ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 赤・白・ピンク・シルバー・イエロー、オレンジ――
 色とりどりの愛らしい物体がズラリとガラス張りのショーケースに並んでいる。
 見る者を虜にさせる艶やかな色合いと煌めき。
 照明の光を反射させて美しく輝く様は、幻想的でさえある。
 ガラスケースの中は、人々の胸を高鳴らせる魅惑の宝石箱。
 店内には食欲を刺激する芳しい匂いが充満している。
 そう、ここは――

「大将! 三卓様、北海荒波にぎりがリャン! 特上蝦夷ちらしがゲタ! マイがメノジの――ロンハイもメノジ入りますっ!!」
 店内を突き抜けるようなあたしの大声に、カウンターの中で大将と弟子たちが「喜んで!」と声を揃えて返事する。
 店内の熱気が急激に増幅した。

 ここは……《WALTZ》じゃないわよ!
 あたしのバイト先――《蝦夷舞鮨(えぞまいずし)》よ!
 当然、ショーケースに並んでいるのは甘いスイーツではなく、寿司ネタだ。
 店内に充満しているのは、バニラやシナモンなどの芳香ではなく――鼻腔に心地好い刺激を与える寿司酢の香りよっ!
 ……悪かったわね、《WALTZ》じゃなくて。
 あたしだって、毎日毎日《WALTZ》に入り浸ってるわけじゃないのよ。
 ちゃんとバイトしてるんだから。
 もちろん六楼さんの端整な顔をうっとりと眺めながら美味しいケーキを食べるため――つまりは《WALTZ》に通う資金を貯めるためだ。
 ちなみに、あたしが叫んでいる『リャン』とか『ゲタ』っていうのは寿司屋用語よ。
 ピン・リャン・ゲタ・ダリ・メノジ――で、順に一・二・三・四・五の意味ね。
《蝦夷舞鮨》でのバイトが決まった時に、ホントは二十くらいまで覚えさせられたけれど、実際には十を意味するピンソクくらいまでしか使わないわね。
 それに忙しくなると、咄嗟に寿司屋用語が出て来ないこともあり、『特上にぎりが一、ちらしが七』とか結局普通にオーダーをお願いしている時もある……。
『マイ』っていうのは、ウチでは『お吸い物』のことを指す。
 ――っと、こんな説明をしてる暇はないのよっ!
 九時を廻ると《蝦夷舞鮨》は、美味いお寿司とアルコールを求めてやって来るお客様方でごった返す。
 地元ではそれなりに評判の高いお寿司屋で、固定ファも多い。
 一瞬だけど、《WALTZ》のような様相を呈するから、今は気が抜けない時間帯だ。
 厨房へ駆け込んだあたしは、手際よくウーロンハイを五つ作ると、機敏な動作でホールへと戻り、ジョッキを三卓へと運んだ。


 ……って、ホントはこんなコトしてる場合じゃないんですけどっ!?
 あたしはお客様に愛想良く笑顔で応対しながら、その実――心の中ではかなり葛藤していた。
 今日は、二月十日。
 年に一度、《WALTZ》で幻のケーキ《ラブ・パラダイス》が販売されるとっても貴重な日なのよ。
 なのに、あたしはいつにも増してバイトに精を出している。
 理由は至極単純――迷っているからだ。
 南海と一緒に六楼さんの後を尾行したあの日から、あたしは迷いに迷っている。
 六楼さんに告白するべきか否か――
 あの水城さんという謎の青年と六楼さんの間には、他人が立ち入ることのできないような深い繋がりのようなものが確かに存在していた。
 もしも、南海の想像通りに六楼さんが水城さんとただならぬ関係にあるのなら、あたしの告白なんて邪魔で鬱陶しいだけだろう。
 でも、六楼さん本人は『同性にトキメいた一度もない』って、しっかりと明言してくれている。
 山梨くんという思わぬ闖入者に阻害されたけど、あたしを夕食に誘ってくれたのは――ちょっとはデートの意を含んでいたはずだ。そう思い込みたいあたしの願望かもしれないけど、山梨ショックの前までは雰囲気は悪くなかったはずよ。
 もちろん、あたしとしては『同性に興味はない』と断言した、大好きな六楼さんの言葉を信じたい。
 けれども、水城さんとの間に、あたしや南海には口外できない何らかの秘密があることも確かで……。
 ああ、もうっ……!
 バイトしながらもこんなに悶々としてるなんて、サイテーだ。
 いつまでもウジウジ悩んでないで、さっさと《WALTZ》に行けばいいのよね!
 解ってる。
 解ってはいるけど――中々躊躇いを捨てきれずにいるところに、大将から緊急招集がかかったのよ。
 何でも、バイトの一人が高熱で出勤できなくなったらしくて、あたしはそのピンチヒッターってワケ……。

