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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.06.13[15:46]
 クラリスは、遊郭の中をフラフラと彷徨っていた。
 時折誰かが声をかけてくるが、その全てを鄭重にお断りする。
 躰だけが目当ての連中とは、まともにつき合ってはいられない。
 クラリスの場合、容姿が整いすぎているために遊郭を歩いていると必ずちょっかいをかけられるのだ。男も女も皆、クラリスの気を引きたがる。
 クラリス自身は遊郭を探索することは大好きだった。趣味だと断言しても構わない。執拗に声をかけられるのは鬱陶しいが、夕暮れから早朝にかけての遊郭は猥雑な中にも妖しく不思議な魅力が備わっていた。
 時折、何もかもがまやかしのように思える世界だが、ここには生国では到底味わえない自由があった。誰に気兼ねすることもなく羽を伸ばせる。それが遊郭を気に入った要因でもあった。
 いつもは日が暮れてから遊郭内を散策するのだが、今日は珍しく夕刻から出歩いていた。先刻の占いの結果が良かったからだ。
 クラリスは軽やかな足取りで石畳を進み、細い路地の突き当たりを右へ折れようとした。
 刹那、身体に衝撃を受けた。
 その余波で不様に尻餅をついてしまった。
 いきなり角から何者かが飛び出して来たのだ。何の危機も予測していなかったクラリスは咄嗟に回避できず、その人物と接触してしまったらしい。
「――つっ……!」
 クラリスは臀部の痛みに顔をしかめながら、ぶつかってきた相手を見上げた。
 漆黒のマントを纏った男のようだった。顔を隠すように頭からスッポリとフードを被っている。
 余ほど急いでいるのか、男は転倒したクラリスには目もくれずに再び走り出そうとした。
「ちょっと! 一言くらい謝れよ」
 クラリスが非難の声を投げつけると、男はビクッと身体を震わせ、足を止めた。素早く踵を返してクラリスの傍までやって来る。
「クラリス?」
 僅かに腰を屈めて、男がクラリスの顔を覗き込む。
 フードの中から長い黒髪が零れ落ちた。
 深い蒼色の瞳がクラリスを捉える。怜悧な輝きを秘めた綺麗な双眸だ。顔立ちも瞳に相応しく整っている。
 だが、端整な顔には幾つかの擦過傷が見て取れた。傷口からは赤い液体が滲み出ている。
「ラ、ラータ!?」
 自分と衝突したのが顔見知りの少年だと認識して、クラリスは驚きの声をあげた。
 遊郭では『ラータ』と呼ばれる不可思議な少年だ。
 クラリスと並んで正体不明の掴み所のない少年だ――と遊郭の者たちは口を揃えて言う。
 ラータは、ふらりと遊郭に現れては、気づかぬうちにまたふらりと消えてしまうのだ。そして、皆が彼の身を案じ出す頃に遊郭へ帰ってくる。
「クラリス、悪い」
 ラータは険しい表情でクラリスの腕を片手で掴み、もう一方の手で荒々しくクラリスの口を覆った。
 どうやら、大声を出されるのは彼にとって迷惑以外の何ものでもないらしい。
 ラータはクラリスの口を塞いだまま、地面に尻餅をついている身体を引き起こした。
「騒いだり叫んだりしたら――ドナレッティの店に放り込むから、そのつもりで」
 ラータがクラリスの耳に唇を寄せ、低く囁く。 
 ドナレッティの店というのは、遊郭でも一、二を争う大きな娼館だ。旅の荒くれ者たちが集う場所としても有名だ。そんなところに放り込まれたら、あっという間に猛者たちの餌食だ。朝まで――いや、運が悪ければ一生出て来られなくなる畏れがある。
 クラリスは上目遣いにラータを見上げ、何度も頷いた。
 フッとラータの手が離れ、呼吸が楽になる。
 深呼吸を一つしたところで、今度は急に腕を引っ張られた。ラータが走り出したのだ。クラリスには彼について駆け出すしか術はなかった。
 内心、突然の出来事に困惑していた。今すぐにでも事情を問い質したいが、腕を掴まれていては一緒に走る以外にどうしようもない。
 ラータは勝手知ったる様子で、遊郭の細い路地を奥へ奥へと突き進んでいく。
 しばらく全力疾走した後、ラータは建物の陰に駆け込み、身を潜めた。
 そこで、ようやくクラリスの存在を思い出したらしく腕を解放してくれた。
「……ラータ、大丈夫なの?」
「頼む。静かにしてくれ」
 不安げにクラリスがラータを見遣ると、彼は片手をあげてクラリスを制した。乱れた呼吸を整えるように大きく空気を吸い込む。
「でも、その傷は――?」
 幾ばくかの躊躇いを胸に抱きながら、クラリスは訊ねた。
 ラータの様子は明らかにいつもとは異なっている。何か危険に晒されていることは確かなのだ。
「こんなものは掠り傷だ。何でもない」
 ラータが短く答え、ひどく緊張した面持ちで腰から剣を抜き取った。
 ふと、改めてラータを注視すると、彼の秀麗な顔には玉のような汗がびっしりと浮かび上がっていた。
 クラリスには到底事態が把握できないが、ラータはかなり逼迫した状況に措かれているらしい。
「――来た」
 不意に、ピクッとラータの眉が跳ね上がった。
「チッ、剣じゃ駄目だな。――クラリスッ!」
 激しい舌打ち。
 唐突に名前を呼ばれた。クラリスが訳も解らずに目をしばたたいていると、ラータは勢いよく振り返り、クラリスの細い身体をひしと抱き寄せた。
 瞬く間にクラリスの顔はラータの逞しい胸板に覆われる。
 ラータが大きく息を呑む。
 クラリスが「どうしたの?」と訊ねるより早く、ラータの背後で爆発が起こった。



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