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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.06.13[17:01]
 屋敷の様子がおかしい。
 マイトレイヤーがそう感じ取ったのは、シンシリアが再び王宮へ出向いてから五日ほど経過した時のことだった。
 侍従や侍女たちが自分に出会す度に顔をしかめ、剣呑な眼差しを向けてくるのだ。
 端から異端者であることは承知だが、これまでそれを露骨に顔に表す者などいなかった。
 なのに、この急変は何なのだろう?
 屋敷の主が不在であることが要因なのは解っている。シンシリアが何の音沙汰もなしに五日も家を空けるなど、稀有なことだ。
 正直、マイトレイヤーは寂しいし、不安でもあった。
 一体、自分の宿主はどうしてしまったのだろうか?
 身の回りの世話をしてくれる従者に訊ねても、みな無言で首を横に振るだけなのだ。シンシリア不在の理由を何かしら知っているのだろうが、マイトレイヤーには堅く口を閉ざしてしまう。
 屋敷の気まずい雰囲気に耐え兼ねて、マイトレイヤーは今夜シンシリアを探すことを決意したのだ。
 マイトレイヤーは室内に誰もいないことを確認すると、窓を開け放った。
 暗闇の中に両手を差し出し、深呼吸する。
「精霊よ……。風に宿りし誇り高き精霊よ――どうか、私をあの人のところへ運んで下さい」
 魔術師であるマイトレイヤーは、数種類の精霊を扱うことが可能であった。極端に位の高い精霊は呼びかけに応えてはくれないが、身近にいるごく一般的な精霊はマイトレイヤーに従い、彼を助けてくれるのである。
 闇の中で、サワサワと目に視えぬ何かが動いた。
 いつのまにか無数の精霊が周囲を取り巻いていた。
 敵意は感じられない。
 マイトレイヤーは精霊に身を任せ、瞳を閉ざした。
 何も考えずに心を空白にさせる。
 突如として芽生える浮遊感――だが、マイトレイヤーは特別驚きはしなかった。この不可思議な感覚には慣れている。風の精霊たちがマイトレイヤーの身体を目的地へと運んでいるのだ。


 不意に、精霊たちがピタリと停止した。
 静かに身体が地に降ろされる。
「ありがとう」
 マイトレイヤーが感謝の言葉を口ずさむと、精霊たちは彼の周囲を旋回し、スーッと姿を消した。
 マイトレイヤーは精霊の気配が消失すると、ゆっくりと瞼を押し上げた。
 刹那、その場に釘付けにされ、動けなくなった。
 訪れた驚愕と衝撃に目を瞠る。
 叫ぼうとして口を開けたが、言葉は音にはならなかった。
 自然と身体が震える。
 これが、現実でなければいい、と痛切に思った。
 しかし、自分は精霊に『あの人のところへ運んで』と確かに頼んだのだ。精霊が自分の願いを聞き間違えるなんて有り得ない。そうだとすれば、やはり眼前の光景は現実のものであり、自分はそれを認めなくてはならないようだ。
 マイトレイヤーが今いるのは、暗闇に近い一室だった。
 石造りの小さな部屋――ひんやりとした空気が室内を満たしている。
 蝋燭の頼りない明かりだけが、唯一の光源……。
 セイリア王宮の地下にもここと同じような部屋が幾つもあったので、マイトレイヤーはここが何の目的で造られた部屋なのか瞬時に理解することができた。
 拷問部屋だ。
 部屋の奥に一人の男が囚われている。
 上半身を裸に剥かれ、手には太い枷を課せられている。枷は天井からぶら下がっている鎖に繋がっていた。
「……シン――」
 虜囚となっているのは、紛れもなく自分の宿主であった。
 鍛えられた逞しい身体には、残酷な傷痕が無数に刻印されている。
 刃物で斬り付けられた痕や鞭で滅茶苦茶に乱打された痕――
「シン……シンシリア……」
 掠れた声音で呟き、マイトレイヤーはよろめくようにして気高き魔法剣士に歩み寄った。
 アダーシャの魔法剣士がアダーシャの地下牢に繋がれている原因が、マイトレイヤーの胸を痛ませた。
 ――私のせいだ。
 シンシリアがマイトレイヤーを屋敷に匿っていたことが、国王か祭祀長に露見してしまったのだろう……。
 マイトレイヤーの両の瞳からは自然と涙が溢れ出していた。
 自分のために囚われているシンシリアを目の当たりにして、マイトレイヤーはようやく己の裡に芽吹いた感情に気がついた。
「……クラリス……クラリス、許して下さい。私は彼を――」
 彼を愛してしまった。
 最愛であったはずの弟よりも。
 そう悟った時、マイトレイヤーはここにはいない弟に必死に謝罪していた――



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