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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.06.13[16:51]
 冷ややかな灰色の双眸が、探るようにクラリスの顔を見据えている。
 クラリスは背筋に悪寒を感じながらも、その強く鋭い視線に耐えるしかなかった。がっちりと動きを封じ込められているので、反撃する隙もない。
「おまえ、何者だ? 遊郭を寝屋にする下賤の者ではないだろう?」
 シンシリアが腕の捻りを少しだけ強める。
 クラリスは痛みに眉根を寄せた。この魔法剣士は他人をジワジワといたぶることに快感を覚える質らしい……。
「おまえは正規の剣術を学んでいるな。しかも、基礎からみっちりとだ。違うか?」
「……違わない」
 クラリスはあっさりと答えた。これ以上の苦痛を与えられるのは御免だ。
「おまえは一体何者なんだ?」
 シンシリアがひどくゆっくりと質問を繰り出す。彼は、先ほどクラリスから叩き落とした剣を巧みに爪先で拾い上げると、開いている方の手に握り締めた。
「答えるけど――その前に一つ訊いてもいい?」
「何だ?」
「ラータを殺したの?」
「ラータ?」
 シンシリアは一瞬質問の意味を掴み損ねたらしい。訝しむように目を細める。だが、彼の双眸はすぐに何かを理解したらしくパッと開かれた。
「ああ、ラータネイル様のことか。殺しはしない――殺せるはずがなかろう。あの方は、アダーシャの次期国王だ。アルディス聖王のご子息様だからな」
 シンシリアが言い終えた途端、クラリスは胸の奥底から自嘲が込み上げてくるのを感じた。自然と口の端が歪んだ笑みを刻む。
「ラータが……アルディスの手の者だったとはね。そうか――彼は、僕の敵だったのか」
「どういう意味だ? おまえ、アルディス聖王家に仇なすものなのか?」
「教えない。教えても教えなくても、僕は殺されるんでしょう? だったら、教えない方がいいに決まってるじゃないか」
「殺すかどうかはおまえの返答次第だ。何にせよ、大人しく白状した方が身のためだぞ。――言え、クラリス!」
 クラリスの謎めいた言葉に神経を逆撫でされたのか、シンシリアの剣がクラリスの頬を軽やかに滑った。
 頬に灼けるような痛みが走り、鮮血がじわじわと溢れ出す。
 頬を裂かれた屈辱に、クラリスは柳眉を跳ね上げた。親にも殴られたことがないのに、この魔法剣士は一片の躊躇もなくクラリスの頬を傷つけたのだ。
 ――許せない!
 クラリスは怒りに任せて、不自由な身体を懸命に動かした。
 渾身の力を込めてシンシリアの腹部に蹴りを放つ。
 シンシリアが怯んだ隙に腕を振り払い、逃げ場を探す――すぐ横に窓があった。
 しかし、クラリスがそちらへ背を返すよりも早く、シンシリアが敏捷な動きで退路を断った。
 窓の前に立ち塞がられては、もうどうすることも出来ない。
 ――失敗したな……。
 クラリスは諦観した。魔法剣士を相手にすること自体、初めから無理があったのだ。
「いい子だ、クラリス」
 大人しくなったクラリスを見て、シンシリアが冷笑を浮かべる。
「頭のいい子は好きだよ、坊や」
 シンシリアの灰色の双眸に嗜虐的な光が走る。彼はクラリスの腰を引き寄せると、強引に寝台の方へと引き摺っていった。
 寝台の上へ乱暴に放り投げられる。
「ちょっと、僕をどうする気――!?」
「どうする――とは、愚問だな。寝台でやることといえば限られているだろう」
 シンシリアは、驚愕に目を見開くクラリスを愉快そう見下ろしている。
「二度と私に逆らう気が起きないよう、しっかり躰に覚え込ませてやる」
 シンシリアが寝台に乗り上がってくる。彼はクラリスの上に馬乗りになると、頸筋へ噛みつくような口づけを浴びせてきた。
「つっ……離せよっ!」
「隠していることを告白する気がないのならば、それでも結構。私はたっぷり愉しませてもらってから、おまえの美しい躰を切り刻むだけだ」 
 残忍な笑みを湛えるシンシリアを、クラリスは蒼白な顔で見返した。
 窮地に追い込まれたクラリスの焦燥を面白がるように、シンシリアの指先は頬と唇を行ったり来たりしている。
「この顔が石榴のようになるのは嫌だろう? 私とて好んでそうしたいわけではない。だから、早く胸の裡に秘めているものを吐いてしまえ」
 シンシリアの口調はあくまで優しげなのに、やることは穏やかでない。
 彼はごく簡単な魔法で、手の中に短剣を出現させた。それをクラリスに見せつけるように、しばし弄ぶ。
 その後、彼は手始めにクラリスの見事な金髪を一房切り落とした。
 次いで、上衣に短剣の先を引っかけ、一気に引き裂く。
 クラリスの滑らかな白い肌が露わになる。
 それを見て、シンシリアがくつくつと喉を鳴らすようにして愉悦の笑い声を立てた。
「や、止めろよっ、変態っ!!」
「変態――とは、不本意な言われ方だ。さて、次は耳でも切り落としてやろうか?」
 シンシリアが残酷なことを平然と口にする。
 短剣の切っ先がこめかみの辺りに押し付けられた。
「嫌だっ!」
 流石のクラリスもこれには心底驚倒し、恐怖を覚えた。
 ――殺される!
 この冷徹な魔法剣士は、口にしたことは必ずやり遂げるような厄介な性質のも主だ。
「嫌だ! 助けて――誰か助けてっ! 助けて、兄上、兄上――!!」
 クラリスは恐慌を来し、無我夢中で叫んだ。
 こんなところで死にたくない。
 まだ死ねない。
 あの人が生きている限り――死なない。
 占い師の老婆は『願いは成就される』と言った。だから、死なない。
 あの人を愛している。
 あの人を失いたくない。
 そんな強い想いだけが、クラリスの心を占めていた。
「――誰だ?」
 不意に、シンシリアがピタリと動きを止めた。
 シンシリアの厳しい表情が部屋の一角へと向けられる。
 釣られてクラリスもその方向を目で追っていた。
 ――魔術の匂いがする。
 クラリスはハッと目を瞠った。
 空間が奇妙に捻れていた。
 そして、そこから一人の人物が姿を現したのである。
 腰まで届く長い白金髪を藤色の布に絡めて結わえている青年だ。
「そこにおられるのは、アダーシャの名高い魔法剣士――シンシリア殿とお見受け致します」
 憂いを帯びた菫色の瞳がシンシリアを捉え、紅く薄い唇がゆっくりと美声を発した。

 

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