ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 恋愛などというものとは、一生無縁だと思っていた。
 幼い頃より伯父である国王からは帝王学を叩き込まれ、父からは剣術や武術を仕込まれ、そして母からは魔術を教えられて育ってきた。
 恋などする暇もなかった。
 十八歳の時、父が病に斃れた。国王の実妹である母は、宮廷魔術師として王宮へ戻されることになり――必然的にマイトレイヤーがサーデンライト公爵家を継ぐことになったのだ。
 爵位を継承してからは、以前よりも増して多忙になった。
 ふと気がつくと、いつの間にか己の背には、伯父と母の重すぎる期待がのし掛かっていた……。
 マイトレイヤーに対する周囲の過剰な期待や叱咤、嫉妬や羨望を目の当たりにしてきたせいか、弟は周りの人間を信用しなくなった。兄である自分以外には全く懐かないのだ。
 可哀想な弟。
 可哀想な自分。
 弟以外に愛することの出来る人間など、最早この世には存在してはいないと思い込んでいた。
 自分にかけられた期待は想像以上に重く大きく、自分一人の肩では支えられない、ということに誰も気がついてはくれない。
 どうせ婚姻も伯父と母が手際よく取り纏めて、愛情の欠片もない女性とするのだろう、とすっかり諦観していた。
 サーデンライト・マイトレイヤーという人間は『次期セイリア国王候補』という肩書きと『類い稀な美貌』という外見のみで構成されているのだ。
 他には何もない。中身は空っぽだ。
 たとえあったとしても、人々が関心を持ち、愛するのは地位と外見だけに他ならない……。
 お飾り人形として生きるだけの日々に嫌気がさし、鬱屈したどす黒い感情だけが胸の奥深くで蜷局を巻いていた。
 いっそのこと自我を放棄してしまいたい――何度そう痛切に思ったか解らない。
 何年も芳しくない状態が続いていた。そんな日常を壊すように転がってきたのが『マイセの生け贄』だったのである。
 その話を聞いた時、絶望よりも歓喜が先に立った。
 生け贄として人生の終焉を迎えるのも悪くない、と切実に思った。だから、クラリスを追い返してまでアダーシャへ残る決心をしたのだ。
 なのに――このまま死ねると思った矢先に、自分は目の前にいる決して優しいとは言えない異国の青年に心を奪われてしまった。
「シンシリア――私のせいであなたはこんな酷い仕打ちを……あなたはアダーシャの魔法剣士なのに……」
 マイトレイヤーはシンシリアの腰にそっと腕を回した。
「どうして、こんな屈辱を甘んじて受けているのです? どうして……さっさと私を祭祀長に突き出してしまわないのですか?」
 瞳から熱い液体が零れ落ちる。マイトレイヤーは頬を伝う涙をそのままにシンシリアを見上げた。
 シンシリアの双眸が微かに開かれる。
「――マイト……?」
 彼はマイトレイヤーの姿を確認するなり、勢いよく瞼を跳ね上げた。驚きを孕んだ眼差しがマイトレイヤーに向けられる。
「マイトレイヤー、何故ここへ?」
「あなたに逢いたかっただけです」
 簡素に告白したから、マイトレイヤーはシンシリアの自由を奪っている枷に手をかけた。触れた瞬間、電流のような刺激が走ったが、構わずにギュッと枷を握り締める。
「よせ。祭祀長の魔法がかかっている。帰るんだ」
 シンシリアの険しい制止の声。
 だが、マイトレイヤーは静かにかぶりを振った。
「私とて――魔術師です」
 大きく息を吸い込んで、魔法力を掌に集中させる。
 手が青白い光を発した刹那――パンッと枷が弾け、砕け散った。
 同時にマイトレイヤーの手からも鮮血が飛び散る。しかし、そんなことは気にも留めずに、枷から解き放たれ、自由になったシンシリアの身体を素早く支えた。
ゆっくりとシンシリアをその場に座らせ、頬を優しく撫でる。拘禁されていたせいで、少しやつれた気がした。
「マイトレイヤー、手は? 早く止血しろ!」
 灰色の瞳に怒気を孕ませ、シンシリアが軽く睨めつけてくる。
「いいえ。あなたの方が酷い怪我をしています」
 シンシリアの鋭い眼光を微笑みで受け流す。自分のことよりもシンシリアを助けたい想いの方が遙かに勝った。
「大地母神リイザザよ、私に力を――かの者を苛む傷を癒したまえ」
 ひっそりと治癒の呪文を唱える。
 軽度のものはそれだけで簡単に消えたが、シンシリアの身体にはまだ深くて痛々しい傷がしっかりと刻印されていた。
