ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 一瞬の沈黙――
「――えっ?」
「はっ?」
「まっ、まさか――!」
 ミロの言葉をようやく理解した衛兵たちが、驚愕の声をあげ、怖々と囚人に注目する。
 皆の視線は、血まみれの金髪少年に集中していた。
「……相変わらず短気だな、ミロ」
 その唇が紡いだのは、美しい女性の声だった。
「ひ、ひえっ!」
「まさか……まさか、本物っ!?」
「なっ、なんてことを――!」
 衛兵たちが後悔混じりの悲鳴を発する。
 血まみれの凄惨な姿と貴婦人らしからぬ軽装のせいで、少年だと思い込んでいたが、よくよく目を凝らしてみると、端麗な顔立ちの少女に見える。
 金縛りに遭ったように凍りついている衛兵らをよそに、ミロはツカツカと囚人たちに歩み寄った。
 呆れたような眼差しが、金の髪の少女に注がれる。
「おまえも、もっとマシな登場の仕方はなかったのか、アーナス? 純白の婚礼衣装で駆け込んでくるとか。その姿じゃ、衛兵がキールの王女だと気付かなくて当然だぞ」
 ミロの言葉が衛兵たちの金縛りを解いた。
「この御方が……殿下のご婚約者……」
「キールの王女――」
「伝説の……ギルバード・アーナス・エルロラ様っ!?」
「烈光の女神――」
 戦慄が一気に衛兵たちの心を駆け抜けて行く。
「か、枷をっ! 早く、枷を外せっ!」
 あたふたと衛兵たちは、三人の囚人の枷を外し始める。
 没収した私物を慌てて運んでくる衛兵もいた。
「オイ、その黄金の剣は神剣ローラだぞ。丁重に扱え」
 ミロが一言釘を刺すと衛兵は『ひえっ!』と情けない声をあげ、更に緊張した様子で震えながら傍にやってきた。
「悪かったな、アーナス」
 ミロは衛兵からローラを取り上げ、自分の婚約者――アーナスに手渡す。
 ミロからローラを受け取りながら、
「来る途中でカシミア兵と一戦交えてな……。この格好じゃ怪しまれるのも無理はない」
 アーナスは軽く肩を竦めた。
「名乗ればよかったのに」
 言いながらミロはアーナスの顎に手を伸ばし、そっと顔を上向かせた。
 そのまま顔を寄せて口づけようとする。
「名乗ったけど、信じてもらえなかったのですよ!」
 唇が重なろうとした瞬間に横槍を入れられて、ミロは視線だけをそちらへ流した。
 黒髪の少年がムスッとした表情で宙を睨んでいる。
「それは済まなかったな、ルーク」
 ミロは苦笑し、視線をアーナスへと戻した。
 気を取り直してキスしようとしたところへ、『ウォッホンッ』としゃがれた咳払いが投げられた。
 アーナスの教育係――アガシャが不服そうにミロを眺めているのだ。
「爺は長年生きてまいりましたが、枷をかけられたのは生まれて初めてでございますよ、ミロ様」
「……申し訳ない、アガシャ殿」
 口では素直に謝罪しながら、ミロは内心『やれやれ……』と溜め息を落としていた。
 アーナスの忠実なる従者たちは、自分に対して焼き餅を妬いているらしい。
「子供と老人の前だ。やめておけ、ミロ」
 アーナスが上目遣いにミロを見つめ、嗜めるような言葉を洩らす。
 彼女の美しい顔にも苦い微笑が浮かんでいた。
「ハイハイ」
 気のない返事をし、ミロはアーナスの額に軽く口づけてから顔を離した。
「一年振りの再会にしては味気ないが、仕方ない。――無事で何よりだ」
 簡潔に述べて、ミロは背後に控える衛兵たちを振り返った。
 その端整な顔からは、恋人に逢えた歓喜の表情はすっかり消え去っていた。
 見て取れるのは、人を従える王族の毅然とした面立ちだけだ。
「急ぎ、風呂の用意をしろ!」
 短く命令を下し、ミロはアーナスに意味深な眼差しを投げかけた。
「血塗れの姫君を父上の御前に出すわけにはいかないからな。――マデンリアの状況は、その時に報告してくれ」
「……カシミア軍が我がキールに攻め入ってきたのを知ってるのか?」
 ミロの言葉に、アーナスが意外そうな表情を見せる。
「ああ。つい先程、キールの兵がやってきた。酷い怪我を負っているそうだ。おまえが会いにいってやれば、少しは元気になるだろう」
「解った。レギオン陛下に謁見した後、見舞いにゆこう」
 アーナスが深く頷く。
 ローラの柄を握りしめる手が微かに震えていた。
 カシミア軍に対する怒りと悔しさのせいだろうか……?
「父上は、キールに援軍を送ることを既に決意しているようだぞ」
 ミロはアーナスの手にそっと自分の手を重ねた。
 優しさと愛情を込めて、恋人の手を包む。
「俺もラパスの奴は気に食わん。――俺という婚約者があるのを熟知していながら、アーナスに求婚した不届き者だからな」
 ミロはくだけた調子で言い、ニッと笑った。
 だが、笑顔とは裏腹に目だけは真摯で、鋭利で厳粛な輝きを帯びている。
 美しくも烈火の如く燃え上がる翡翠の眼差しを、アーナスだけが静かに受け止めていた。


     *


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2009.06.08 / Top↑
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