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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.06.07[20:11]
 小雪が舞い散る歩行者天国は、買い物客で賑わっていた。
 あたしと南海は、適度な距離を保って六楼さんの後をつけている。
 幸い六楼さんは長身なので、その後ろ姿を見失うことはない。
 万が一、彼が振り返ったとしても、この人波では見つかる心配はないだろう。殊に夕刻の歩行者天国は学生たちの遊び場なので、パッと見ただけではあたしや南海には気づかないはずだ。
 あたしたちは六楼さんから片時も目を離さなず、更に息を詰めて彼の行方を追いつづけている。
 勝手に尾行していることに対しては、やっぱり罪悪感が芽生える。
 他人の――それも大好きな六楼さんのプライバシーを詮索するなんて、本当は良くないことだ。
 けれど、これを逃したら美青年秘密倶楽部――いや、六楼さんの『もう一つのバイト』の謎を二度と暴けなくなるような強迫観念に駆られて、あたしは必死に愛しい人の背中を追っていた。
 ……いや、あたし以上に決死の形相で六楼さんの背中を睨めつけている人が隣にいるんだけどね。
 もちろん南海よ。
 前方を見据える目が、獲物を狙う黒豹の如く爛々と輝いていて――怖いのよっ!
 どうせ、六楼さんの筋の通った綺麗な背を眺めながら『受かしら? 攻かしら? 長身美青年が生意気な年下美少年に組み敷かれるのも悪くないわね』とか腐れた薔薇色妄想に耽ってるのよ。
 絶対そうに決まってるわ。
 ――あっ、今のはあたしの考えじゃなくて、あくまでも南海の心を代弁したモノよ!
 ああ、南海の妄想の中身を容易く想像できちゃうなんて……あたし、この先何処へ進む気なんだろう?
 あたしは島国ニッポンの純情な乙女なのよ。
 妖しい大海原を渡って未知なる新大陸に到達する気は更々ない。
 新大陸は遠くから蜃気楼か陽炎として眺めるだけでいいわ。
 生涯小さな島国の小市民でいいのよ、あたしは。
「フフフッ……海を渡るとね、そこにはビッグサイトという名の聖地が聳えているのよ」
 ふと、隣から不気味な笑いが聞こえてくる。
「そして、その聖なる建造物の中には――妖しい芳香に包まれた薔薇色の密林が生い茂っているのよ! 進めば進むほどに引き返せなくなる、危険で甘美で耽美な森よ! ――知ってた?」
「――――!?」
 あたしは驚きのあまりに一瞬絶句し、南海を凝視してしまった。
 南海の可憐な顔には、意味深な微笑みが貼りついている。
「し、知るわけないでしょ! っていうか、あんた、いつの間に読心術なんてマスターしたのよ!? 何っ? 何かの教祖にでもなるつもりっ!?」
 あたしが恟然と喚くと、南海は奇々妙々な笑みをグッと深めた。整った顔立ちをしているだけに、その笑顔には不思議な迫力が宿っている。
「フッ……沙羅が私の妄想を読めるなら――私は常にその上を行くわ」
「…………あっ、そう」
 得意気な南海の言葉に、あたしは引きつった笑みを返した。
 何かもう、南海が何を出来て何を出来ないのか――考えるのも追及することも金輪際止めることにしたわ。
 最近の南海は日に日にパワーアップしているような気がする。
 ビッショウ様と出逢ったことで、急に第三の目が開眼したり、世界を統べる指輪を入手したり、真実を伝える黄金の羅針盤を授けられたり、呪われた海賊の金貨をうっかり拾ったり、石の台座に突き刺さった聖剣エクスカリバーを抜いちゃったり、大海原を真っ二つに割っちゃったり、宇宙からのエナジーを受け取ったり――とか、とにかく何かそれっぽい感じで進化したんだわ、この子。
 きっと、南海はやろうと思えば何でも出来る子なのよ。UFOだってアッサリ喚んじゃうに決まってる……。
 新世界の開拓は南海とビッショウ様に託し、あたしは遠くの島国からぼんやりと眺めさせていただくわ。
 いや、この二人なら新大陸どころか新宇宙まで発見しちゃいそうで物凄く恐ろしいんですけれど……。
 決めた。
 もしも、あたしと六楼さんの間に子供が産まれ、その子の眼前に南海やビッショウ様が住まう妖しの森が出現したら――容赦なく伐採するわ。
 斬って斬って――斬りまくってやるわ!
