせの電話が殺到したらしい。
 連日、真偽を確かめるための夥しい数の電話が鳴り響き、数多のメールが送りつけられてくるような状態だという。
 ここまで大きく話題になってしまえば、当然どこかから情報が洩れる。
 モデルの《Lui》は年齢も性別も不詳ということで通していたのに、ある日、大手写真週刊誌がルイさんの正体に辿り着いた。
 そして、美神堂のCMで山梨くんと共演したモデルが曽父江瑠衣という青年であることが露見する。
 ……と、不思議なことにマスコミ各社は山梨バッシングをアッサリと中断し、今度はルイさんに興味の対象を移した。

 いち早くルイさんの情報をキャッチした件の大手写真週刊誌が、
『噂の美女は――お洒落なケーキ屋で働く超美青年!』
 と《WALTZ》でバイトするルイさんの姿がスッパ抜いた。
 きっと、ルイさん親衛隊の誰かか他の常連客が《WALTZ》の掟を破って姑息にも隠し撮りしてたに違いないわ。
 同じ《WALTZ》愛好者のあたしとしては、店の象徴であるルイさんを売るなんて――信じられないし、許せない!
 更に悪いことに、モデル事務所に所属しているルイさんは一般人ではなく芸能人扱いで――思いっきり顔を晒されている……。
 山梨和久という最高のネームバリューと共にルイさんの麗姿はゴシップ誌を介してお披露目された。
 ルイさんの端麗な顔が全国に知れ渡ると、今度は《WALTZ》に対して電話やメール攻撃が開始された。
 山梨くん信者の乙女たちは、どういう思考回路を持っているのか『同じ女じゃなくて相手が男なら、泣く泣く許すわ』と大半が山梨くん擁護に転じた。
 その健気な乙女たちが……ルイさんの姿を一目見ようと《WALTZ》へ大挙して押しかけてくるのよ!
 土日ともなれば、わざわざ地方から出て来る乙女たちもいて、店内外は大わらわよ。
 ここはディズニーランドですか、って感じ。
 もっともルイさん自身は出勤禁止令が出されているので、《WALTZ》を訪れても彼に逢うことは出来ない。
 南海の情報によると、ルイさんは騒動が下火になるまで身を隠しているらしい。
 しばらくルイさんが《WALTZ》に姿を現すことはない。
 でも、《WALTZ》の他の店員さんたちだって美形揃いなワケで――元来美少年好きの山梨くんファンも当然彼らに食いつくわけです……。
 そんなこんなで《WALTZ》は、これまでにないほどの賑わいを見せている。
 一種異様な熱気に包まれている――と言っても過言ではない。
 とにかく、常連客の面々だって中々近寄れない雰囲気だ。
 当然、あたしはしばらく六楼さんにも逢えていない。
 そろそろ禁断症状が出そうなので、正直、山梨くんファンには速やかに自分のテリトリーに戻っていただきたいです。
《WALTZ・SHIO店》は、あたしたちM市民のささやかな心のオアシスなのよ!


「あの子たち、まるでビッグサイトのコミケに参戦するような気迫と意気込みでやってくるわね。私の聖地を土足で踏み荒らすなんて赦せないわ」
 ストロベリーシェイクを一口啜り、南海がポツリと呟く。その声音には明らかな毒が含まれていた。
 南海の視線は窓外――《WALTZ》のある辺りに据えられている。
 遠くからでも《WALTZ》に群がる乙女たちの姿が見えるのだろう。
 ビッグなんとかって喩えは、あたしには微塵も理解できなかった。
 けれど、気持ちは何となく解るので、ソコは敢えて突っ込まないでおく。
 もうすぐ二月十日――幻のケーキ《ラブ・パラダイス》の年に一度の発売日が迫っている。
 なのに、あんなに大勢の人がいたんじゃ手に入りっこないじゃない。
 ただでさえ入手困難なのに、これ以上ライバルが増えたら困るわ。
 ホントに物凄い迷惑。
 こんなに余計な乙女たちをわんさか増やすきっかけとなった山梨くんすら恨めしく思えてきてしまう。
 山梨め!
 山梨めっ!
 山梨めっっっっ!!
