ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 クラリスは古びた一軒家へ身を滑り込ませた。
 慣れた足取りで地下へと続く階段を駆け下りる。 
 階段の先には一つの扉しか存在していない。
 クラリスはノックもせずに扉を引き開けると、中へ侵入した。
 蝋燭が数本灯っているだけの薄暗い室内――部屋の隅に何者かの気配を感じた。
 安楽椅子に埋もれるようにして老女が座っている。
「婆様? ……お婆?」
 クラリスは椅子に歩み寄り、老女に呼びかけた。
 老女の瞼がゆどくゆっくりと押し上げられ、濁りを帯びた双眸がクラリスを見上げた。顔中に深く刻まれた皺が、老女の過ごしてきた歳月を物語っている。
 彼女はクラリスの姿を視野に捉えると、ニヤリと笑った。
「なんじゃえ? 今度は何を訊きにきおった、悪童め」
「僕は……占いをしてほしいだけだよ」
 老女の嫌味を聞き流し、クラリスは腰に括りつけていた袋の中から金貨を十枚取り出した。それを安楽椅子の脇にあるテーブルの上に置く。
 金貨十枚――遊郭を彷徨う悪童にしては、高価すぎる所持品だ。だが、クラリスは惜しげもなく金貨を老女に差し出した。
 老女が薄笑みを浮かべたまま、テーブルの上に鎮座している水晶球へと片手を伸ばす。
「畏まることはない。おぬしの本性など疾うに見抜いているわ。その辺のゴロツキどもと一緒にするな。可愛い顔をしていても、わしは騙されぬぞ」
 老女がクラリスを嘲るように言葉を紡ぐ。
 クラリスは一瞬瞳に鋭い光を湛えた。
 この老獪な占い師には、自分の演技など塵ほども通用しないらしい。
 そうと悟り、クラリスは溜息を洩らした。
「それでは――率直に訊きます。私の目的は達成されますか?」
 表情を改めて老女を見据える。
 先ほどまでの無力な少年の面影は何処にも見当たらなかった。静かな物言いだが、クラリスの言葉には他人を平伏させる重圧が籠もっている。
「そう言われてもな。ぬしのことは十七という歳しか教えてもらっておらぬ。それだけで占えと言うのは、如何にわしでも無理というものじゃ」
 老女の瞳がギョロリと動き、クラリスの顔を舐めるように眺める。
「……ふむ。真名は、どうあっても明かす様子はなさそうじゃな。気の強い童じゃ。せめて母国だけでも、この婆に教えてはくれんかのう?」
 老女はクラリスの手を水晶球の上に乗せ、更に自分の手を重ねた。
「――セイリアです」
 クラリスは不承不承に応えた。本当なら生国すらも口にしたくなかったのだが、老女が『それでは占えない』というのならば仕方がない。出身国を明かした程度では、自分の出自まで暴かれる危険はないだろう。
「セイリアか……」
 老女が苦々しく繰り返す。皺だらけの顔が微かに強張った。
 セイリアとは、アダーシャの西に面している小国のことだ。


