ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 クラリスを抱き締めるラータの腕に力が加わった。
「――くっ!」
 ラータが苦悶の呻きを洩らす。
 突如して起こった正体不明の爆発が、ラータの身体に怪我を負わせたことは間違いなかった。
 コツ、コツ、コツ……。
 爆発が完全に引いた静寂の中、ひどくゆっくりとした足音が響く。
 足音の主は、こちらにその存在を知らしめるように故意に歩みを緩め、石畳に踵を打ち鳴らしているようだ。
 ラータがクラリスを引き離して背を返した瞬間、足音もピタリと止まった。
 ラータの視線の先に、男が立っていた。
 緋色のマントを纏った美麗で冷血そうな青年が、唇の端をつり上げて冷笑していた。
 彼の肩から胸にかけては、黄金の装飾品で彩られている。中でもドラゴンを象った紋章が一際目立つ。額には、碧玉を埋め込んだ金環が装着されていた。
 その出で立ちを確認した刹那、クラリスは張り裂けんばかりに双眸を見開いていた。
「あっ……ああ……」
 喉の奥から震えを帯びた声が押し出される。
 目の前の男は、魔法剣士だ。
 魔法剣士。
 千年王国アダーシャが誇る冷酷で華麗な魔術師団。
 優れた剣士であり高度な魔術を会得した者だけが、国王から特別に与えられる称号。その職務は、主にアダーシャを支配するアルディス聖王家の守護にある。
 一つの時代に、魔法剣士は五人しか存在しない。一人でも街一つ――いや国さえも滅ぼすことが可能だと噂されている精鋭だ。彼らは、五人が集い魔方陣に五芒星を描いた時に、その能力を最大限に発揮すると伝えられている。
 その稀有な魔法剣士が、何故こんな遊郭に姿を現したのか?
 どうしてラータを狙っているのか?
 クラリスの頭の中は一気に疑問符で溢れかえった。アダーシャの民でさえ滅多に彼らにお目にかかれない魔法剣士。未曾有の力を裡に秘めた恐ろしい存在が、クラリスの眼前に佇んでいるなんて到底信じられない出来事だった。
 魔法剣士の全身からは言い知れぬ威圧感と鬼気が発せられている。
 クラリスは身震いするのを必死で堪え、下唇を噛んだ。
「もう逃げられませんよ。大人しくこちらへ来なさい」
 魔法剣士の手が緋色のマントの中から差し出される。
「嫌だ。――退け、シンシリア!」
 ラータが気丈にも魔法剣士を睨めつけ、剣を構えた。
 シンシリアと呼ばれた青年は苦笑を零すと、ラータの剣を恐れる様子もなく彼に歩み寄った。
「聞き分けのない方ですね。私とて好きであなたを傷つけているわけではないのですよ。――さあ、私の元へお戻りなさい。そうすれば、その傷も治して差し上げましょう」
「黙れ。俺は戻らない!」
 ラータが俊敏に地を蹴る。彼の剣がシンシリア目がけて振り下ろされる。
 しかし、ラータの剣はシンシリアの手前で見えない壁にぶち当たったかのように弾け飛んだ。
「仕方のない人ですね。……私にも考えがありますよ」
 シンシリアがチラリとクラリスに視線を投げる。
 途端、不思議なことにクラリスの身体は宙に浮いた。あっという間にラータの頭上を飛び越え、シンシリアの腕に羽交い締めにされる。
「うわっ!? 離せよっ!」
 クラリスは慌てて逃れようと藻掻いた。
 だが、クラリスを抱くシンシリアの腕は強靱で微動だにしない。
「やめろっ! クラリスは関係ない!」
 ラータが怒りに顔を歪ませて叫ぶ。その顔を、シンシリアの好奇に満ちた眼差しが眺めた。
「ほう、あなたでも動揺なさるか……。あなたが私と一緒に戻ると明言するまで、この細くて滑らかな首に力を加えていきます」
 シンシリアが酷薄に告げ、クラリスの首を片手でグイッと締め付けてくる。
「――うっ!」
 クラリスは突然の衝撃に目を瞠った。呼吸が一気に苦しくなる。
「やめろ、シンシリア! 戻る――俺が戻る!」
 ラータの焦燥の叫び。
 息苦しさに喘ぐクラリスの目に、口惜しそうにシンシリアを睨むラータの姿が飛び込んできた。
「人の生命には代えられない。クラリスを離して、俺を連れて行け」
「良い心懸けです」
 シンシリアが薄く微笑む。
 クラリスの首を掴む手がゆっくりと離れた。
 ――よかった。これで厄介ごとから解放される。
 クラリスがホッと安堵の息を吐いたのも束の間、今度は腹部に強烈な痛みが生じた。
 シンシリアがクラリスの鳩尾に拳を叩き込んだのだ。
 あまりに凄まじい衝撃に、クラリスは痛みを感じる余裕すらなく意識を手放した――


 クラリスの細い身体が頽れる。
 気を失った少年の身体をシンシリアが受け止めた。
「何をするんだ、シンシリアッ!?」
 ラータは、シンシリアの腕の中でぐったりとしているクラリスを見て怒鳴った。溢れんばかりの怒りが胸に燃え上がる。
「まあ、いわゆる人質ですね」
 シンシリアが悪びれた素振りもなく淡々と告げる。
「あなたがあのまま大人しく戻るとは到底思えませんからね、ラータネイル様」
 シンシリアが唇に弧を描かせ、不敵な笑みを浮かべる。
 彼はクラリスを片手に抱え直すと、もう一方の手で力強くラータの身体を引き寄せた。
 シンシリアの唇がラータの頬に走る傷に押し当てられる。
「よせっ!」
 ラータは不快感を隠しもせずに身を捩った。だが、片手だけのシンシリアの力にさえ敵わない……。
 シンシリアの舌先がひどく緩慢に傷口をなぞる。
 彼は他の傷にも同様の行為を繰り返し、最後にサッとラータの唇を掠め取るとようやく顔を離した。
 シンシリアが満足げに頷いた時には、ラータの顔からは傷という傷が完全に消え失せていた。
「顔以外の手当は、王宮に帰ってから致しましょう――アルディス・アノン・ラータネイル王太子殿下」
 もう一度ラータの頬に意味深な口づけを落とし、シンシリアは悠然と微笑んだ。


     「3.マイセの生け贄」へ続く



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2009.06.13 / Top↑
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