 ふと、壁時計に視線を投げると――時刻は午後九時四十五分を廻っていた。
《WALTZ》の閉店は午後十時。
 とっくに《ラブ・パラダイス》は売り切れてるわよね……。
 超人気店が数量限定でたった一日のみ発売する伝説のケーキなのだ。
《WALTZ》ファンじゃなくても、『好きな相手と両想いになれる』という御利益を求めて、行列に並ぶ女子たちも少なくないはずだ。
 開店と同時に売り切れになっていたとしてもおかしくはない。
 ――今年も《ラブ・パラダイス》を手に入れるのは……無理かな。
 あたしは諦観混じりの溜息を落とした。
 と、そこへ――
「沙羅ちゃん、一段落したし――溜息吐くくらいなら、ちゃっちゃと行ってきな」
 思いがけず大将の渋い声が飛んできた。
「大将……!?」
 驚いて振り返ると、大将がカウンター越しにあたしをじっと見据えていた。
「ウチからケーキ屋までは走って十分だ。ギリギリ間に合うだろ」
「えっ、《WALTZ》のこと知ってるんですか、大将?」
「そりゃあ、ご近所様だしな。何てったってあそこの《ラブ・パラダイス》は有名だ。あの、眼鏡のイケメンにーちゃんと《ラブ・パラダイス》を食べるんだろ?」
 大将が厳めしい顔つきで《ラブ・パラダイス》と口にする。
「どうして、それを――?」
「アレな……あの、眼鏡のにーちゃん、遅い時間にたまーにウチに来るんだよ。若ェのにいつも一人だから怪訝に思って訊ねてみたのよ。したらな、気になる子がウチでバイトしてるんだってよ。……まっ、誰のコトかは知らねーがな」
 大将がニヤリと唇をつり上げる。
 そ、そそそそれって、ひょっとして、もしかして――あたしのことですか!?
 あたし、今、世界中の誰よりも激しく自惚れてもいいんでしょうかっ!?
 大将の言う『眼鏡のイケメンにーちゃん』が六楼さんのことなら、あたしにも充分に可能性があるってことよねっ!?
 不意に、胸に熱いモノが込み上げてきて、あたしは潤んだ眼差しで大将を見返した。
「俺ァ、何もせずに諦めるのは大嫌ェだ。ウチの従業員なら粘れ! 俺ァ、粘って粘って粘って――十五も年下のカミさんを見事ゲットしたぜ」
「大将――」
 そう、事実大将は粘り勝ちしたのだ。
 歳の離れた若くて美しい奥様に猛アタックを繰り返し、先日ついに二度目の結婚を果たした――正しく《粘りの男》なのよ。
 大将の奮闘を思い返すと、不思議と勇気と気力が復活してきたわ。
 こんなに素敵なお手本がすぐ傍にいるのに、あたしったら何をジメジメと悩んでいたんだろう。自分が恥ずかしくなる。
 簡単に諦められるほど、あたしの六楼さんへの想いは弱くはない。
 まだ告白すらしていないのに勝手に諦念を抱くなんて――バカだ。
 うん、あたしの目的は一つ『六楼さんと一緒に幻の《ラブ・パラダイス》を食べる』ことよっ!
 二月十日が終わるまでは、絶対に諦めるもんですかっ!
「大将、あたし――行ってきます!」
「おう。ちょっと待ちな。万が一、ケーキがなかったらよ、にーちゃんと二人でコレを喰えや」
 大将がカウンターの上にやけに大きな寿司折りをバーンッと差し出す。
「《蝦夷舞鮨》スペシャル! 寿司ネタ倍増《ラヴにぎり》と《特大ラヴ太巻き》と《ラヴいなり》だ」
「………………アリガトウゴザイマス」
 あたしは嬉しさと恥ずかしさの相俟った眼差しで、巨大寿司折りを眺めた。
 い、いや、何か……物凄く羞恥心を煽るようなネーミングに感じるのは、あたしの気のせいよね?
 な、南海のせいで妙な妄想癖がうつったのかしら?
 ――とにかく、大将の心意気は有り難く受け取らせていただくことに決めた。
 あたしは空色のダッフルコートを羽織ると、大将の勇気と愛情がたっぷりと詰まった寿司折りを両手に抱えて寿司屋を飛び出した。