 ここ数ヶ月、アダーシャとセイリアの国交は思わしくない。
 半年前、アダーシャのマイセ大神殿祭祀長が神託を受けたことに端を発する。祭祀長が大陸全土に高らかと宣言した神託はこうだった。
『セイリアのサーデンライト公爵マイトレイヤーをマイセの生け贄として捧げよ』
 当然のことながら、神託を突きつけられたセイリア側は国王を始め貴族たちも国民も憤慨した。
 創世神マイセが生け贄を求めるなんて聞いたことがない。
 大陸創世時より千年以上もただの一度としてマイセに生け贄が捧げられたことなどなかったはずだ。
 仮に祭祀長の発した神託の内容が真実だとしても、セイリアとして到底受け容れられぬ要求であった。
 サーデンライト公爵マイトレイヤー。
 彼は、現国王の妹の長子であり、王位継承権第三位を持つ高貴な人物なのだ。
 しかも、彼はセイリアが誇る美貌の持ち主でもある。
 銀に近い金髪は月の如く輝き、黄昏時の空の色をした瞳は人々を惹きつけて離さない。
 肖像画でしか彼の姿をみたことのないアダーシャの民も『この美しさならマイセが捧げよ、と言うのも無理はない』と感嘆したほどだ。
 そして、その肖像画を見て誰よりも色めき立ったのがアダーシャ国王レノビアだったのである。彼はアルディス聖王家とマイセの名を振り翳し、執拗にマイトレイヤーの出頭を要求し続けていた。
 神殿へ入る前の生け贄は、国王の洗礼を受けることになっている。洗礼の際、何が行われるのかは王のみしか知り得ない。洗礼という名の儀式の下、公爵が何らかの辱めを受けることはまず間違いなかった。
 アダーシャ国王レノビアは、自他共に認める両刀遣いなのである。性的嗜好において……。
 要するに、レノビア国王はサーデンライト公爵の美貌に心を奪われ、何としてでも彼を我が物にしたいと渇望しているのである。
 公私混同も甚だしい。
 レノビアの暴挙に目くじらを立てて異議を唱えたのだ、セイリア国王である。
 王の上の皇子は病弱であり、姫は巫女として神殿に入ってしまっているのだ。皇子に玉座を渡すのは不安があるし、姫を神殿から連れ戻すわけにもいかない。そんな諸々の事情があり、王は甥であるサーデンライト公爵に多大な期待を寄せているのである。
 王としては、国を護るためにも、月の女神の化身のような美しき甥の貞操を守るために――何としてでもレノビアの要請を突っぱねる必要があった。
 こうして、サーデンライト公爵マイトレイヤーを巡り、両国の間には恐ろしく冷たい透明な壁が成立したのである。
 最近では、国境で小競り合いが頻発するほどだ。
 レノビアは、祭祀長が発表した神託を超大国の圧力をかけ、強行突破させようとしている。
 セイリアの方では、この非常に胡散臭い神託を『呪託』と呼んで揶揄していた。
 祭祀長の宣告から半年――両国の関係は悪化するばかりである。


「……まあ、よい。ぬしがセイリア人だとしても、わしには関係のないことじゃ。わしが思うに、あの神託とやらは国王の私利私欲から企てられたものじゃろう。貴きマイセが民に生け贄を要求するなど、永く生きてきたこの婆でも聞いたことがないわ。アルディス聖王家も堕ちたものじゃな。情けない……」
 老女が大仰に嘆息を洩らす。
 一つ深呼吸すると老女は気持ちを切り換えたように、改めてクラリスを見上げた。
「さあ、占ってやろうぞ。ぬしの目的というものを強く念じよ」
 老女の瞼が閉ざされる。重ね合わされた老女の手に力が籠もった。
 クラリスは求められるがままに、心に秘めた想いを――本願を念じた。
 程なくして、老女の瞼が弾かれたように跳ね上がる。
「結果は?」
「ぬしの本願は……成就する」
 答えを聞いた瞬間、クラリスは口許を綻ばせた。喜悦に満ちた眼差しを老女へ向ける。自然と手が追加の金貨をテーブルの上に置いていた。
「ありがとう」
 小さく呟き、クラリスは水晶と老女の手の間から自分の手を引き抜いた。
「ぬしは何故……自ら好んで運命に囚われる?」
 立ち去ろうとするクラリスに、老女が哀しげな視線を注いできた。声音には微かに憐憫が含まれていた。
「ぬしの裡に視えるのは、諦観と悲愴な決意としか思えぬぞ」
「それは違うよ、お婆。私の裡にあるものは何時如何なる時でも――あの人への愛情と欲望だ」
 クラリスは晴れやかに微笑んだ。
「あの人を愛しているんだ。言葉には表せないくらいにね」
 己に言い聞かせるように囁きながら、クラリスは身を翻して、階段を上り始めた。
 久方振りに『あの人』の姿を脳裏に思い浮かべて、クラリスの胸は高鳴った。
 もう半年近くも逢っていない。
 だが、目的は達成されるのだ。
 畏れることは何もない。
 クラリスは勢いよく外へと続く扉を押し開けた。
 しなやかな動作で扉の隙間から外界へと滑り出る。
 彼は再び、か弱く無力な少年の仮面をつけた――


          「2.魔法剣士」へ続く


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2009.06.13 / Top↑
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