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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.06.13[17:17]
 満天の星辰が夜空に輝いている。
 星神セラに愛されるシアの国が隣接しているせいか、大国アダーシャの夜空も冴え冴えとした光を放つ星々で埋め尽くされていた。
 老婆の家から通りへと身を移したクラリスは、何とはなしに星空を見上げていた。
 クラリスがこれから行おうとしていることに反して、視界には清廉な星月夜が広がっている。
 宝石を散らしたように綺麗な夜空でさえも、今は何の慰めにもならなかった。
 すぐに天から視線を引き剥がし、足を進め始める。
 目的地は、夜でも華々しく明かりを灯しているリージャナータ宮殿。
 クラリスの目途は重大な犯罪――世界を敵に回すような大それたことなのかもしれない。だが、止める訳にはいなかった。
 愛する兄のために何としてでも遂行しなければならない。
 クラリスは決然とリージャナータ宮殿を見据え、通りを右へと折れた。
 途端、喧騒が耳に流れ込んでくる
 遊郭の中でもかなり賑わっている大通りへと出たのだ。大通りを真っ直ぐ突き進んだ先には、城へと続く巨大な門が聳え立っている。
 人混みを掻き分けながら先を急いでいると、唐突に腕をグイッと乱暴に掴まれた。
「――――!?」
 否応なしに歩みを止められ、強引に通りの中央へと引き摺り出される。掴まれた腕が酷く痛んだ。
「よしっ! 勝った者に、この坊やを景品としてくれてやろう! えらく別嬪だぞっ!」
「――えっ!?」
 ――よくないっ!
 クラリスはギョッと目を剥いた。勝手に景品なんかにされてはたまらない。
 だが、何が起こってもおかしくないのが遊郭だ。ここでは、一般的な常識も法も全く通じない。
「銀貨二十枚で勝者に一晩つき合ってやってくれ」
 クラリスの腕を掴んでいる男が、耳元でボソッと囁く。
 よく見てみると、周りには人の輪が築き上げられていた。
 その中央で得物を手にした二人の男が対峙している。
 どうやら、賭決闘が回されていたらしい。
 ――冗談じゃない! どうして、僕が……!?
 クラリスは引きつった顔で辺りを見回した。
 こんな道を選択するのではなかった。リージャナータに近いと思って通ったのが間違いだったらしい。後悔が沸々と湧き上がってくる。
「嫌だよ。何で、この僕がたった銀貨二十枚ぽっちで――」
 主催者の男に抗議しかけたクラリスの声は、野次馬たちの歓声によって呆気なく掻き消された。
 納得していないクラリスを余所に、男たちが決闘を開始したのだ。
 一人は筋骨隆々とした斧を掲げた戦士、もう一人は蛇のように残忍な目をした槍遣いだ。
 ――えーっ……どっちも好みじゃないんだけど……!
 一瞬、場違いにもそんな感想を抱いてしまい、クラリスは慌てて己を戒めた。今は好み云々を気にしている場合ではない。折角決意を固めたのに、こんな下らないことで心を折らされるのは、御免だった。
 ――どうしよう? どっちも一回じゃ離してくれなさそうだし……。
 なのに、焦れば焦るほど危地を乗り切る妙案は思い浮かばず、また下らない不安が脳裏をよぎる。
 そうこうしている間に、勝敗が決した。
 勝ったのは、槍遣いだった。彼はクラリスの前までやってくると、その目に嗜虐的な光を灯し、全身を舐めるように見つめてた。
 ――いや、やっぱり絶対……ムリッ!
 男の全身から早くも凄まじい情欲の念が立ち上っている気がして、クラリスは頬を強張らせた。
 反射的に身を捩るが、主催者の男ががっしりと腕を鷲掴みにして逃げられない。
「景品は貰っていくぜ」
 槍遣いがクラリスの頬に手を伸ばしかけてた時、男の肩を何者かが力任せに引っ張った。
「勝った者が貰えるのだろう? 俺が貴様の相手をしてやろう」
 いつの間にか、槍遣いの背後に長身の影が現れていた。
 槍遣いを睥睨する灰色の双眸は、鋭利な光を放っている。
 濃紺の髪を片手で掻き上げると、彼は腰に帯びた鞘から流れるような動きで剣を抜き払った。
 ――あれ? 何処かで見た顔だけど……。
 クラリスは渋面で闖入してきた男を見遣った。その顔に見覚えはあるのだが、男の名前も何処で出逢ったのかもすぐには思い出すことが出来ない。
 男は、恐ろしく剣術に長けた手練れだった。
 たったの一撃で、槍遣いの手から得物を弾き飛ばし、更には彼を気絶させてしまったのである。
 観衆たちから感嘆と驚嘆のどよめきがわき起こる。
 男は剣を鞘に納めると、悠然とクラリスに歩み寄った。
 主催者からクラリスの身柄を奪い取り、クラリスの手首を掴んで人気のない路地へと連れて行く。
 薄暗い路地の奥で、男はようやく足を止めた。
「ちょっと、こんなとこで抱かれるのは、物凄く嫌なんですけど?」
 クラリスは不機嫌な顔をで男を睨めつけた。好きでもない相手に外で躰を弄ばれるなんて、想像しただけでも吐き気がする。
 男がクラリスを見返し、苦笑を湛える。
「オイ――まさか俺のことが解らないのか?」
 男の問いにクラリスは力強く頷いた。
 すると男が大仰に肩を聳やかす。
「まあ、仕方ないか。緋色のマントと額の金環がないからな。――それにしても鈍感だ。その可愛い顔を石榴のように斬り割いてやりたいくらいだ」
 男の唇が皮肉げに歪められる。
 ――緋色のマント? 額の金環? 顔を石榴のように?
 クラリスは改めて男をしげしげと見つめた。その台詞は確かに聞き覚えがある。
「――あっ……!」
 初めてあった時、男は己のことを『私』と呼んでいた。なのに、今は『俺』に変わっているので、中々その正体に思い至らなかったのだ。
 だが、今の彼の台詞で記憶が鮮明に甦ってきた。
 もっとも彼に剣を突きつけながら寝台に組み敷かれた――という非常に不本意で反芻したくもない思い出だったが……。
 クラリスは驚愕に目を瞠り、恐る恐る男の顔を指差した。
「まさか――魔法剣士シンシリアッ!?」
 クラリスの狼狽を愉しむように、男――シンシリアは口許に冷ややかな笑みを閃かせた。



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