ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 彩雅は、我が目を疑った。
 雪華が綺璃の胸を貫いている。
 反射的に剣を引き抜こうとすると、綺璃の手がガシッと刃を握り、それを拒絶した。
 雪華を突き刺したまま綺璃の身体が仰け反り、そのまま地に倒れる。
 彩雅は驚愕に見開いた双眸で、頽れる綺璃を眺めていた。
 己が何をしでかしてしまったのか判らない。
「――あっ……」
 真っ赤な返り血を浴びた両手を目にして、ようやく我に返った。
「……綺……璃? 何故――」
 計り知れない虚脱感が襲来する。
 ガクリ、と彩雅は力なく地面に膝を着いた。
「何故……避けなかったんだ、綺璃?」
「避ける必要などなかった……俺は――――ぐっ……!」
 不意に、綺璃の口腔から大量の血が溢れ出す。
「綺璃っ!?」
 彩雅は愕然と綺璃を見つめた。
 紛れなく己が起こした行動なのに、今はその全てが意味を失っていた。何が何だか微塵も理解できない。ただ、取り返しのつかないことをしてしまったことだけは――確かだ。
 彩雅の眼前で、綺璃が胸に刺さった雪華を両手で握り締める。
「よせっ!」
 彩雅がハッと制止の声をあげた時には、綺璃は雪華を強引に引き抜いていた。
 刀身から弾かれた血飛沫が、彩雅の頬を打つ。雪華に穿たれた傷口からは、ドクドクと鮮血が泉のように湧き出していた。
「綺璃……どうして?」
 禍々しい疵痕が彩雅の心に激しい動揺と焦燥をもたらす。口からは呆けたような疑問しか出て来なかった……。
「……愚かな執着だ……。どうせ死ぬのなら――おまえに殺されたかった、彩雅」
 綺璃の血に塗れた口角が微かに弧を描く。彩雅を見上げる深紅の双眸は虚ろだが、それでも何処か愛しさを孕んでいた。
「何を馬鹿な――」
「鞍馬に……鞍馬に『すまなかった』と……。それから――『愛している』と伝えてくれ……」
「なん……で……今、そんなことを――」
 頭がひどく混乱していた。綺璃にかけるべき言葉が、何一つ思い浮かばない。
「彩……雅……」
 綺璃が微笑を湛える。
 血に濡れた手が彩雅へと伸ばされる。綺璃の指が彩雅の長い銀髪に触れ、名残を惜しむように丹念に愛撫する。
 その指先が切々と訴えていた――彩雅への深愛を。
「ああ……もう、おまえの顔がよく見えないな……」
 綺璃の手が彩雅の髪を放し、滑るように頬を伝い落ちる。
 彩雅は咄嗟に友の手を取っていた。
 綺璃の呼吸の間隔が徐々に開いてゆく。すぐそこまで死が迫っているのだ。
「……彩雅……左手――」
 ふと、綺璃が彩雅の左手を求める。丁度握り合わせている方の手だった。
「握っているよ」
 彩雅の囁きを聞くなり、綺璃はもう一方の手を伸ばしてきた。頼りない手つきで彩雅の左手首を覆う銀細工の腕輪を取り外す。
 彩雅の白い手首には、歪な十文字の傷が幾重にも刻印されていた。
 綺璃の指先がそっと疵痕をなぞる。
「……ごめんな……彩雅……昔……護ってやる、って……約束したのに――」
「綺璃……もう喋るな。すぐに城に戻って手当てを――」
 彩雅は繋いでいる手に力を込めた。綺璃からも微弱な反応が返ってくる。
「あの頃は……よかったな……」
「頼む。喋らないでくれ」
 彩雅の懇願も耳には届かないのか、綺璃は更に言葉を紡ぐ。
「子供の時は、俺もおまえも……ただの《綺璃》で《彩雅》だった……。おまえには半身とも言える水鏡がいつも傍にいて……俺たちは――いつも三人だった。……いつからだったろう? 水鏡は王女だから、といって……引き離されたのは? 氷天だの、炎天だの言われて……気軽に逢えなくなったのは――」
 綺璃の双眸からつと透明な液体が流れ落ちる。
「……ここは、遠いな。俺たちは……なんて遠くへ来てしまったのだろう……。あの頃に――還りたいな……。今となっては……それも……夢の……また夢だ――」
 綺璃の瞼がゆどくゆっとくりと閉ざされる。
「――綺璃?」
 彩雅は綺璃を凝視した。
 手の中から綺璃の手が零れ落ちる。
「綺璃……?」
 彩雅は、壊れ物にでも触れるようにそっと綺璃の唇に手を当てた。
 転瞬、物凄い勢いで手を引っ込めていた。
 呼吸が全く感じられない。
 恐る恐る視線を配った胸も――最早上下してはいなかった。
「……綺璃? 綺璃っっ!?」
 恐慌に駆られて叫ぶ。
 だが、いくら呼んでも応えはない。
「嘘……だ……嘘だ! 全部――嘘だ。綺璃が死ぬはずなんてない! これは夢なんだ。目を醒ませば、雪がいて、綺璃がいる――」
 彩雅は嗚咽混じりに言を連ねた。
 涙が止めどなく込み上げてくる。
 彩雅の両脇には、倒れたままの雪と綺璃がいる。
 空虚で――救いがたい光景だった。
「私が、この手で綺璃を殺した? ……なんて遠くへ――」
 ――なんて遠くへ来てしまったのだろう。
 綺璃の遺した言霊が、痛烈な刃と化して彩雅の胸を抉った。


