ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 風が騒めいていた。
 日没間近の夕焼け空を、老魔術師アガシャはレイ城の中庭から見上げていた。
 花園を自由奔放に舞う微風に、不穏な気配が漂っている。
「どうしたのじゃ、シレン?」
 アガシャは目に見えぬ何者かに語りかけた。
 すると、不思議なことに、風がグルグルとアガシャの周囲を旋回し始めたのだ。己が意志を持っているかのように……。
「何が言いたい?」
 アガシャは困惑顔で風を凝視した。
 アガシャの瞳には、常人には視えぬもの――美しい女性の姿をした風の精霊の姿が、はっきりと映し出されていた。
 彼の使役する精霊シレンは、先ほどから彼に何かを伝えようと必死に口を動かしている。
 しかし、その声が彼には聞こえなかった……。
「――風が騒いでいますね、アガシャ様」
 ふと予期せぬ声が耳に届き、アガシャは驚きに軽く目を瞠った。
 銀灰色の髪の美しい少女が、気配を感じさせずにアガシャに近寄っていたのだ。
「これは……アリシュア様」
 アガシャは深々と頭を下げた。
 少女は、魔術師なら誰もが畏敬の念を抱く《銀灰の護り》――アリシュア姫だった。
「何か訴えているようですが……?」
 アリシュアは、細い腕をアガシャに取り巻く風へと差し伸べた。
「そうなのですが……この老いぼれには、最早精霊の声を聞き取るほどの法力は宿っていないのですよ……」
 アガシャは寂寥の籠る声で告げた。
 己れの力が薄れてゆくのを認めるのは、辛く悲しいことだった。
「精霊の声は、主にしか聞こえません……」
「こんなに懸命にシレンが何かを伝えようとしておるのに、不甲斐ない……」
 アガシャは、自分から離れようとしない精霊を申し訳なさそうに見つめた。
「わたくしが同じ風の精霊を遣いましょう。精霊同士なら会話が成り立ちますもの」
 アリシュアがアガシャを慰めるように柔らかい笑みを湛える。
「我は《銀灰の護り》――アリシュア・レイクールンなり」
 すぐに黒緑の双眸が閉じられた。
「古の契約に基づき、我の前に姿を現せ。風の精霊イスファーンよ」
 静かな言霊が、アリシュアの唇から紡がれる。
 彼女は、アガシャの知らぬ精霊文字を指で虚空に描き、それにそっと息を吹きかけた。
 刹那、中庭に突風が舞い降りてくる。
 アガシャの目の前に、シレンとは別の精霊が降り立っていた。
 少年の姿をとった精霊が、主の指令を待つように、じっとアリシュアを見つめている。
「イスファーン、彼女は何と言っているの?」
 アリシュアが風の精霊に優しく問いかける。
 主の命を承けて、精霊の少年は同族の女性と会話を始めた。
「……何……ですって……�C」
 不意に、アリシュアの顔か引きつった。
 アガシャには会話の内容は聞き取れないが、彼女にはしっかりと聞こえているのだ。
「確かなのね、イスファーン?」
 アリシュアの問いに、少年が頷く。
 一瞬にして、アリシュアの顔から血の気が失せた。
「……そんな……まさか――!?」
 驚愕を隠せないアリシュアの声音。
「何があったのですか、アリシュア様?」
 アガシャは不安に駆られ、アリシュアを見遣った。
 アリシュアが恐る恐るアガシャを見つめる。
 彼女の蒼白な顔が、事態の重大さと逼迫した状況を如実に物語っていた。
「キールが……キールが――」
 小刻みに震えるアリシュアの唇から不吉な言葉が出ずる。
 だが、彼女のか細い声は、突如巻き起こった城の喧噪によって掻き消された。
 バタバタと、中庭に面した回廊を衛兵達が慌ただしく走り回っている。
 瞬時、
「血の匂いが――」
 アリシュアが何かに憑かれたように呟き、弾けたように駆け出した。



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2009.06.11 / Top↑
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