ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「あの男だけは、誰の手にもかけさせない。私が――息の根を止めるのだ」
 それが《運命》だと言わんばかりに、翔舞は決然と言葉を紡ぐ。
 涙に濡れた瞳にも強い意志が宿っていた。
「翔舞……おまえも不憫だな。風天なんかに生まれてこなければ、平凡な恋愛を望めたものを」
「綺璃にだけは言われたくないな。その言葉、そっくりそのままおまえに返す」
 翔舞が憮然と反駁してくる。
 彼女が放った鋭利な刃を、綺璃は苦笑で受け止めた。
「俺はいい。俺は……もう随分と長いこと、この複雑な感情と共存してきたからな。だが、おまえはまだ若い。酷な言い方かもしれないが、紫姫魅など忘れて、さっさと次の扉を開けろ」
「私……わたし……は――」
 翔舞が何かに耐えるように口許を戦慄かせる。
 綺璃は立ち竦む翔舞をそっと引き寄せた。
「どうしようもないほどに……あの男に――心惹かれているのだ」
 崩れ落ちるように、翔舞が綺璃の膝の辺りに顔を埋める。綺璃の下衣を握り締める白い手は、微細に震えていた。喉の奥からは嗚咽が洩れ始める。
 綺璃は翔舞の頭に片手を触れ、子供をあやすように薄紫の髪を撫でた。
「おまえ、百年以上も前の天神祭の時、舞姫だっただろう? その時、紫姫魅から翔舞の花を受け取ったな。それが切っ掛けか?」
 綺璃の問いかけに、翔舞は無言で首肯した。


 今でも鮮やかに記憶に甦る。
 翔舞がまだ風天を継承する前の話だ。
 父に連れられて、天空城で催される天神祭に出席した。
 その時、紫姫魅と出逢った。
 天王に『是非に』と所望されて舞を披露した翔舞に、紫姫魅が彼女の名に因んで見事な菖蒲の花束を贈ってくれたのだ。
 美しい男だった。
 神という存在に相応しく、清廉さと高雅さを兼ね備えた美貌の青年。
 優美に微笑みながら菖蒲を手渡してくれた青年に、一瞬で心を奪われた。
 一目惚れだった。
 だが、心優しく崇高だった男は、今ではすっかり変わり果ててしまった。
 堕落した。
 残酷で冷徹な修羅と化し、あろうことか天王に牙を剥いたのだ。
 信じられない出来事だ。


「菖蒲の花の意味を知っているか?」
 綺璃は泣き続ける翔舞の髪を撫で続ける。
 今度の質問に翔舞はかぶりを振った。
「そうか。《優雅な心》《情熱》――《愛》だ。今度、紫姫魅に逢ったら、礼の一つでも言っておくんだな」
「……おまえは優しいな、綺璃。おまえに愛されている鞍馬天が羨ましいよ」
「鞍馬は、俺のことなど愛してはいないけどな」
 綺璃は翔舞を慰める手を止め、フッと自嘲の笑みを浮かべた。
 妻の鞍馬は未だに綺璃に心を開いてはくれないのだ。いくら綺璃が彼女を大切に想おうとも全ては一方通行――空回りだ……。
「そんなことはない。愛していても――敵同士なら言葉には出来ない」
 思いがけず、翔舞が語調を強める。現在の紫姫魅と己の関係に準え、感情が高ぶったのだろう。
 彼女の一言には、迫力と重みがあった。
 綺璃が何も応えず無言を保っていると、やがて翔舞はゆっくりと面を上げた。
「私には、あの男を殺す理由がもう一つある」
 綺璃を見上げる瞳には、既に涙はなかった。
 風天・翔舞の怜悧な表情で、彼女は綺璃をしかと見つめていた。
「私の弟が、あの男に殺されたのだ」
 紅玉の瞳に苛烈な輝きを閃かせ、翔舞は唐突にそう激白した。



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2009.06.12 / Top↑
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