 それらを綺麗に払拭するためには、己の精気を注ぎ込むしかない。
 無論、マイトレイヤーの心は既に決まっていた。
 それを実行に移しかけた瞬間、
「要らぬことはするな」
 シンシリアが低い声音でマイトレイヤーを制した。
「枷が破砕されたことを祭祀長はお見通しだ。すぐにここへ来るぞ」
 だから、今すぐ逃げろ。
 シンシリアの怜悧な双眸はそう告げている。
 マイトレイヤーには到底受け入れられない提案だ。それに、シンシリアの言葉を聞き、胸には新たな決意が芽生えてしまっている。
 マイトレイヤーは微笑を浮かべ、真摯な眼差しでシンシリアを見つめた。
 緩く波打つ濃紺の髪も冷たい印象を与える灰色の眼精も――シンシリアの何もかもが愛おしかった。一緒に過ごした時は短いのに、確かに自分の胸の裡には彼の存在が強く深く根づいている……。
 再び、双眼から涙が溢れ出した。
「……マイトレイヤー?」
 怪訝そうに訊ねてくるシンシリアの唇に、マイトレイヤーは己の唇を重ね合わせた。
 唇を離し、指先でシンシリアの頬に触れる。
「もう少し……あなたの傍にいたかった――」
 掠れるような声で囁き、マイトレイヤーは何かを断ち切るようにシンシリアから離れた。
「どういう意味だっ!?」
 シンシリアが目を瞠り、声を荒げる。
 だが、マイトレイヤーは応えなかった。
 無言で牢の入口に顔を向ける。
 すると、ちょうど牢の堅固な扉が開かれるところだった。
 肥満体をのさのさと揺らして、白衣の中年男が中へと入ってくる。
 白い長衣の胸部には、金色の双頭の竜が描かれていた――マイセ神殿に遣える者の制服だ。
 とても聖職者には見えない好色そうな顔をしたこの男が、アダーシャのマイセ神殿祭祀長デメオラであった。
「おやおや、囚人が一人増えている。これはどうしたことかな?」
 異様にゆっくりとした口調でデメオラが喋る。
 マイトレイヤーは蝋燭の傍へ寄り、自分の姿がデメオラにはっきりと見えるようにした。「やめろ!」とシンシリアの非難めいた言葉が飛んできたが、心を殺して聞こえない振りをした。
「ほうほう、これはこれは――」
 マイトレイヤーの姿を目に入れた瞬間、デメオラは呆気にとられたように口を開け、次いで喜色満面に微笑んだ。マイトレイヤーが何者であるのか瞬時に察したらしい。
「初めまして、マイセの祭祀長デメオラ殿。私がセイリアの――サーデンライト公爵マイトレイヤーです」
 デメオラが上から下まで舐めるように視線を這わせているが、それを無視してマイトレイヤーは毅然と言葉を紡いだ。
「貴殿の信仰心を信じて、お願い申し上げます。この罪なき者を今すぐ解放して下さい。そして――私を連れて行きなさい」
 マイトレイヤーは有無を問わさぬ口調でそう告げた。言葉遣いこそ丁寧だが、明らかに内容はデメオラに対する命令だった。
 デメオラが気圧されたように、何度も頷く。
 それを見届け、マイトレイヤーはデメオラへと歩み寄った。
 途中、一度だけシンシリアを振り返る。
 誇り高き魔法剣士は、憤怒と悲哀が綯い交ぜになったような奇妙な表情を湛えていた。灰色の双眼が鋭い光を宿し、真っ直ぐにマイトレイヤーを射抜く。
 ――ありがとうございます、シンシリア。
 胸中で密やかに呟く。
 たとえ、一時の気の迷いでもシンシリアは自分を抱き、自分のために虜囚となってくれたのだ。それだけで充分だ。シンシリアにとっては戯れだったのかもしれないが、自分は紛れもなく彼に恋し、他人を好きになる悦びを知ることができたのだから……。
 マイトレイヤーは最後に極上の笑みをシンシリアへ向けると、両手をデメオラへ差し出した。
 デメオラがその手首を鷲掴みにし、マイトレイヤーを乱暴に引っ張る。
 牢を出る間際、マイトレイヤーの首飾りが蝋燭の灯りに反射してキラリと輝いた。
 美しい碧玉が填め込まれた首飾り。
 それが、マイトレイヤーがシンシリアから受け取った最初で最後の贈り物となった――


     「5.憂鬱な夜【1】」へ続く



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2009.06.13 / Top↑
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