「フフッ、甘いわね、沙羅。刈り取ったはずなのに、気づけばまた凄まじい勢いで密生している――それが妖しの森よ」
 またしても南海が不可思議な言葉を発したので、あたしの心臓はドキリと大きく跳ねた。
「ちょっと、あたしの心と勝手に会話するの止めてくれる!?」
「大丈夫よ。沙羅と六楼さんの子供が可愛い男の子だったら、私がどんな手を使ってでも山梨くんと同じ事務所に入れるわ」
 どこからそんな自信が湧いてくるのか、南海が口調は淀みなく、そして力強い。
 山梨くんが所属するタレント事務所は、業界でも最大手。
 オーディションで一次審査を通るのも至難の業だと噂の紛うことなき狭き門だ。
 けれど、南海が断言すると本当にオーディションに通る気がするから不思議だ。まだ子供なんて生まれてもいないのに……。
「女の子だったら……。そうね、腐れた漫画考察の仕方からBL同人誌の描き方まで――しっかり私が森のナビゲーターになるわ。だから、安心して」
「いや、全っ然安心なんてできないんですけどっ! それ以前に、あたしの肉声は無視ですか、無視っ!?」
「細かいことは気にしないの。――あっ、着いたみたいよ、六楼さん!」
 南海が勝手に話を打ち切り、パッと顔を輝かせる。
 見ると、六楼さんは建物の一つに吸い込まれて行くところだった。
「フフッ……ここが、噂の美青年秘密倶楽部なのねっ!」
 南海がその建造物を熱い眼差しで見つめ、うっとりと呟く。
 その横であたしは頬を思い切り引きつらせた。南海の脳内では早速何かしらの妄想が翼を広げだしたらしい……。
「基本的に、噂してるのは南海だけだし――絶対に秘密倶楽部じゃないと思うわよ」
 あたしたちが見上げている看板には、全国的に有名なファミレスの名前がバーンと掲げられている。
 こんな健全な公共の場が、妖しげな秘密倶楽部であるわけがないじゃない!


 ただの超大手ファミレスなんだけど、六楼さんが《WALTZ》のバイトを蹴ってまでここを訪れたのは覆しようのない事実だ。
 単純にシフトが変更になっただけかもしれないけれど、この中で六楼さんが何をし、何が起こるのかは気になる。
 普通に考えるとただ食事に訪れただけだし――まさか、このファミレスでバイトしている、ということはないだろけど……。
 あたしと南海は、ここでも高校生が多いことをこれ幸い――と平然を装ってファミレスに足を踏み入れた。
 そこそこ混雑している店内――南海は店員さんの誘導を全く無視して、図々しくも六楼さんが座った席の隣に陣取った。
 あたしも六楼さんにバレないように素早く南海の向かいに着席する。
 都合良く席と席の間は顔が隠れるくらいの壁で仕切られている。加えて、ちょっとした観葉植物が飾られている――という、テレビドラマでたまに見かけるアレなシーンよ。
 あたしと南海は水を運んできたウェイトレスに小声でアイスティーを注文し、息を潜めて隣の様子を窺っていた。
 隣席とはいえ微妙な障害物はあるし、夕暮れ時のファミレスは学生たちでごった返している。なので、全ての会話を聞き取ることは不可能だ。それでも、あたしは六楼さんの声を聞き取ろうと懸命に聞き耳を立てていた。

「うわーっ、顔色悪いね、イサヤくん」
 ふと、六楼さんの向かいに座る男の人が驚きの声をあげる。
 チラとそちらを盗み見ると、二十代後半と思しきスーツ姿の男の人が優雅な仕種でコーヒーを啜っていた。
 爽やかな顔立ちの美形なのに、瞳の奥に宿る輝きは意想外に鋭い。六楼さんに向けられている双眸は、獲物を狙う猛禽類のようだ。
 南海がスーツの男に視線を流し、数度目をしばたたかせる。その瞳が徐々に煌めき、頬が桃色に染まった。
 スーツの美青年を目撃して、テンションが上がったんだろう。ついでに脳内妄想が花開いてしまったらしい……。
 南海は、無言で鞄からスケッチブックとシャープペンを取り出した。
 スケッチブックをテーブルに広げ、
『中々のイロオトコね。スーツ姿にちょっとムラッときたわ』
 紙面に流麗な文字を走らせる。
 ファミレスで好みの美青年を発見したからムラッとする女子高生って――かなりイタいと思うわよ、南海……。
 あたしは頬をひきつらせながらスケッチブックを眺めた。
 隣では六楼さんと謎のスーツ男の会話が続けられている。
「他人事のように言わないで下さいよ、水城さん!」
 六楼さんの怒り気味の声が耳に届けられる。
 どうやら《水城》というのが相手の男性の名前らしい。
「誰のせいだと思ってるんですか? 水城さんが連日連夜、俺を眠らせてくれないからでしょう」
 六楼さんが非難めかしい声。
 ――連日連夜?
 眠らせてくれない?
