ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「――今日は、朝から騒がしいのね」
 朝の庭園を散策しながら、銀の髪の少女は不思議そうな呟きを洩らした。
 フワフワとした天然の巻毛が微風に誘われるのを片手で押さえ、不安げに城を見上げる。
 菫色の双眸は何処か翳っていた。
 朝から城内を兵士たちが慌ただしく行き交っていたからだ。
『何かあったの?』と訊ねても、誰もが『姫様には関係のないことです』と口を揃えて告げるのも気に入らなかった。
 誰もかれもが相手にしてくれないので、仕方なく少女は中庭へ出てきたのだ。
「姫様! そちらに怪しい者が!」
 唐突に、甲高い慌てた声が中庭の出入り口の方から届いた。
 侍女のメイファだ。
「姫様! お逃げ下さいっ!」
 緊迫したメイファの声。
 少女は臆する様子もなく、瞳と同じ色のドレスを翻して悠然と振り返った。
 メイファがドレスの裾をたくし上げて、必死の形相でこちらへ走ってくる。
 彼女の前を、褐色の肌に黒い髪の少年が軽快に駆けていた。
 少女は一瞬唖然とし、それから小首を傾いだ。
「姫様っ!」
 メイファの悲鳴が続く。
「大丈夫よ、メイファ! 心配いらないわ!」
 大声で叫び、少女は嬉しそうに破顔した。
「ルーク! ルーク・ベイッ!」
 駆け寄ってくる少年に向かって、気さくに手を振る。
「お久しぶりです、ローズ・マリィ様!」
 少年――ルークは、少女の前まで来ると恭しく跪き、丁寧に頭を下げた。
 その頬が紅潮しているのを、少女は知らない。
「いらっしゃい、ルーク!」
 少女は屈託なく微笑み、その場に座り込んでルークの頬を両手で挟んだ。
 ルークの額にキスし、再び微笑む。
 天使のような笑顔に、ルークの顔はますます赤くなった。
「まっ、まぁ、姫様! そんな下々の者になんということをっ!」
 メイファが険しく眦を吊り上げ、駆け寄ってくる。
 少女は花園に座ったまま、心配性で気難しい侍女を見上げた。
「失礼よ、メイファ。彼は、ルーク・ベイ。キールのアーナス様の従者――数年後にはキール一の騎士となる、双刀の剣士よ!」
「まあ……アーナス様の? ですが、姫様、そんな気安く接吻など……。姫様は、仮にも、このイタールの姫君――」
 メイファは困惑顔で少女とルークを見比べている。
「関係ないわ」
 少女は口をへの字に結んで、華奢な肩を竦めた。
 少女の名は、ローズ・マリィ・レイクールン。
 イタール王の四人の子供の中で、唯一の王女だった。
 美しい銀の髪を持つことから、《月光の美姫》《月姫》の異名で親しまれている。
 まだ十五歳ということであどけなさが残るが、二、三年後にはアーナスと比肩するくらいの美姫に育つだろう、と皆が期待しているイタール深窓の姫宮なのだ。
「ねっ、ルークが来てるってことは、当然アーナス様も来てるのよね?」
 ローズ・マリィは、無邪気にルークに問いかけてくる。
「あっ……はい」
「どうして、突然来たの? アーナス様が来るなんて、一言も聞いてなかったわよ? ――ねえ、アーナス様は何処? ミロ兄様のところ?」
 ローズ・マリィは喜々とした表情でルークに詰め寄る。
 ルークがたじろぐのもお構いなしだった。
「い、いえ。レギオン陛下のところに――」
「お父様のところねっ! じゃあ、早速アーナス様に逢ってこようっと!」
 アーナスの所在を確認するなり、ローズ・マリィは勢いよく立ち上がった。
 大多数の人間がそうであるように、彼女もまた、アーナスの熱烈な信望者だった。



「あっ、ローズ・マリィ様……!」
 駆け出したローズ・マリィの姿を見て、ルークは慌てて立ち上がった。
 ローズ・マリィの毒気のない笑顔を見ていると、キールがカシミアに攻められて、自分たちはイタールへ逃げてきたのだ、という、暗い事実を告げられなかった。
 いずれ解ることだが、アーナスに会う前にきちんと説明しておいた方がいいだろう。
「アーナス様、今、マリィが参りますわ!」
 そんなルークの心中を知りもせずに、ローズ・マリィは浮かれた様子で花園を駆けて行く。
 その内にドレスが邪魔になったらしく、裾を両手で抱えて走り出した。
「んまぁっ! 姫様っ! なんという、はしたない格好を――」
 侍女の鑑――謹厳なメイファが、今にも卒倒しそうな青白い顔で妖精のような少女を追いかけて行く。
 更にその後をルークが追った。
「チェッ! いつまでたっても『アーナス様、アーナス様』なんだもんなぁ……。嬉しいような、悲しいような。な~んか、複雑な心境……」
 不貞腐れたような呟きは、ローズ・マリィには届かない。
 先を行く、揺れる銀の髪が眩しかった――



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2009.06.09 / Top↑
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