ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 マイトレイヤーがシンシリアの屋敷に棲み着いて、早くも一ヶ月が過ぎようとしていた。
 世界は刻一刻と変化し続けているというのに、マイトレイヤーは相も変わらずのんびりしている。穏やかというか、神経が図太いというか――とにかく、彼はシンシリアの屋敷で平然と日常生活を営んでいた。
 弟のクラリスをセイリアへ帰した後は、『サーデンライト公爵』という肩書きも『マイセの生け贄』という強いられた名誉も忘れたかのような緩やかな毎日を送っているのだ。
 屋敷の主であるシンシリアは、どういう訳か中々この居候を祭祀長なり国王なりに突き出そうとはしない。常と変わらぬ様子で王宮勤めをこなしている。
 マイトレイヤーは、屋敷の一室で寝台に寝そべっていた。
 両肘を立て、頬杖をつく。
 目の前には、鍛えられた――美しいとも表現できる見事な肢体が晒されていた。ここはシンシリアの寝室であり、当然のことながら寝台を使用しているのは彼本人である。
 シンシリアは安らかな寝息を立てて眠っていた。
 久し振りにシンシリアが屋敷へ帰ってきたというから、マイトレイヤーは弾む心のままに彼の私室を訪れてみたのだ。
 だが、折角やって来たのにシンシリアは眠っていた。
 仕方なく、マイトレイヤーは寝台に転がり、彼の寝顔に見入っていたのである。
 ――つまらない。
 五分ほどシンシリアの寝顔を眺めていたが、退屈にも程がある。
 マイトレイヤーはそっとシンシリアに擦り寄った。
 シンシリアの濃紺の髪を手で弄び、躊躇いがちに彼の唇に自分の唇を重ね合わせてみる。
「……う……ん……?」
 シンシリアの睫毛が微かに震え、やがて瞼がゆっくりと押し上げられる。
 シンシリアの双眸がマイトレイヤーを捕らえ、驚いたように見開かれる。彼は弾かれたように身を起こした。
「マイトレイヤー、来てたのか……」
「お邪魔でしたか?」
 シンシリアの唇から溜息が零れるのを見て、マイトレイヤーの胸は急に締め付けられるような痛みを発した。彼に鬱陶しく思われたのではないか、と不安がよぎったのだ。
「そんなことはない。ただ、おまえに気づかずに熟睡していた自分を不甲斐なく感じただけだ」
 シンシリアが苦笑混じりに告げ、片手で髪を掻き上げる。
 マイトレイヤーはその顔を覗き込んだ。
「最近、屋敷にも帰って来ませんが――忙しいのですか?」
「ああ、まあ……。ここ数日、祭祀長が国王に謁見に来てるせいだ。おかげで我ら魔法剣士はその護衛につかされている」
 シンシリアが説明するのも面倒臭そうな口調で告げる。
 マイトレイヤーの気配を察知できないほど爆睡していたのだ。心底疲弊しきっているのだろう。
 それは解っているつもりだが、いざシンシリアに無愛想な応対をされると、マイトレイヤーの心は不思議と痛んだ。
「久々に帰ってこられたからな――土産だ」
 マイトレイヤーの顔に刻まれた翳りを察したのか、シンシリアが静かに話題を変えた。
「おまえに渡すモノがある」
「……何ですか?」
 マイトレイヤーは訝しげに首を傾げた。
 シンシリアは片手の指を鳴らし、小魔法でポンッと何かを空中から出現させた。それを無造作に掴むと、マイトレイヤーへ手渡す。
 マイトレイヤーは渡されたモノをしげしげと見つめた。
 黄金細工の首飾りだった。
 決して派手な造りではないが、美しい。随所に施されている繊細な細工が、首飾りを幻想的かつ魅惑的に彩っていた。
 首飾りの中央には、見事なクロスフォーカットにされた碧玉が一つ填め込まれている。シンプルな意匠が、余計に首飾りの高貴さを引き立てていた。
「これを私に?」
「ああ、おまえに似合いそうだと思ったから、何となく買ってしまった――」
 シンシリアがぶっきらぼうに告白する。
「いいのですか、こんな高価なものを……」
 ただの居候がこんなものを贈られていいはずがない。
 マイトレイヤーは探るような眼差しで、じっとシンシリアを見据えた。
「構わない。おまえのために買ったと言っただろ」
「ありがとうございます。――付けてくれますか?」
 マイトレイヤーは思い切って首飾りを差し出した。
 シンシリアが無言で首飾りを受け取り、マイトレイヤーの細くしなやかな首にそれを装着する。
 そして、そのまま彼はマイトレイヤーの肩に手を乗せたまま動かなくなった。マイトレイヤーの鎖骨の辺りに視線を定め、微動だにしない。
「……そんなに似合いませんか?」
 マイトレイヤーが訊ねると、シンシリアは慌てて我に返ったように身を震わせた。
「い、いやっ……似合ってる」
 簡素に言葉を放ち、シンシリアはマイトレイヤーから視線を逸らすと、再び寝台に寝転がった。
 毛布を顔まで引き上げて、マイトレイヤーを拒絶してしまう。
 たったそれだけの仕種なのに、マイトレイヤーは泣きたい衝動に駆られた。
 シンシリアの考えが解らない。
 彼の心が何処にあるのか、マイトレイヤーには見定めることか出来なかった。
「どうして、あなたはいつもそんなに素っ気ないのですか?」
 マイトレイヤーはシンシリアの顔を覆う毛布をずらすと、彼の顔を悲しげに見つめた。
「……これが地だ」
 目を合わせずにシンシリアが応じる。
 マイトレイヤーの胸は、またズキンッと疼痛を発した。
「あなたは私の心に楔を刺しておいて、平然と放置するのですね」
 震える声で呟く。
 シンシリアの屋敷で暮らすようになって数日後――彼はマイトレイヤーの躰を奪ったのだ。それは、マイトレイヤーにとって世界が激変するような衝撃を伴った体験だった。
「マイト――」
 シンシリアがようやくマイトレイヤーに視線を戻す。
 マイトレイヤーは彼の頬を白い手で捕らえて口づけた。
「私は……寂しかったと言っているのです」
「――来い」
 余計な言葉を何一つ言わずに、シンシリアの手がマイトレイヤー腕を掴む。強い力が、あっという間にマイトレイヤーを毛布の中へと引き込んだ。
 シンシリアが素早く身体の位置をすり替え、逞しい腕にマイトレイヤーの細い身体を抱き締める。シンシリアが深く口づけてくると、マイトレイヤーの胸は瞬く間に温かい気持ちで満たされた。
「シン……シン――」
 唇が離された隙に、必死にシンシリアの名を呼び、身体を仰け反らせて彼にしがみつく。
 どうしてこのような関係に発展したのか――正直よく解らない。
 ふと気がつくと、自然とこうなっていたのだ。マイトレイヤーにはシンシリアを拒む理由は全くなかったし、彼とその行為に耽るのが嫌でもなかった。
 シンシリアの腕に抱かれていると妙に落ち着くし、居心地がよい。
 そして、彼が一日たりとも王宮から帰って来なければ、胸がモヤモヤと黒い霧のようなもので包まれ、何故だか不快な気分に陥ってしまうのだ。
 マイトレイヤーには、それがどんな感情であるのか理解できなかった。
 何故なら、彼は二十一年間生きてきて、一度も恋をしたことがなかったのである……。



← NEXT
→ BACK
 にほんブログ村 小説ブログへ  


ブログパーツ
スポンサーサイト
2009.06.13 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。