 六楼さんの言葉を聞いた途端、あたしの心臓はドキリと跳ね上がり、胸は緊張に見舞われた。
 思わず、南海と顔を見合わせる。
 南海も同じことを連想したのだろう。あたしと目が合った瞬間、彼女はニヤリと愉しげに微笑んだ。
 ……やっぱり六楼さんと水城さんは、そんな妖しい関係だってコト?
 腐女子ではないあたしだって、今の意味深な台詞を聞いたら――ちょっとはイケナイ妄想に辿り着いちゃうわよっ!
「毎日のように責められる俺の身にもなって下さいよ」
 続く六楼さんの台詞に、南海が「うぐっ」とアイスティーを喉に詰まらせた。
 アイスティーの飛沫が軽く宙を舞う。
 南海の妄想は更なる飛躍を遂げたようだ。
『ま、間違いなく、リーマン攻の六楼さん受ね! ここで待ち合わせして、近くのホテルに移動するのよ! これぞ美青年秘密倶楽部! 素敵すぎるわ♪』
 南海が興奮気味にペンを操る。
 何なの、この筆談……。
 あたし、健全なファミレスの店内で《受》とか《攻》とか――そんな単語目にしたくもないんですけど……。
 どこが素敵なのか、あたしには砂粒ほども理解できなかった。
 六楼さんを妄想の餌食にしてはしゃぐ南海の心理も全く掴めない――というか、南海の熱狂ぶりを考察したり分析したりしたくない。
『ファミレスで密会を敢行する秘密倶楽部が何処にあるのよっ! 六楼さんは絶対にソッチ側の住人じゃありません!』
 あたしは憤りのままに激しくペンを走らせて、南海に抗議した。
『勝手に南海の世界に引きずり込むのはやめてよ! ちょっと、ファミレスで鼻血は勘弁してよっ!』
 あたしはギョッと目を剝き、慌ててペンを置いた。鞄の中からポケットティッシュを取り出し、南海の方へ差し出す。
 きっと、妄想を逞しく広げすぎたのね……。いつの間にか、南海の鼻腔からは控え目に血の筋が垂れていた。
「解ってる。イサヤくんが体力的に厳しい状況下に措かれているのも重々理解しているけど――仕事は仕事だからね」
 スーツの色男――水城さんが、六楼さんに向けてニッコリと微笑む。
「うわっ……その笑顔が怖いんですよ。ホント、鬼ですよね、水城さんって」
 六楼さんが溜息混じりにボヤく。声音には諦めのようなものが滲んでいた。
「鬼って――酷いな、イサヤくん。まっ、あながち間違ってもいないけどね。オレもスケジュールがキツイし、時間ないしさ――悪いけど、さっさとホテルに移動するよ」
 水城さんが双眸に鋭利な輝きを灯す。
 ――ホ、ホテルッ!?
 あたしは目の玉が飛び出しそうなほど驚いた。喉から飛び出しかけた驚愕の叫びを、必死に両手で封じ込める。
 正面では、南海が鼻を押さえるティッシュの枚数を増やしていた。
『今の聞いた、沙羅!? ホラ、やっぱりホテルに行くんじゃない! あー、ますますムラムラしてきたわ』
 南海がスケッチブックに綴る文字からは、六楼さんの身を心配する様子は全く見受けられない。
 女子高生がますますムラムラするような場面じゃないわよ!
 南海は、もう完全に薔薇色妄想の虜になっている。
「えっ、今日も!? 俺、これ以上やられたら死んじゃいますってば……!」
 すかさず六楼さんが憤然と反発する。
「バイトも忙しい上に、数時間おきにルイからも電話がかかってくるんですよ。アイツ、自分が暇な上に頗る機嫌が悪いもんだから、ケータイ越しに俺が果てるまでえげつない言葉で責め続けるんですよ!」
 六楼さんのげんなりした声。
 あたしはこめかみの辺りを神経質に引きつらせた。
 ……何ですか、この会話?
 何だか、あたしにも薔薇の園が視えるようになってきたのは……気のせいよね?
 南海と長くつき合っているから、ほんの少しだけ妄想癖が伝染(うつ)っただけよね?
 あたしが焦燥に冷や汗を垂らした瞬間、ボキッと南海が手にしたシャープの芯が折れた。
 南海は物凄い勢いでシャープをカチカチさせて芯を出すと、また紙面に文字を躍らせる。
『ちょっと、今もしっかり聞いたわよね、沙羅! 我が愛しのルイさん、受だと思ってたけど、実は攻だったのねっ!』
 南海の心の昂ぶりを表すように、荒々しい文字が綴られる。
 あたしは額に青筋を浮かべた。
 ……突っ込みどころはソコですか?