 ザク、ザクッ、ザクッッ! と、ストローでシェイクを突き刺す。
 もちろん、数日前に一緒に中華を食べたアイドルの綺麗な顔を思い浮かべながらよ。
 もう、あたしには山梨くんがアイドルだとは思えない。
 アレは、あたしの敵――
 六楼さんが何故だか山梨くんに宣戦布告を突きつけたあの瞬間から、山梨くんの存在はあたしと六楼さんの間に立ちはだかる障壁の一つとなっていた。
 山梨くんにも誰にも《ラブ・パラダイス》は絶対に渡さない。
 あの無駄に増殖させてくれた乙女たちを掻き分け、山梨くんを蹴散らし――あたしは必ずや《ラブ・パラダイス》を手に入れる。
 そして、晴れて六楼さんとラブラブで甘々な関係に発展するのよ!


「アレ……二、三日経てば、少しは落ち着いてくれるかな?」
「そう願いたいわね。邪魔なのよ。あの子たちのおかけで――私のルイさんが出勤できないじゃない! 萌えたいのに萌えられない、このジレンマッ! ああ、ルイさんの艶めかしい姿を眺めて、うっとりイケナイ妄想に浸りたいのに! 悶えたいのに!」
 南海がプウッと紅潮させた頬を膨らませる。
 可愛い。
 はっきり言って、南海は物凄く可愛い。
 なのに、その可憐な口から飛び出す言葉は、何だかちょっと卑猥で恥ずかしい……。
 ホントに腐れた妄想が生き甲斐なんだな、と、あたしはこのギャップに遭遇する度に実感させられる。
「そういえば、沙羅――山梨くんのケー番訊かなかったの?」
 ふと、南海が窓から引き剥がした視線をあたしに向け、不思議そうに首を傾げた。
「訊くわけないじゃない。アッチは腐ってもアイドルよ。それに、六楼さんと二人――『紅蓮の鏡月』とルイさんの話で盛り上がっていて、そんな隙なんて全くなかったわよ」
 先日の中華料理店での出来事を反芻し、あたしは思わず眉根を寄せていた。
 互いにライバル視するのかと思いきや、六楼さんと山梨くんは意外にもアッサリと意気投合してしまったのだ。
 山梨くんが『紅蓮の鏡月』を読破していることが判明した直後、男二人の間には奇妙な連帯感が生まれたのよ。
 魔王役でオファーがあった時に、山梨くんは即座に『紅蓮の鏡月』を全巻買い揃え、仕事の隙を見つけては読み進めたのだという。
 仕事に対しては常に自分に厳しい山梨くんらしい行動だ。
 テレビを通してルイさんへの激白を敢行しちゃうような変わったアイドルだけれど、根は悪くはないし、殊仕事に関しては恐ろしく真面目で誠実だ。
 それを知った六楼さんも山梨くんの評価を瞬時に良い方へと塗り替えたみたいなの。
『紅蓮の鏡月』を読んでいる男の同志を得たことが余ほど嬉しかったのか、六楼さんはあたしの存在など忘れたかのように山梨くんと論議を繰り広げていた。
『紅蓮の鏡月』やルイさんの話で大盛り上がりする二人の間にあたしが入り込む余地は全くなかった……。
 折角、六楼さんが食事に誘ってくれたのに、まともに言葉を交わしたのは数えるほどしかないような気がする。
 誰が悪いわけじゃないけれども、あたしにとっては思い出すだけでも屈辱――というか哀しすぎる出来事だった。
「もったいない。ああ、私もその場にいたかったなぁ。山梨くんと紅蓮話が出来るなんて、夢のようだわ!」
 溜息を落とすあたしとは対照的に、南海は心底羨ましそうにあたしを見返してきた。
「アレ? うん……ああ、アリかなぁ? うん、アリよねっ!」
 ――と、その双眸が急にキラキラと輝きを増す。
 南海がこんなに活き活きとした表情を見せるのは、脳内で妖しげな妄想を広げている時が多い。
「山梨魔王――断然アリだわっ! あの無駄にセクシーな声で王子を攻めるのも、思わずキスしたくなるような色っぽい唇で王子への愛を紡ぐのも素敵じゃない! フフッ……悪くないわね」
 南海が何もない宙を見つめ、ニヤリと唇をつり上げる。
 また、どこぞのイケナイ花園に足を踏み入れたらしい……。
「――で、南海はどうして山梨くんのケー番を知りたいワケ?」
 南海が完全にあたしの届かない未知の世界へトリップする前に、あたしは強引に話を先へ進めた。
 南海がハッとしたようにうつつに返ってくる。
