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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Mon
2009.06.08[08:59]
 一陣の風が吹く。
 涼風は緊迫の波を運んできた。
 銀糸の髪と火焔の髪が宙に舞う。
 氷天・彩雅(さいが)は、真っ直ぐに相手を見据えながら鞘から剣を抜き払った。無色透明なの先端を正面へ向ける。
 愛刀――雪華(せっか)を突きつけている相手は、友人であるはずの炎天・綺璃(あやり)だ。
 綺璃の手にも見慣れた剣――燈火(とうか)が握られている。
 雪華と燈火、そして水天・水鏡(みかがみ)の青漣(せいれん)――遙かな昔、それぞれが七天を継承する際に、鍛冶師に三振りの剣を揃いで鍛えてもらったのだ。
 幼い頃からの絆の証。
 まさか、それを片手にこんな風に対峙することになろうとは夢にも思わなかった。
「もう一度だけ訊く。本当におまえが殺したのか?」
 彩雅は震える唇を懸命に動かした。
 友人の口からはっきりと聞いたにも拘わらず、『綺璃が雪を殺した』とは到底信じられない。現実として受け止められない。
 何かの間違いであればいい――切に願う。
 今まで――そう、何百年と同じ刻を過ごしてきた大切な友が綺璃なのだ。
 その綺璃と剣を交えるなんて実感が湧かなかった。


「……くどい」
 綺璃は、彩雅の視線を避けるように瞼を伏せた。
 瞳を閉ざしていても解る。彩雅の視線が痛いほど肌に突き刺さる。
「何度言わせるつもりだ」
 縋るような彩雅の視線に気づかない振りをして、綺璃は瞼をはね上げた。
 紅の双眼に冷たい炎を灯し、彩雅を鋭く射る。
 彩雅の秀麗な顔が悲痛に歪んだ。
 ――彩雅、誇り高き氷の王よ。俺を憎むがいい。そして、殺せ。
 胸の痛みを強引に抑え込み、綺璃はただじっと彩雅を見つめていた。
 これまで彩雅と二人で分かち合い、築き上げてきたものが、全て崩れ、灰燼に帰してしまうような錯覚を覚えた。いや、これは錯覚などではない。紛れもなく現在進行形の瓦解だ……。
 二人で共有した《何か》を傷つけてでも、綺璃は彩雅を紫姫魅の魔手から逃がしてあげたかった。綺璃にとって自慢でも誇りでもある愛すべき宝物を護りたいのだ。
 綺璃には紫姫魅の茶番につき合う気は元よりない。
 自分が死ねば、彩雅も鞍馬も助かる。もっとも、紫姫魅が約束を反故にしなければ、の話だが……。
 ――鞍馬、愛しい妻よ、おまえは愚かだと嗤うかもしれないな。
 胸中で自嘲し、脳裏に妻の姿を思い描く。
 もっと幸せにしてあげたかった。
 愛し、愛されたという温もりを彼女にはちゃんと抱かせてあげたかった。
 同じくらい真摯に、彩雅の幸せをも願う。
 これは、どちらかを切り捨てられなかった己の咎だ。
 ならば、その罪科を全て己に背に刻み込み、堕ちるしかないだろう。
「おまえと闘うことになるとはな……。覚悟はいいな、彩雅」
 綺璃は低い声音で告げると、彩雅を挑発するように燈火を構え尚した。
 青眼に構えた燈火の刀身からユラユラと影のような炎が立ち上る。
 今の錯乱した彩雅なら、難なく自分の誘いに乗ってくるに違いない。
 彩雅は決して赦さないだろう。
 雪を殺した自分を――
 陽炎のように揺らめく燈火越し、彩雅が意を決したように地を蹴った。



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