ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 ローレン王太子とグレスティ将軍の軍がキールへ。
 リオン第二王子の軍がカシミアとの国境付近へ。
 それぞれがイタールを発ってから、早一ヵ月が過ぎ去ろうとしていた。
 リオンからもたらされる報告は、常に同じ――『カシミア軍動かず』
 一方のローレンから情報は、時が経つにつれ、間隔が長くなり、徐々に芳しくないものへと推移していた。

 『我が軍優勢』から『戦況、不利』へと――

 だが、その報が、イタールの第三王子ミロ・レイクールンとレイ城の客人・キール王女ギルバード・アーナスに正確に伝わることはなかった……。



     *



 黄昏の色が濃くなってきた。
 沈みゆく朱紅の太陽と紫がかった地平線を、アーナスは露台に張り出した手摺に肘をかけながら眺めていた。
 キールのある方角である……。
「もうすぐ、春が終わる……」
 組んだ両手の上に顎を乗せて、アーナスは独り言ちた。
 フワリ。
 一陣の風が吹く。
 アーナスの黄金の髪をさらった微風は、馨しい花の香りを運んできた。
「アーナス様――」
 春らしい淡い真珠色のドレスを纏ったローズ・マリィが、アーナスの隣に並んだのだ。
「どうした、マリィ? 薄着で出てくると風邪をひくぞ」
 頬杖をついたまま、アーナスは視線をローズ・マリィへと流した。
 ローズ・マリィは、いつものように胸元の大きく開いたドレスを身につけている。
「平気よ、アーナス様。――うわっ! 綺麗な夕焼け!」
 ローズ・マリィは露台から身を乗り出すようにして、空を指差した。
「そうか? 私にはいつもより不吉に――血のように見えるぞ」
 アーナスもローズ・マリィに倣って、視線を遠くの夕日に戻した。
「まーた、そんな暗いこと言って! アーナス様は、時々、悲観的になるのが欠点よね」
 ローズ・マリィは物怖じした様子もなく、率直に意見を述べてくる。
 アーナスは苦笑した。
「……悲観的、か。的を射ているな。――だが、ローレン殿が出陣して、もう一ヵ月近くになる。戦況は有利だと聞くが、果たして、それは真実かな?」
 アーナスは、地平線に祖国キールを見るように目を細めた。
 真実を見極めようとするような鋭敏な眼差しには、微かな疑念も見て取れた。
「レギオン陛下は、私に事実を伝えないようにしているのではないか? 戦況が有利なのならば、カシミア軍を蹴散らすのに一ヵ月もかかるまい……」
「――ねえ、アーナス様」
 ローズ・マリィは、アーナスの話をまるで聞いていなかったかのように明るく弾んだ声を紡ぐ。
「マリィにも、剣を教えて下さらない?」
 唐突な言葉で話題を転じる。
「……急だな、マリィ?」
 アーナスは意外そうな視線をローズ・マリィへ注いだ。
「だって、剣が使えれば、アーナス様と一緒に戦場に出られるもの!」
「馬にも乗らなければならないぞ?」
「マリィ、乗馬は得意なのよ! ミロ兄様に特訓してもらったもの」
 朗らかに微笑むローズ・マリィ。
「マリィはね、アーナス様や兄様達と同じように戦いたいの! 剣をとって、戦場を駆けてみたいの!」
「マリィ……?」
 アーナスは、幾分怪訝そうにローズ・マリィを見下ろした。
 少女の横顔には真摯な決意が刻まれている。
「待っているのは、嫌なの。アーナス様やミロ兄様が戦場に赴く時、マリィはいつも城の中。本当は、一緒に行って、戦争というのがどういうものか、この目に焼きつけておきたいのに……。でも、みんながそれを赦さないわ。マリィは綺麗に着飾って、城の中で戦の勝利を祈り、ひたすらアーナス様たちの帰りを待ってればいいんですって。――そんなのおかしいわ」
 ローズ・マリィの菫色の双眸がアーナスに据えられる。
「アーナス様はマリィと同じ女だけれど、戦ってるわ。どうして、マリィが同じことをしちゃいけないの? 大切な人の身を案じるだけじゃなく、その人を護るために戦っちゃいけないの? そんなの……おかしいわ。もう嫌なの。待つのは――嫌なの」
 切々と繰り返される言葉。
「待つのは、嫌。本当はね、綺麗なドレスも輝く宝石もどうでもいいの。マリィには必要のないものだもん。マリィは、ドレスを脱ぎ捨て、大地を走ってみたいの。でも、みんなが駄目だって……。待つだけなのは、嫌なのに。アーナス様やミロ兄様と同じ大地に立ちたい。同じ視点から世界を見てみたいのに」
「……マリィ」
 アーナスは、手摺にかかるローズ・マリィの手を優しく自分の手に取り上げた。
 自分の無骨な手とは違う、滑らかな絹の肌の手触り。
 イタール王家の紋章が輝く指輪を填めた指は、美しく華奢だ。
 剣など一度も握ったことがないのだろう。
「《月姫》に剣など似合わない」
 アーナスは瞼を閉ざし、ローズ・マリィの手の甲に口づけを捧げた。
「アーナス様……あなたまで皆と同じことを言うの?」
 哀しげにローズ・マリィが呟く。
 アーナスは上目遣いにローズ・マリィを見、曖昧な微笑みを浮かべた。
「この手は――私がどんなに望んでも一生涯手に入らぬものだ」
 もう一度ローズ・マリィの手に口づけ、アーナスは彼女の手を解放した。
 そう、自分とは一生無縁のものだ。
 同じ一国の王女としてこの世に生を享けても、アーナスにはローズ・マリィのように生きることは赦されなかった。
 優雅で豪華絢爛な夢のようなお姫様の生活は、『エルロラ』の名と『ローラ』という剣に奪われてしまったのだ。
 エルロラの名に恥じぬように。
 ローラを使いこなせるように。
 それが、周囲の大人たちの口癖だった。
 そして、自分はそれに応え、姫であることよりも剣士であることを選んだのだ……。
「アーナス様……」
 ローズ・マリィがアーナスの心情を察したように、気遣わしげな視線を投げかけてくる。
「互いに……無い物ねだりだな」
「マリィは――」
 アーナスが自嘲の笑みを浮かべると、ローズ・マリィは離されたアーナスの手を再び引き寄せるのだ。
「マリィは、いつだってアーナス様の傍にいるわ!」
 胸の前で、祈るようにアーナスの手を両手で包み込む。
「たとえ一緒に戦場に行けなくても、身体が遠く離れていても――マリィの心はずっとアーナス様の傍にあるから! 魂は、いつだってアーナス様と共に戦うわ!」
 強く言い切った少女の顔を月華の微笑みが彩っていた。



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2009.06.11 / Top↑
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