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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Wed
2009.06.10[09:02]
「――水鏡?」
 妹が自分の左手に視線を据え、顔を歪ませていることに気がつき、彩雅はそっと呼びかけた。
 水鏡がハッとしたように面を上げる。
 彼女は、何でもないことを強調するように首を横に振ると兄へ歩み寄った。そのまま血まみれの兄に抱き着く。
「兄者、私だって辛いのだよ……。真実が視えるのに、綺璃を助けることも出来ない。運命や未来に介入することを赦されるのならば、兄者たちを放ってはおかなかった」
 水鏡の唇から重々しい溜息が吐き出される。
「だが――私は水天。それは赦されぬことだ。私は未来が視えるから辛かったのだし、兄者は真実が視えなかったから辛かったのだ……」
 水鏡は涙を抑えることができなかった。溢れ出した涙を見られるのが嫌で、彩雅の胸に顔を埋める。
 彩雅は妹の頭に片手を添え、慰めるようにその髪を撫でた。
 昔――彩雅は水鏡のことが好きだった。
 一人の女性として愛していた。
 だが、それは遠い過去の話だ。
 ある時、フッと気づいたのだ。それは、歪んだ自己愛だと。
 特に自己陶酔が激しいというわけではないのだが、やはり無意識かつ無条件に自分と同じ顔をした妹を『愛している』と思い込んでいたのだろう。
 錯覚だ。
 まやかしだ。
 自分が誰よりも大切なのは、水鏡なのだと己の心に刷り込ませたかっただけだ。そうしなければ、己の心から引き千切って棄てた『もう一つの真実』の穴を到底埋められそうにはなかったから……。
 今も水鏡を愛していることには変わりない。
 ただし、恋愛の対象としてではない。
 この世で唯一人の己の半身――最愛の妹としてだ。


「……悪かった、水鏡。おまえも同じ刻を綺璃と共に歩んできたというのに」
 彩雅が妹の耳元で優しく囁く。
 声音にはもう、先刻までの鋭利な硬さはない。
 ――よかった。いつもの兄者だ。
 水鏡は彩雅の腕の中でホッと安堵の息をついた。
 ゆるりと顔をあげると、冷静さを取り戻した彩雅の蒼い双眸と視線がかち合う。
「私は綺璃が助かるのならば、この生命など――少しも惜しくはない」
 迷いのない強い眼差し。そこには幼なじみに対する情愛が確かに漲っていた。
「兄者、綺璃のことはもう少し様子を見た方がいい。《水鏡》で視たところ、綺璃の《炎》に異常は見受けられない。むしろ、大変なのは――」
 不意に、水鏡は口を閉ざした。次に続く言葉を口にすることを躊躇う気持ちが生じたのだ。
「何が起こるんだ、水鏡?」
 彩雅の秀麗な顔が憂いに満ちる。妹の口振りから芳しくない事態が近い未来に訪れると察したのだろう。
 水鏡は大きく息を吸い込むと、改めて兄を見上げた。
「《地》と《風》に《死》の相が出ている」
「――何だと?」
 彩雅の双眸が驚愕に見開かれる。
《地》と《風》――それは、地天と風天を指しているに違いない。
「他にもあるのだ、兄者。まだ明瞭には映し出せないのだが、《空》に《滅》――そして、《雷》に《悲》の相が出ている」
「そんな……」
 彩雅は返す言葉もなく、ただ茫然と妹を眺めていた。
 水鏡が心苦しそうに彩雅の視線を避け、俯く。
 これまで水鏡の予言が外れたことは一度もない。
 今度も的中するだろう。
 七天に厄災が降りかかろうとしている。
 胸に暗鬱とした不安を抱きながら、双子の兄妹は互いに口を開こうとはしなかった。
 寂寞とした空気が漂う。

《運命の環》は、刻々と廻り続けていた――


     *



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