ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「どういうことだ? おまえには兄弟はいないはずだろ?」
 綺璃は受けた衝撃をそのまま質問として繰り出した。
「私の母は《氷の一族》の出身なのだよ」
 翔舞が躊躇わずに応じる。
 滅多に己をことを語らぬ翔舞だが、涙を流すことで何かが吹っ切れたのか口調に澱みはなかった。
「風凪城に入城する以前、母上には既に愛する殿方がいた。同じ《氷の一族》の男だったらしい。母上はその男を愛してはいたが、時の風天である父上の求婚に根負けして――ついには風天の妃となることを選んだ。やがて、二人の間には子供が産まれる。産まれたのは……双子だった。一人は私。そして、もう一人は――銀の髪に蒼い瞳を持つ生粋の《氷の一族》の赤子だった」
 翔舞の口の端に微かな笑みが刻まれる。
 自嘲とも思い出し笑いともとれる曖昧なものだった。
「母上は、すぐにそれが昔の恋人の子供であることを察した。それで、極秘裏に産まれたばかりの赤子をその男の元へ預けたらしい。本来ならば、その場で抹殺されるはずであったのだが――父上は何も咎めなかった。余ほど深く母上のことを愛していたのだろう。その赤子がどうなったのか、一族の誰も詮索しなかった。――綺璃は知っていたか、この話を?」
「いや……」
 綺璃は困惑の表情を翔舞へ向けた。こんな話は初めて聞く。噂すらも耳にしたことはなかった。
「そうだろうな。この話は天王様すら知らない。我が一族がひた隠しにしてきた禁忌だ。母上は折に触れて弟の存在を仄めかしたが――結局、秘密を抱えたまま私が幼い頃に逝った。私は……弟の存在を知ってから、ずっと彼を捜し求めた。弟に辿り着いてからは、時々逢ってもいた。両親を亡くした私にとっては、唯一の肉親だった。なのに――それすらも、あの男に奪われてしまったがな……」
 翔舞が言葉を切り上げ、静かに立ち上がる。
「何処へ行く気だ?」
 綺璃は怪訝な眼差しを翔舞へ注いだ。彼女が何かを企んでいることは朧に察せられた。
「弟が殺された、と言っただろう。――死に場所だよ」
 無感情に翔舞が告げる。
 平淡な話しぶりが、逆に彼女の決意を強く表していた。
「待て、翔舞!」
 綺璃は咄嗟に手を伸ばして、翔舞の腕を掴もうとした。
 だが、翔舞は風のような動きでスルリとそれを躱すのだ。
 翔舞の片手が綺璃の眼前で優美に開かれる。
 掌から紫色の粉が艶やかに舞い上がった。
「な、何を――?」
 宙に飛散した粉をまともに鼻腔から吸い込んでしまう。
 直後、鈍い痛みが頭全体に蔓延した。
「身体に害はない。すぐに深い眠りに落ちるだろう」
 翔舞が身を翻し、颯爽と部屋を出て行く。
 その輪郭も激しく歪んでいた。 
 捻れた視界――目の前を彩雅がよぎったような気がする。彼は泣いていた。
「……彩……雅……?」
 意識が朦朧とする。
 次いで、幼い水鏡や愛する鞍馬の幻影も視た。
 全ては薬が見せるまやかしだ。
 ――眠りたい。
 瞳を閉じかけた時、幸か不幸か綺璃は真実を目撃してしまった。
 翔舞が通り過ぎた余波なのか、肖像画にかけられていた白い布がハラリと床に舞い落ちたのだ。
 隠されていた左半分が露わになる。
 そこに描かれている人物は、翔舞を愛おしげに見つめていた。
 驚愕が綺璃の胸に突き刺さる。
「馬鹿な……!」
 我知らず悲痛な呻きが喉の奥から絞り出された。
 視線が絵画に釘付けになる。
 薄れゆく意識の中、綺璃は恟然とその人物を眺めた。
 見知った顔だ。
 額に水晶こそ填められていないが、それは紛うことなく彩雅のお気に入りの側近で、氷天継承者であった少年――雪その人であった……。


     *



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2009.06.13 / Top↑
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