ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「――いやっ、アーナス様っ! 兄様、アーナス様から離れてよっ!」
 非難がましい悲鳴が二人の耳をつんざいたのは、三度目の口づけを交わそうとした、正にその瞬間だった。
 高音の少女の声に驚き、二人は慌てて身を離す。
「ミロ兄様のバカァ!」
 菫色の豪奢なドレスの裾をたくし上げ、泣きそうな表情で一人の少女が廊下を駆けてくる。
 その姿を確認して、ミロとアーナスは困ったように顔を見合わせた。
 ミロの妹――ローズ・マリィだ。
 その後ろには、妙におどおどとしたルークの姿もあった。
「ミロ兄様、酷いわ! マリィがアーナス様を好きなこと知ってるくせに!」
 ローズ・マリィは、頬を膨らませてミロに抗議してくる。
「ローズ……酷いって言われてもなぁ……。俺とアーナスは――」
 ――恋人同士なんだけど。
 と、言おうとしたミロの言葉を遮って、
「アーナス様っ!」
 ローズ・マリィはさも嬉しげにアーナスに抱きつくのだ。
「相変わらず元気だな」
 アーナスは、典雅な動作でローズ・マリィを抱き留めた。
「アーナス様! アーナス様、アーナス様! ずーっとお逢いしたったのよ、マリィ!」
 無邪気で無垢な《月光の美姫》の顔に、艶やかな笑顔の華が咲く。
「マリィ、綺麗になったな」
「アーナス様のために、綺麗になったのよ! ――話したいことがたくさんあるの! マリィのお部屋に行きましょう、アーナス様!」
 ローズ・マリィは、急かすようにアーナスの腕を引っ張るのだ。
 多少強引ではあったが、アーナスに気分を害した様子はない。
 その証拠に、アーナスの顔にも微かな笑みが浮かんでいた。
「そうしよう。いい気分転換になる」
 快くアーナスは了解を示し、ローズ・マリィの腕に引っ張られるままに廊下を歩み始めるのだ。
「オイ、アーナス、何処へ行く? 一年振りに再会した恋人を放っておくのか? おまえの部屋は、俺の部屋だぞ?」
 妹の押しの強さに呆れながら、ミロが去り行くアーナスに声を掛ける。
 アーナスが首だけでミロを振り返り、意地悪げに唇の端を吊り上げて微笑んだ。
「しばらくは、マリィの部屋で過ごさせてもらう」
 それ以上の追随を拒むように言い放ち、アーナスはローズ・マリィと連れ立ち、去って行ってしまうのだ。
「……フラれたな」
 ミロは諦めに似た溜め息を落とし、肩を聳やかした。
「フラれちゃいましたね」
 自分の隣で茫然と立ち尽くす黒髪の少年からも、同じような言葉が洩れた。
 ミロは、興味をひかれたように少年に視線を流した。
「何だ、ルーク・ベイ。おまえ、ローズが好きだったのか?」
「ええ、ずっと前から」
 ミロに問われて、ルークは苦虫を潰したような表情で頷いた。
「奇特な奴だな。苦労するぞ」
 ミロは、ルークを励ますようにその肩にポンと手を置いた。
「その言葉、そっくりお返ししますよ、ミロ様」
 神妙な顔でルークがミロを見上げる。
「俺はとっくに苦労してるからいいんだよ。ったく、俺は健康な二十歳の男だぞ? 一年もほったらかしにされていた、この埋合せをどーしてくれるんだ、あいつは?」
 ミロは不服たっぷりのボヤきを放った。
 それから、今思い立ったというようにルークに視線を走らせ、ニヤッと笑う。
「しょうがない。フラれた者同士、楽しくやろうか?」
 意味深に告げて、グッとルークを引き寄せる。
「えっ? えっ? それって、どーゆー意味ですかっ!?」
 ルークはパッと頬を朱に染めながら、敏捷にミロの腕の中から逃げ出した。
 慌てふためくルークを見て、ミロの唇からクックッという楽しげな笑いが零れる。
「そんなに怯えるな。ちょっと軽い運動――剣の稽古に付き合ってもらうだけだ」
「えっ? ミロ様自ら、僕の相手をしてくれるんですかっ?」
 ミロの言葉を聞くなり、ルークの顔に安堵が浮かんだ。
 さっきとは別の意味の緊張と興奮に、頬が紅潮し、瞳が輝く。
 ミロは若いが、名うての騎士だ。
 それに、本来ならルークなど話かけるのも赦されない高貴な人物なのだ。
 そのミロが、進んで剣の稽古をつけてくれるというのだ。
 願ってもない機会到来。断る必要など微塵もなかった。
「もちろん。おまえには、もっと剣の腕を磨いてもらわなければ困るからな。アーナスを護るために――」
「はっ、はいっ!」
 ミロに見つめられ、ルークは力んだ返事で応えた。
「いい返事だ――稽古場に行くぞ」
 ミロは満足げに微笑み、ルークの背中を軽く叩いて歩くように促した。
 長い廊下には、既にアーナスとローズ・マリィの姿はない。
「……アーナスは、アーナスだ。他の何者でもない。俺は、己れの意志と情熱のままに生きる鮮烈な姿に、惹かれた。烈火の如く激しく強く、破璃のように脆く繊細――そのどちらも、俺にはとてつもなく愛しいんだよ、アーナス」
 ミロは遙か遠くに視線を馳せながら、独白のように呟いた。



           「3.黒衣の花嫁」へ続く



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2009.06.11 / Top↑
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