ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 見慣れた遊郭をスイスイと駆け抜ける。
 途中、大通りから横に逸れ、細い裏路地へと歩を進めた。
 石造りの家々に囲まれた昏い路地を五分ほど走ると、目的の場所へ辿り着く。
 古めかしい一軒家だ。
 クラリスは古家の前で足を止めた。こきゅうを整えてから断りも入れずに扉を開け、中へ侵入する。
 迷わずに奥にある階段を目指す。足早に階段を下りると、長靴の踵がカン、カン、カンッと小気味よい音を響かせた。
 すっかり馴染み深くなってしまった地下室――蝋燭の炎が揺れる薄暗い室内には、いつもの如く安楽椅子に身を埋めた老婆が待ち構えていた。
「こんばんは、婆様。また来たよ」
 クラリスは椅子の前まで歩み寄ると、軽く身を屈めた。
 老婆の濁りかけた眼精がゆるりとクラリスを見上げる。
「今度は何じゃ?」
 深い皺に包まれた顔が奇怪に歪む――笑ったのだろう。
「別に特別な用はないけれど……ただ、少し顔を見たかっただけ」
「ほっほっほっ。たまには可愛いことも言うんじゃな。――今まで何処へ行っておった?」
 妙に愉しげな口調で老婆が訊ねてくる。そこには、クラリスに対する好感と興味が込められていた。
「セイリアへ帰ってたんだよ。……伯父上の奴、僕を部屋に閉じ込めて出してくれないんだ。酷いよね」
「ほう、ぬしはその伯父の色子なのか?」
「ち、違うよっ! 冗談じゃないっ!」
 クラリスは顔を真っ赤にして反論した。それが事実なら、とんでもないことだ。セイリア国王は男色家ということになってしまう。伯父がアダーシャ国王レノビアと同類同列に並べられるのは、とてつもなく不愉快だった。
「僕が勝手をしすぎるからとうとうブチ切れたみたい。一ヶ月も軟禁されたよ。その間、寝台を共にする相手も用意してくれないし、あの人は進んで生け贄の道を選んだみたいだし――最悪だよ」
 クラリスは憮然と言い放った。実際、一ヶ月もの禁欲生活は辛苦以外の何ものでもなかった。兄に纏わる全てのことが解決した暁には、思い切り羽根を伸ばして享楽に耽ろうと一瞬本気で思ったほどだ。
「ねえ、お婆――あの人、捕まっちゃったよ」
 ふと、クラリスは声の調子を落とした。秀麗な顔に翳りがサッと走る。
「お婆の力でどうにかならないの?」
「あの人、あの人と言われても、わしとぬしは赤の他人だから誰のことだか、さーっぱり解らん。ついでに、わしはただの占い婆で魔術師ではないぞ」
 フォッフォッフォッ、と老婆が奇妙な笑い声をたてる。
「嘘つき。ただの占い婆じゃないことくらい知ってるよ。そうじゃなきゃ、僕はここへは来ない」
「婆は、あくまで老いぼれた占い師じゃ。それ以外のことは、耄碌のせいで全て忘れてしまったのう」
「……いいよ、もうお婆を頼らないから。自分で強行突破する」
 クラリスは諦観したように溜息を洩らした。
 老婆の笑い声を避けるように、曲げていた腰を起こす。
 相手は老獪な占い師――クラリス如きの若造には、おいそれと正体を明かしてはくれないらしい……。
 クラリスは老婆か情報を引き出すことを諦め、素早く気を切り換えた。せめて、セイリア国内では誰にも口外できぬ愚痴を聞いてもらおうと考えたのだ。
「でもね……あの人、誰も愛さない、って言ったんだ。それなのに愛したんだよ。……狡いよ。約束破るなんて。あいつに惚れたから、わざと捕まったに決まってるんだ。あの人は残酷だよ。こんなに僕の心を独占したくせに――」
 愚痴を吐き出すつもりが、不覚にも双眸から涙が込み上げてきた。ボロボロと溢れ出す涙を拭おうともせずに、クラスは先を続けた。
「だけど……だけど、助けなきゃ。愛されなくても生きていてほしいから――僕は全身全霊を懸けて、あの人を助けに行かなければならないんだ」
 馬鹿だと罵られても、愚かだと嘲られても、構わない。
 それが事実なのだから。
 世界で唯一信じていた人に裏切られた。
 その現実は鋭い痛みを伴って、クラリスの心臓を抉った。
 この世から消えてしまいたい――死んでしまいたい。
 だが、どうせ死ぬのなら愛する人のために死にたい……。
「……だから言ったじゃろう。おぬしの後ろに視えるのは諦観と悲愴だけだと」
「もう……そんなことは、どうでもいいんだ。僕がこれからやるべきことは一つしかないんだから」
 クラリスは無理矢理涙を押し留めると、背を返した。