「あの子たち、ウザイじゃない? だから、山梨くんと取引をしようかな、なんて――」
 南海が含みのある眼差しを向けてくる。
「――は? 取引?」
「そう、ルイさんと逢わせてあげる代わりに、あの子たちに《WALTZ》から速やかに撤退するようにテレビで切々と訴えてくれないかなぁ、なんて」
 ニッコリと微笑み、南海はサラリととんでもないことを口にした。
 超人気アイドルを相手に――しかも大好きなルイさんを餌に交渉しようだなんて、南海の考えることはいつも突飛で壮大だ。ある意味、ファンタジーだと思う。
「それって、山梨くんを有馬邸にこっそり侵入させるってコト?」
「そうそう。ヤれるかヤれないかは、山梨くん次第だけど」
 ひどく愉しそうに告げて、南海はフフフッと不気味な笑い声を洩らす。
「ちょっと……何か今、やるの響きが微妙に変だったわよ」
「アラ、こっちがフツーなのよ。あれが正しい『ヤる』の発音よ。沙羅もそろそろ覚えなさいよ」
「……あたし、一生覚えなくていいわ」
 あたしは盛大な溜息をついた。
 南海の頭の中には、あたしには手に負えないモノがいっぱい詰まってる……。
「でも、幼なじみが大資産家でよかったわよね、ルイさんも」
 脳みそが汚染されないうちに素早く軌道を修正。
 あたしはわざとルイさんの名を出した。
 すると南海の意識は容易く薔薇色世界へあたしを勧誘することからルイさんへとスイッチした。
「ビッショウ様のご実家は、M市屈指の資産家――有馬家だもん。マスコミから隠れるには最適でしょう」
 南海の言う通り、ルイさんの幼なじみである美祥寺腐妄子こと有馬咲耶の実家は名だたる旧家だ。
 その門の内に入ってしまえば、マスコミも迂闊にはルイさんには手を出せない。
「噂じゃ、あまりの報道陣の多さに一家揃って有馬家に避難してる、って聞いたけど?」
 ルイさんを含めた曽父江一家の住む高級マンション《ツァーリ・テンプル》とビッショウ様が住む有馬邸は、道を一本隔てただけの距離に位置している。
 ちなみに、高級マンション一棟は丸々曽父江家の所有物だ。
 そして、有馬邸は敷地が一キロ四方はある仰天するほどの『ザ・お屋敷』なのよ。
 今まであまり実感はなかったけれど、聖華学園に通う人たちって、ホントにお金持ちなのね……。
「そうみたいよ。ビッショウ様から『報道陣が押し寄せてきたおかげで、思う存分曽父江ブラザーズをスケッチできる(鼻血)』ってメールがきたから」
「有馬家が相手じゃ報道陣もおいそれ手は出せないわね。大企業《榊グループ》の親戚でもあるし」
 あたしは報道陣たちの苦り切った顔を想像し、ほんの少しだけニヤけてしまった。
 有馬家は日本でも有数の大企業《榊グループ》を運営する榊家の血族でもあるのだ。
 ガードと格式が高すぎて、マスコミがルイさんに近づけるチャンスは皆無に等しい。
 いい気味だ。
 あっ、他人の不幸を喜ぶのはイケナイわね。
 でも、あたしたちはM市の最後の楽園である《WALTZ》を奪われたのよ。これくらいは許されるはずよ。
「有馬家に護られてるなら安心ね。ルイさんが六楼さんの部屋から迅速にあっちへ移ってくれてよかったわ」
「そうね。独り暮らしの六楼さんには、あの報道陣の群れを捌ききれないわ」
 南海も得心顔でウンウンと頷く。
 しょっちゅう六楼さん宅に転がり込んでいるルイさんも、今回ばかりは彼に迷惑をかけられないと判断したらしい。
 おかげで六楼さんの安全も護られている。
「――あれ? 六楼さんって、独り暮らしなのよね?」
 不意にある疑問が浮上してきて、あたしは首を捻った。
 山梨ショックが報道された日――ルイさんの荒れっぷりを心配していた六楼さんの言葉が脳内を巡る。
 彼の台詞の何かが、今頃になってあたしの心に引っかかった。
 あたしの質問を受けて、南海がカバンから分厚い手帳を取り出す。
 南海は物凄い勢いでページを捲り――やがてピタリと動きを止めた。


「六楼諫耶。二十歳。W大学文学部二年生。出身は都内葛飾区。家族構成は、父・母・妹。現在は、M市内のマンションで独り暮らし。大学に通う傍ら《WALTZ》でアルバイトをしている――と」
 南海がスラスラと手帳を読み上げる。
