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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.06.13[15:59]
 顔面に痛みを感じて、クラリスは目覚めた。
 眼前に見知った男の顔がある。
 緩く波打つ濃紺の髪、怜悧さと酷薄さを混ぜ合わせたような灰色の双眸。
 自分を拉致した張本人――魔法剣士シンシリアが、クラリスの顔を覗き込んでいた。
 シンシリアが無言で杯に注がれた果実酒を差し出してくる。気付け薬のつもりなのだろう。
 クラリスは上半身を起こし、シンシリアの手から杯を受け取った。甘い芳香を漂わせる果実酒を呑み干す。喉を通過する酒精の刺激が、脳の覚醒を促す。
 軽く頭を振ってみると、次第に意識が明瞭になってきた。
 クラリスは、自分に興味深い視線を注いでいるシンシリアを畏敬の眼差しで見上げた。
 シンシリアは二十代半ばの青年にしか見えない。その若さで魔法剣士の称号を授かっているのだから常人ではない。魔術も剣術も他人を遙かに凌駕する腕前なのだろう。
「アダーシャの……魔法剣士――」
「ほう、ある程度の知識は備わっているようだな。おまえ――クラリスと言ったな。ラータネイル様とは昔からの知り合いか?」
 シンシリアの低いがよく通る声がクラリスの耳に届けられる。
 だが、クラリスは敢えて返答をしなかった。
 即座に、自分の措かれた状況を把握できずに萎縮している無力な少年を演じることに決定した。
 唇を震わせ、瞼を閉ざす。次に怖ず怖ずと瞼を押し上げ、今にも泣きそうな潤んだ眼差しでシンシリアを見つめた。
 それから、恐怖に身を竦めた振りをし、茫然を装って注意深く周囲を観察する。
 寝台から一番近い窓までは、およそ十メートルの距離。シンシリアの不意さえ衝ければ、逃亡するのはさほど困難ではなさそうだ。
 やはり、最大の難関は目の前にいる魔法剣士そのものであるらしい。
 クラリスは、シンシリアの腰に携えられている剣を視界の端に捕らえると、次の行動を決断した。
 こんな所に長居は無用だし、遊郭を彷徨う時のようにか弱い少年を貫き通す必要も全くない。
 クラリスは唇に弧を描かせると、寝台から飛び降りた。
 敏捷な動作でシンシリアの腰から剣を奪う。
 シンシリアの双眸が微かな驚きを示すように眇められた。クラリスの変貌を察知したのだろう。
「私に刃向かうつもりか?」
 シンシリアが凄味を利かせた声で訊ねてくる。
 応える代わりにクラリスは床を蹴り、彼に斬りかかった。シンシリアの剣はクラリスにとっては少々重いが、それでも何とか片手で扱うことが出来そうだった。
 右手に剣を握り、シンシリアへ向けて鋭く突き出す。
 シンシリアは難なくそれを躱した。軽く後方へ飛び退く。クラリスを見据える眼差しには、いつしか険しい輝きが宿っていた。
 普通の人間ならその鋭い眼光に立ち竦んでしまうだろう。
 しかし、生憎クラリスは怖い顔で睨まれたくらいで挫けるような柔な性格ではなかった。
 更にシンシリアの懐目がけて飛び込み、剣を水平に薙ぐ。またしても攻撃は躱されたが、クラリスは怯まずに剣を振った反動を利用して回し蹴りを放った。
 シンシリアの片手がクラリスの蹴りを防ぎ、押し返す。
 クラリスはよろめく身体を脚に力を込めて支え、態勢を立て直した。
 間を開けずに、シンシリアに躍りかかる。
 クラリスの攻撃を先読みしたシンシリアが俊敏に左へ跳ぶ。
 クラリスは思わず笑みを浮かべていた。
 迅速に剣を右手から左手へ持ち替え、シンシリアの行く手を阻む。
「ちっ、両腕利きかっ!」
 シンシリアの苛立たしげな舌打ち。
 クラリスの繰り出した剣は、シンシリアの脇腹を掠っていた。
 なのに、シンシリアは怯むどころかひどく冷ややかな眼差しでクラリスを睨めつけ、片手で力強くクラリスの手首を掴んだのだ。残る一方の手が、クラリスの剣を叩き落とす。
「――つっ……!?」
 クラリスは腕を掴まれた痛みに、眉根を寄せた。
 たった一撃喰らわせただけで、呆気なくまた囚われの身となってしまった。
 魔法剣士から逃げだそうと試みたのが、そもそもの間違いだったのかもしれない……。
「可愛い坊やだとばかり思っていたが――とんだ跳ねっ返りだな」
 シンシリアの灰色の瞳が冷徹な光を灯し、唇が残忍につり上がる。
 彼は、片手だけで器用にクラリスの両手首を束ね、力任せに腕を捻り上げた。
「うっ……!」
 クラリスが苦痛に顔を歪めると、シンシリアの目の輝きが増した。
「魔法剣士に剣を向けるほどの度胸の持ち主ならば、多少手荒に扱っても問題あるまい――」
 シンシリアの片手がクラリスの顎を掴み、長い指が唇をなぞった。
 クラリスは背筋に悪寒が走るのを感じ、慌てて藻掻いた。
 ――が、シンシリアの腕は微動だにしない。腕力では到底シンシリアに敵いそうになかった。
 シンシリアが冷酷な微笑みを浮かべる。
 クラリスには、それを固唾を呑んで見つめるしか術はなかった――



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