「そんなに慌てて散り急ぐこともないじゃろ」
 背後から老婆の静かな声が追いかけてくる。
「ぬしは《黄昏の宝玉》というものを知っておるか?」
「その、言葉だけなら。最早伝説の宝珠と化し、実物は存在しないと噂されてるよね?」
 クラリスは今一度老婆を振り返った。何故、唐突に老婆が《黄昏の宝玉》の話を持ち出したのか不思議に思ったのだ。無論、好奇心も湧いた。
 創世神マイセが国生みの際に人界に落とした彼の分身、もしくはマイセ自身が特別に人間に下賜した秘宝――それからの神宝の一つが《黄昏の宝玉》なのだ。
「今からおよそ千年前――マイセが深い眠りに就く前に、《黄昏の宝玉》は一人の尊き賢者に授けられた。賢者の名はシュタルデン。異世界からやってきて魔王を封印した、五大英雄の一人じゃ」
「それくらい知ってるよ。シュタルデンは今のセイリアがあった辺りの出身だったよね? 昔の地理も当時の国名も全く覚えないけど」
 クラリスが肩を聳やかすと、老婆はまた愉快そうに皺を揺らせた笑った。どうにも彼女は、クラリスの悪びれない物言いが好みであるらしい。
「この魔王というのが中々の強者でな、眠りに就く寸前だったマイセの力では奴を抑えることしか出来ず――そこでマイセに選ばれし五人の勇者が立ち上がるわけじゃ。彼らは力を合わせ、共に苦難を乗り越え、ついには魔王を封じることに成功したのじゃ」
「賢者シュタルデン、剣士ブランカ、妖術師カーランダ、戦士マグノイ――あと一人、誰だっけ?」
「アダーシャの王女で魔導士でもあったシルヴィア様じゃ」
「ああ、そうそう。で、そのシルヴィア王女とブランカが結婚して――生まれた子供が最初の魔法剣士になったんだよね?」
「よく識っておるな」
「……魔法剣士のことを最近ちょっと調べただけ――すぐ飽きたけど」
 クラリスは憤然と唇を尖らせた。
 兄の心をあっさりと奪った男がどれほどの者なのか、単純に識りたかったのだ。だが、クラリスは直ぐさま魔法剣士について調べることを放棄した。どの書物や文献を見ても、魔法剣士は大陸最高峰の剣士であり魔法使いだと絶賛しているのだ。
 性格や性癖はともかく、あの男はそれだけの実力を兼ね備えているのだ。そんな恐ろしい男が相手では、手も足も出ない。対抗する気も激しく削がれた。
「まあ、少し話が逸れたが……マイセは五人の勇者たちを讃え、それぞれに神宝を授けたのじゃ。シュタルデンが賜った《黄昏の宝玉》というのはな、美しい碧色をした玉じゃ。ある時は海よりも深い色を湛え、またあるときは澄み渡った蒼空の如く明るい蒼色をしておるんだと。そして、宝玉が本来の力を発揮する時のみ、それはそれは見事な紫紺の輝きを放つそうじゃ。その名の通りの黄昏色らしいのう」
 老婆の瞳に僅か一瞬精気が漲った。その宝玉の姿を脳裏に思い描き、恍惚としているようにも見える。まるで、その目で神宝を見たことがあるかのようだ。
「お婆、本来の効力って、なに?」
「シュタルデンがそれを授かってから千年以上も経っておる。今では、それは玉の形を成していないそうじゃ」
 老婆が強い光を宿したままの瞳でクラリスを見上げる。
 彼女の言葉にも仕種にも、これまでにない真摯が滲み出ていた。
「宝玉の効力は――死人を甦らせる」
 告げた瞬間、老婆の瞳から鋭利な輝きが消失した。いつもの白濁した眼差しがクラリスを眺めているだけだ。
「どうにもマイセの生け贄の件には、《黄昏の宝玉》が関わっているらしいぞ。アレはシュタルデンの血を引く者に、自然と吸い寄せられていく性質を持っておる。セイリア王家の祖――そのまた祖は、間違いなくシュタルデンじゃ。ぬしも重々気をつけてな、クリーエルディス坊や」
 最後の一言に、クラリスは恟然とした。
 老婆は知っていたのだ。自分の正体も何もかも。
 その上で自分に協力し、助言を与えてくれていたらしい。
 ――やっぱり凄いな。とってもじゃないけど敵わないや。
 クラリスは苦笑に近い笑顔で老婆を見返した。
 老婆がフォッフォッフォッと不気味に笑う。
「ありがとう、婆様――いえ、カーランダ様」
 クラリスは感謝の意を込めて深々と頭を垂れると、今度こそ身を翻して昏い地下室を後にした。


 残された老婆は、また珍奇な笑いを漏らした。
 カーランダ。
 魔王を封じた五大英雄の一人――偉大なる妖術師の名であった。
 その真名で呼ばれたのは、実に二百年振りの出来事だ。
「やれやれ……千年以上も生きておると、時たま面白い人間に出逢うものじゃな」
 彼女は椅子に身を埋めたまま、愛用の水晶球に視線を馳せた――


     「6.暗殺夜行【1】」へ続く



← NEXT
→ BACK
 にほんブログ村 小説ブログへ  
スポンサーサイト
2009.06.13 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。