 薄紫色の極厚手帳の中身は、きっと美形一覧とか美少年図鑑とか、そういう類のものなんだろう。
 このM市に南海の知らない美男子はいないに違いない。
「やっぱり、独り暮らしよね? 葛飾区の生まれなのに、何でだろ?」
 南海から与えられた情報にあたしはまたしても小首を傾げた。
「M市の方がW大に近いからじゃない?」
 南海が至極真っ当な意見を口にする。
 たまにはフツーの発言もするのよる。本当にたまには――だけど。
「うん……独り暮らしをしてるのはいいとして――何かこの前、気になること言ってたのよね。六楼さん、ルイさんとは同じベッドで寝ないんだって」
 あたしは心に芽生えたモヤモヤを何気なく言葉に乗せていた。
 六楼さんの私生活について、やっぱりどうにも解せない点がある。
「それは由々しき事態ね。今すぐ私が六楼さんのマンションに行って、二人がムラムラするように模様替えを敢行してくるわっ!」
 南海が拳をグッと握り締める。
 どうしてそんな発想に辿り着くのか、あたしには理解できないけれど、南海は本気だ。目に宿る輝きの熱さと鋭さは尋常じゃない。
「や、それは全く必要ないから……。一緒のベッドでは寝ないけれど、ルイさんはまるで我が家の如くしょっちゅう転がり込んでくる――これって、よくよく考えると、ベッドがもう一つあるか他にも寝室があるってことよね?」
 あたしは自分の頭の中に生じた疑問を解決すべく、自己確認の意味を込めて言葉を口にした。
 あのルイさんが六楼さん宅の床やソファでゴロ寝している姿なんて、想像できない。
 ルイさんの勝ち気な性格を考慮すると、六楼さん宅でも当然ベッドを使用しているだろう。マンションの主である六楼さんが甘んじてソファで眠るとも思えない。頻繁にルイさんが泊まりにやって来るのなら尚更だ。
 なので、あたしはどうしても『ベッドは二台あり、もしかしたら部屋数も多いのではないか?』と勘繰ってしまう。
「さあ? でも、そこまで妄想を膨らますことが出来るなんて、意外と沙羅も素質があるわね。どう、今度一緒にビッグ――」
「腐女子の素質なら要らないわよ!」
 南海が双眸に妖しげな光を閃かせたので、あたしは慌てて彼女の声を遮った。
 何かにつけて南海はあたしを己と同じ世界へ誘おうとする。
 あたしには全く興味のない世界なので、勧誘される度にキッパリ断っている。けれど、南海はめげずに隙を見てはこうして誘いかけてくる。
 全くもって迷惑な話だ。
「ついでに妄想じゃなくて、想像! もしくは推測だからねっ!」
 念のために更に強く釘を刺しておく。
 南海のペースにハマッたら最後――気づけばうっかりゆりかもめやりんかい線に乗せられて、不可思議な異世界へ放り込まれる可能性があるのよ!
「それから五〇インチの3D対応テレビを買ったばかりだって言ってたし、リビングには背の高い観葉植物が五つくらいあるって言ってたのよ」
 あたしは南海に口を挟む余地を与えないために矢継ぎ早に言葉を継いだ。
「わざわざ《リビング》って言ったってことは、それ以外にも当然複数部屋があるってことでしょ? その上、リビングはかなり広いってことよね? おまけに五〇インチの3Dテレビを購入出来るほどの資金があるってことよね? 《WALTZ》のバイト代だけじゃ、絶対にムリな贅沢よね?」
 あたしは怖々と南海を見た。
 六楼さんの話を総合すると、どうても彼が《お金持ち》だという結論に達してしまう。
 南海もようやくあたしの不安を察してくれたみたいで、渋い表情を湛えた。
「確かに、時給一〇五〇円の《WALTZ》だけじゃ無理な生活ね。う~ん、考えられる答えは一つ――アレよ、アレ。ビッショウ様が何か言ってたじゃない、あたしが鼻血を噴き出した日」
 南海がしたり顔で言葉を紡ぐ。
 あんたが鼻血を噴き出す日なんて、多すぎてどれか解らないわよっ!
 ……でも、フツーなら解らないけど、ビッショウ様と出逢った日のことなら嫌というほど克明に覚えている。
 あたしが山梨くんパンツを皆に晒した、記念すべき日ですからね!
 くそっ、山梨のヤローめ!
 彼がどんなに素晴らしいアイドルでも、あたしにとっては傍迷惑な疫病神だ!