 ……って、コレ、メチャクチャ重いんですけど、大将っ!?
 少し走っただけなのに、腕がじんじんとした痺れを感じ始めている。
 特大って、どれくらいのラヴを込めた特大なんですかっ!?
 雪のチラつく中をコレ持って《WALTZ》まで走れ――って、鬼ですかっ!?
 あたしは大将に感謝しつつも心の片隅で小さな恨みを覚えた。
 永遠に実体験することはないけれど、きっと子泣き爺を抱き上げた時って、こんな感じなんだと思う……。
 十分で辿り着けるかどうか解らないけれど、あたしは寿司を落とさないように注意を払いながら雪道を進んだ。
 雪道を走るのは至難の業だ。
 けれど、幸いなことに今日は平日の上に生憎の雪。
 早めに帰宅する人が大半のようで、この時間になると歩行者天国を歩く人は疎らだった。
 行ける。
 これなら十時までに《WALTZ》に辿り着けるわ、きっと!
 あたしは、やっぱり六楼さんが大好きで、どうしても彼と一緒に《ラブ・パラダイス》を食べたい。
 あたしは脳裏に六楼さんの顔を想い描き、寿司折りを持ち直すと決然と地を蹴る足に力を込めた。
 ほぼ同時に、
「園生沙羅! 待て!」
 無駄にセクシーな声が、あたしのフルネームを呼んだ。


 その声に聞き覚えがありすぎて、あたしは思わず足を止めて振り返ってしまった。
 人気のない歩行者天国を細身の影が颯爽と駆けてくる。
「――げっ、山梨くんっ!?」
 あたしは巨大寿司折りを持った妙な体勢で、思い切り顔をしかめた。
 こちら向かってくるのは、紛れもなくトップアイドル――山梨和久だ。
 彼の最大の武器である美声は、聞き間違いようがない。
 驚くあたしを尻目に、山梨くんは雪道をものともせずにどんどん接近してくる。
 夜なのであまり人目を気にしていないのか、伊達眼鏡をかけただけの軽装だ。
 整った顔は、いつ見てもカッコイイ。
 テレビで見るより断然カッコイイ。
 熱愛報道以降、何故だか急に色気が増した気もする。
 真摯な眼差しと少しつり上がり気味の妖しい口許が色っぽすぎるのよっ!

