ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 天界一と謳われる美姫が、滑らかな足取りで寝台へと近寄ってくる。
 綺璃に向けられた顔は、美しいことには変わりないが、肖像画の中の笑顔とはかけ離れた硬質さを放っていた。
 白皙の美貌は、どこか翳りを帯びている。
 加えて、極端に表情が乏しいため、見る者に冷たい印象を与えるのだ。
「今、起きたばかりだ。――顔色が悪いぞ、翔舞?」
 綺璃は寝台の脇で立ち止まった翔舞を見上げ、僅かに眉をひそめた。死にかけた自分が懸念するのはおかしい気もするが、彼女の顔は今にも倒れてしまいそうなほど青ざめているのだ。
「それは、そうだろうな。おまえを連れ戻してきたばかりなのだから。もう少しで私にも手の負えぬ処へ行こうとしていたぞ」
 翔舞が淡々と述べ、身を屈める。細くて長い指が、ゆっくりと綺璃の胸に巻かれた包帯を解き始めた。
 綺璃はチラとそれを一瞥し、間近にある翔舞の顔に視線を戻した。
「……なるほど。おまえが俺を死の淵から引き上げてくれたのか。確かにおまえは黄泉へと通じる風に乗り、死の世界へ行くことができる。だが、それはかなりの負担がかかるのではないか? ――誰に頼まれた?」
 綺璃は率直に問うた。
 同じ七天に属してはいるが、翔舞は年若いし、綺璃との緊密な繋がりもない。
 その点を踏まえると、翔舞が己の意志だけで危険を顧みずに綺璃を救出してくれたとは思えないのだ。
 翔舞は素知らぬ振りで綺璃の言葉を聞き流している。彼女は包帯の下に現れた傷口を見つめ、綺璃の質問とは無関係な台詞を吐いた。
「大した回復力だな。もう肉が盛り上がり始めている」
「――翔舞!」
 綺璃は思わず翔舞の手首を強く掴んでいた。
「俺は『誰に頼まれた』と訊いている。おまえは、軽はずみな行動をする女じゃないだろ」
 険しい眼差しで翔舞を見据える。あまり気の長い質ではないので、はぐらかされると苛立ちが芽生えてしまう。相手が翔舞のように不可解な女なら尚更だ。
「……水滸城――水鏡の所へ行ってきた。水鏡がおまえと彩雅のことをひどく案じていた」
 翔舞が無感情に綺璃を見返し、平淡な口調で告げる。
「そうか。……悪かった。ついカッとなって――」
 綺璃は静かに翔舞の手首を解放した。
 水鏡は、双子の兄のことをとても大事に想っている。その彼女に懇願されたというのならば、翔舞が自分を助けたのも頷けるような気がした。
「鞍馬天のことは、私が何とかする」
 綺璃の包帯を巻き直しながら、不意に翔舞が意外なことを口走った。
「馬鹿なことを! 鞍馬のことは、おまえには関係ない」
 綺璃が眉間に皺を寄せると、翔舞はゆるりと首を横に振った。
「私は……鞍馬天を助けたいわけではない。私自身のために――あの男を殺したいのだ」
 翔舞の唇が堅く引き結ばれる。
 紅玉の瞳に憎悪の炎が灯った。
 その炎の向こう側には、黒曜石の双眸を持つ冷美な男の姿が視えているに違いない。
「紫姫魅のことか?」
 綺璃は可能な限り優しい声音で訊ねた。
 直後、気高い風の女王の瞳から透明な液体が溢れ出す。
 止めどなく頬を伝う涙。
 綺璃の目の前にいるのは、風天・翔舞ではない。
 儘ならぬ恋に身を焦がす、一人の少女だった――



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2009.06.12 / Top↑
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