 あたしは突如として沸いてきた山梨くんへの怒りを鎮めるために、凄まじい勢いでストローでシェイクを攪拌した。
「やっぱり南海もそう思う? アレしかないわよね……」
 少しだけ心が穏やかになったので、あたしは改めて口を開いた。
「ビッショウ様が意味深に言っていた、あの――六楼さんが《WALTZ》の他にしてるもう一つのバイトってヤツよね。きっと、あっちで荒稼ぎしてる――ってコトよね?」
「そうよ! 美少年秘密倶楽部に間違いないわ!」
「誰もそんな妖しげなバイト先、認めてないわよ! 美少年秘密倶楽部って、完全に南海の妄想でしょう!」
「フフフッ……本当に妄想かしらね?」
「当たり前でしょ! 大体何なの、そのネーミング!? そもそも何をして収入を得るところなのよ!? 六楼さんがそんなトコで働くワケないでしょ!」
「……ああ、悪かったわ、沙羅。私のうっかりミスね」
 流石の南海もあまりに飛躍しすぎた妄想を反省したのか、溜息を零した。
 ――が、次に彼女の口から飛び出したのは、やっぱりあたしの理解の及ばない台詞だった。
「六楼さんは、二十歳を過ぎてるから《美少年》じゃなくて《美青年》と呼んだ方が正解ね。訂正するわ。正しくは――美青年秘密倶楽部、よ」
「――――」
 いや、ソレ……根本的に何にも変わってないんですけど、南海さん?
 あたしは呆気にとられて南海を凝視し、次いでガックリと肩を落とした。
 結局、南海の思考の行き着く先にはBでLな秘密の森しかないみたいだ……。


「おっと、噂をすれば六楼さんよ」
 不意に、南海が窓の外を指差す。
 あたしはその指につられるようにして窓外に目を向けた。
 外は相変わらずの雪景色。
 パラパラと雪の降り出した歩行者天国を確かに六楼さんが足早に歩いていた。
 あたしは久々に見る六楼さんの姿に喜びかけて――止めた。
 彼の横顔が常より青ざめ――憔悴しているようにも、酷く緊張しているようにも見えたからだ。
 前を見据えて歩く姿も、どことなく殺気立っている気がする。
 こんなにも切羽詰まった六楼さんをあたしは見たことがなかった。《WALTZ》ではいつも愛想良く接客しているので、その姿とのギャップがあたしの裡に不安の種を落とした。
「今日は《WALTZ》のバイトの日なのに……反対方向に進んでるわ。変なの?」
「きっと、美青年秘密倶楽部に出勤するのよ――行くわよ、沙羅!」
 急に南海が声を弾まれる。
 彼女は半ば強引にあたしの手を取り、席から立ち上がらせた。
「え? 行くって――まさか、六楼さんの後をつける気っ!?」
 あたしがギョッとして南海を見返すと、彼女はとっても力強く頷いた。
「だって、気になってるんでしょ、もう一つのバイト先? 万が一、尾行がバレたら、私の妄想癖のせいにしておけばいいわ」
 そう言って、南海はニッコリと笑う。
 ううっ、南海――やっぱり、イイ子だわ!
 どんなに腐れた趣味を持っていようとも、ここぞという時には頼りになる友人だ。
 あたしのために尾行の罪まで被ってくれる気構えだなんて、男前すぎわ、南海!
 あたし、今、ちょっと……ううん、かなり感動したかも。
「あ、ありがとう、南海――」
「さあ、行くわよ! 美青年秘密倶楽部の秘密を私たちの手で暴くのよ! 誰が六楼さんをあんなに疲弊させるまで指名しているのか――相手の顔をとくと拝んで、美形だったら同人ネタにしてやるわっ!」
 ホーホッホッホッと高笑いを放ち、南海はあたしの手首を掴んだまま恐ろしいスピードで階段を駆け下りた。
 やっぱり美青年秘密倶楽部がイチバン気になってるのね、南海……。
 前言撤回。
 南海はあたしのためなどではなく、自らの欲望の赴くままに六楼さんの尾行を決意したに違いない。
 指名って、何よ?
 同人ネタって、何ですかっ!?
 南海はとってもイイ子だけど――頭の中で色とりどりの薔薇園を育んでいる。

 まあ、あたしはそんな南海が嫌いじゃない。



     「10 美少年青年秘密倶楽部」へ続く


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2009.06.07 / Top↑
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