 あたしの受けた衝撃に反比例して、南海の妄想ボルテージはどんどん上がっていく。
『ルイ×イサヤ、イサヤ×ルイ、山梨×ルイ、ルイ×山梨――どれがイイ?』
 急に南海がとんでもないことを書き出したので、あたしはショックのあまりに目を見開いた。
『どれも嫌っ! 激しく嫌っ!! 山梨くんはどうでもいいけど、六楼さんを腐れた相関図に入れないでよっ!』
『や、ムラムラしてきたから、家に帰ったら何かBL漫画でも描こうかと思って。どのカップリングだったら読んでみたい?』
 南海は悪びれた様子もなく更に質問を繰り出してくる。
 ごく普通の女子高生であるあたしに、そんな変な質問をされても答えようがないんですけど!
『全部ムリだって言ってるでしょっ! あー、もうっ! テキトーに山梨ルイ山梨+店長とかにしておけば?』
『フフッ、そこで店長を持ってくるとは、やるわね! やっぱり、沙羅と六楼さんの子供は私が立派なBL界の女帝に育て上げるわ』
『いや、まだ産んでもいないし――そもそも告白すらしてないからねっ!』
 あたしは南海の妄想と企みを打ち壊すべく猛烈な勢いで筆を走らせ続けた。
「あー、ルイくんね。久し振りに逢いたいけど――今じゃすっかり《時の人》だもんね」
 あたしと南海がスケッチブック上で超高速のやり取りを繰り広げていると、隣から椅子を引く音が聞こえてきた。
「あの、美しい顔は全国の山梨ファンにかなりの衝撃を与えただろうね。実際、あれだけの美貌にお目にかかれることは滅多にないしね。ああ、いいな……何だか絵が浮かんできたかも。ルイくんだったら『紅蓮の鏡月』の王子役、イケるんじゃない? 縛られたり、目隠しされたり、繋がれたり――素晴らしく似合うと思うよ」
 水城さんが不敵な微笑みを浮かべる。
 とうとうテーブルの上には血飛沫が舞った。
 南海の鼻血がピークに達したのよ……。
 どうせ、王子に扮したルイさんが山梨くん扮する魔王に自由を奪われ、表現するのも憚られるようなアレコレをされちゃってる姿を妄想しまくってるんだわ。
「いいね。今度、ルイくんを交えて――三人でどう?」
「ルイに瞬殺されますよ」
「ああ、それもイイなぁ。あの綺麗な顔に口汚く罵倒されてみたいよね」
「……下らない想像してないで、移動しますよ。時間ないんでしょう、水城さん」
 六楼さんが苦笑しながら立ち上がる。
「今夜はお手柔らかにお願いしますよ」
「いや、オレは何事も手を抜かず、妥協もしない男だから。昨日より激しく、エロすぎて悶え死ぬ感じでお願いね、イサヤくん」
 水城さんがとても愉しげに満面の笑みを浮かべ、伝票を片手にレジへと向かう。
 六楼さんは何事かを囁き返しながら、従順に彼の後に続いた。
 ……な、何だろう、この展開?
 ホントに二人でホテルに行くワケ?
 六楼さん、同性にトキメいたことはないって、明言してたのに……。
 あのスーツの人とは、既に何度も何度もホテルに行ってるみたい感じだし――とっても慣れてる感じがするのは、気のせい?
「フフッ……トキメかなくてもアレはできるのよ」
 南海がしたり顔で頷く。
 その鼻にはしっかり血止めのティッシュが詰め込まれていた。
 毎日のように鼻血を噴き出しているのに、深刻な貧血にならないのが不思議だ。
「さっ、妄想種はたっぷり蒔いてもらったし――帰るわよ、沙羅っ!」
 南海がテキパキとスケッチブックを仕舞い、すっくと立ち上がる。
 ハイテンションにも程があるわよ、南海。
 あたし、何か色々とショックでしばらく茫然としていたいんですけれど……?
 好きな人が両刀かもしれない現実に直面して、パニックに陥ってるんですけれど?
 南海は得体の知れないエナジーを見事にチャージできたようだけれど、あたしの心からは逆に何か熱い物が零れ落ちてしまったような感じだ。
 急速に胸が冷え、心が虚ろになった。
「さっさと帰って、寝るまでに『山ルイ山 時々テンチョ』――を仕上げるのよっ!」
 傷ついたあたしの硝子の乙女心を歯牙にもかけずに、南海は来た時以上のパワーであたしの手首を引っ掴み、ファミレスを後にした。
 ……何だか、もう一層のこと、あたしも南海のいる世界へ旅立った方が心が楽になれる気がしてきたわ。

 結局――美青年秘密倶楽部って、何だったのよっ!?



     「11.《WALTZ》で逢わなくてもいいんじゃない?」へ続く


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