「……王……彩雅様――」
 思いがけず、隣から弱々しい声が聞こえた。
 彩雅はハッと息を呑み、視線を巡らせた。
 それは、死んだと思い込んでいた雪の声だったのだ。
「――雪っ!?」
 彩雅は驚きに目を見開いた。
 雪がうっすらと瞳を開けて、彩雅を見つめている。
「ああ、王よ……炎天様を殺めてしまったのですね……。可哀想な私の王――紫姫魅天の罠にかかってしまったのですね」
「何――だと?」
「紫姫魅天は、鞍馬天を人質に……お二人を共倒れさせようと目論んでいたのです」
「鞍馬天が人質……!? そんなっ……私は……何て愚かなことを――」
 衝撃が、怒濤のように胸に押し寄せてくる。
 最愛の妻の生命を紫姫魅に掌握されてしまったから、綺璃はあんな突飛な行動に出たのだろう。
 ――それならば、何故?
 彩雅は両の拳をきつく握り締めた。浅はかにも友に剣を突きつけた自己に対する怒りと、頑なに真意を封じた友に対する苛立ちともどかしさが胸を衝き上げる。
「何故、一言も告げてはくれなかったのだ、綺璃?」
「王……ご心配なく。炎天様のことは、私が何とかします。――とは言っても、私は……もうじき死にますけれど……」
 雪の顔に自嘲の笑みが閃く。
「彩雅様……これをお返しします。申し訳ありません。私には……これを額に填める資格などなかったようです――」
 雪の片手が額から水晶を取り外し、彩雅へと手渡す。
 氷天継承者のみが額に飾ることを許された、特別な水晶だ。
 彩雅は、かつて自分の額にも填められていた水晶と雪を哀しげに見比べた。
「……泣かないで下さい、王。私は……炎天様のことを助けられる方を……一人だけ知っています……」
 雪の視線が彩雅を離れ、虚空を彷徨う。
「ああ……そこにいたのですか、姉様」
 幻でも視ているのか、ふと雪の顔が嬉しげに弛緩する。
 その微笑みに呼応するかのように、サーッと風が吹いた。
「どうか、炎天様を……私のために……私ではなく炎天様を助けて下さい、姉様――」
 笑みを浮かべたまま祈るように囁く。
 最後の一言を告げた直後、ガクリと雪の頭が力なく横に傾いた。
「――雪っ!?」
 彩雅は無意識に雪を抱き締めていた。

 ヒュルルルル……。

 一際強い風が駆け抜けてゆく。
 雪を抱いたまま、ふと背後を顧みると――そこには何もなかった。
 綺璃の姿は忽然と消え失せてしまったのである。

 ヒュルルルル……。

 嘆きの風が吹き続ける。



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2009.06.09 / Top↑
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