 ――ハッ! 見惚れてる場合じゃないわ!
 山梨くんがこんな時間にM市を訪れた目的は、一つしか思い浮かばない。
 ヤツの狙いは、きっとあたしと同じ《ラブ・パラダイス》だ!
 愛しのルイさんに振り向いてほしい一心で、本当にここまでやって来るなんて、凄い執念というか見上げた心意気だわ。
 でも、相手がスーパースター山梨和久でも《ラブ・パラダイス》を渡すつもりは毛頭なかった。
「ちょっ、ちょっと、山梨くん! あんた、本気で《ラブ・パラダイス》をゲットしにきたワケッ!?」
「当然。オレは――どんなことをしてでもルイを手に入れる!」
 眼鏡の奥でキラリと双眸が光る。
 真剣だ。
 マジだ。
 この人、アイドルのプライドをかなぐり捨てる気迫で、ルイさんに恋をしてる!
 きっと、山梨くんの脳内では、ルイさんが同性だという現実は些細な事柄として処理済みなのだろう。
 ルイさん恋しさにここまでやって来たなんて凄すぎる。
 意外と一途な情熱家なのね。
 しかも、恋の成就を願って《ラブ・パラダイス》に縋るあたりは、やっぱり思考回路があたしと同じで――ちょっとイヤだ……。
「閉店まであと五分を切ったな。悪いけど、先に行かせてもらうよ」
 山梨くんが腕時計を確認しながら、魅惑のセクシーボイスを放つ。
「待てぃぃっっ! あんた、あたしを呼び止めておいて、卑怯にもあたしを追い越してゆく気なのっ!?」
 脇を擦り抜けて行こうとする山梨くんの腕を、あたしは片手でむんずと掴んだ。
 あたしは山梨くんに呼びかけられたから立ち止まったのだ。
 なのに、時間をロスさせられた挙げ句に抜け駆けされたんじゃたまらない。
 そもそも、巨大寿司折りがある分、あたしの方が遙かに不利なんだからっ!
「園生沙羅、おまえは地元民なんだから《ラブ・パラダイス》は諦めろ。いつでも六楼諫耶の心を射止めるチャンスがあるだろ!」
 山梨くんが不機嫌そうにあたしを振り返り、剣呑な眼差しを向けてくる。
「ないから、《ラブ・パラダイス》をゲットするんじゃない!」
 あたしはアイドルの眼力に負けじと、キッと山梨くんを見上げた。
 地元民だからって、チャンスは無限にあるとか、いつでも告白できる――とか、そんなの幻想よ。
 甘すぎるわよ、山梨くん!
《WALTZ》の人気をナメんじゃないわよ!
「モテるのよ! 人気があって、物凄く倍率高いのよ、六楼さんはっ! 山梨くんこそ、ルイさんの一人や二人、アイドルパワーで何とかしなさいよね!」
 山梨くんの腕を握り締めながら力説する。
 そもそも《WALTZ》はカッコイイ殿方だけを集めているお店なのだ。
《WALTZ》の店員じゃなくても女の子たちの熱い視線を受けまくっている彼らとおつき合いするのは、とっても困難なことだった。
 ルイさんは頭一つ飛び抜けている存在だけれど、六楼さんを含めた他の店員さんたちも思わず二度見してしまうような美形揃いなんだから!
「アイドルパワーが全く役に立たないから、ココまで来てんだろーがっ!」
 山梨くんが舌打ちを鳴らし、綺麗な顔に青筋を浮かび上がらせる。
 確かに、ルイさんが相手ならアイドル様の眩い威光も効き目はないような気がする。
 ルイさんは恐ろしいほどに我が道を突っ走るような人だ……。
 相手が誰であれ、興味のないものはない、嫌いななモノは嫌い――ときっぱり断言してしまう。
 そこがまた、ルイさんファンに言わせると萌えるポイントでもあるらしい。
 アイドルパワーが無効化されてしまっては、山梨くんには勝機はない気がする……。
「じゃ、もうルイさんのことは潔く諦めなさいよ!」
 急にあたしの前に立ちはだかった山梨くんへの苛立ちと幾ばくかの親切心を込めて、あたしは大声を張り上げた。
 すると山梨くんは心底不本意そうに目を眇め、傲然と顎をしゃくった。
「イヤだね」
「《ラブ・パラダイス》は絶対に譲らないわよ。それに――あんたとは《WALTZ》で逢いたくないのよ!」
「安心しろ。これきりだ。だから――手、放してくんない?」
 山梨くんが物凄い眼力であたしを睨めつけてくる。
 あたしは応える代わりに無言で山梨くんの腕を力一杯握り締め、彼を睨み返した。
 小雪の舞う中、あたしと山梨くん双眸がピタリと合致する。
 山梨くんとあたしの間で、激しい火花が散った。

 時を同じくして、
 あたしと山梨くんの脳内では、ファンファーレの如く『青春ボンゴレ』が鳴り響いたに違いない――



     「12.リアル紅蓮の鏡月!?」へ続く



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2009.06.07 / Top↑
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