ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「その称号は正しくないな。今の俺は――ただのシンシリアだ」
 口の端を歪め、シンシリアは緩く波打つ濃紺の髪を片手で掻き上げた。
「どういうこと?」
 クラリスは、驚きと不審の相俟った眼差しでシンシリアを見つめた。シンシリアが自分を助けてくれたことには感謝するが、彼にはクラリスを手助けする所以は何もないはずなのだ。
「魔法剣士の位を剥奪されただけのことだ。だからといって、俺の実力が損なわれるわけではないのにな。頭の悪い国王だ」
 シンシリアが何でもないことのようにアッサリ告げ、更には自国の王を侮蔑する。
「……兄上を庇ったから?」
 クラリスは眉根を寄せた。
 彼が栄誉ある魔法剣士の称号を捨て去ったとすれば、それはクラリスの兄・マイトレイヤーのためだろう。大方、マイトレイヤーを匿っていたことが祭祀長なり国王なりに露見して、その罪を問われたに違いない。
「好きでしたことだ。それに、位など無意味なものだと言っただろう。あの変態国王に仕えなくていいことを考えると――逆に清々する。まあ、ラータネイル様をからかって遊べなくなったことだけが、悔やまれるな」
 シンシリアが口角をつり上げて笑う。
 仰々しい緋色のマントで身を飾り立てていないせいか、彼は以前逢った時よりもほんの少しだけ穏やかに――そして、頼もしく感じられた。
「さっ、行くぞ、クラリス」
 シンシリアがクラリスの意志などお構いなしに、手首を掴んで歩き始める。
「えっ、何処にっ!?」
 クラリスは狼狽した。まさか、決闘勝者としての権利を履行しようとしているのでは、と疑念が浮かぶ。おそらく、シンシリアは兄と肌を合わせているだろう。そんな相手に抱かれるのは、絶対に御免だった。
「何処って――決まってるだろ。リージャナータ宮殿だ」
 慌てて身を引こうとするクラリスを、シンシリアの醒めた眼差しが射抜く。
「王を暗殺しに行くのだろう? おまえなど危なっかしくて一人で行かせられん」
「……随分とはっきり言ってくれますね」
「本当のことだろう」
 フン、と鼻で笑い、シンシリアが話を打ち切る。
 また、強く手首を引かれたので、仕方なくクラリスはシンシリアの後に着いて行く。彼のことは特別嫌いではないが、初対面の印象が悪かったので二人きりでいるのは妙に気まずかった。
 夜の闇に浮かび上がるリージャナータ宮殿は、確実に近づいている。
 クラリスは思わず身震いしてしまった。
 自分は一国の王――それも千年王国の主を殺めようとしているのだ。
 平静を保っているのは難しい。
「――怖いのか?」
 シンシリアがまたしても軽くせせら笑う。
 掴まれた手首から震えが伝わったのだろう。
「怖くなんかない!」
 クラリスはムッとして、シンシリアの後ろ頭を睨めつけた。
「――だろうな。可愛い顔をして、俺に剣を向けたこともあるのだからな。さぞかし図太い神経を持っているのだろう」
「あんたには負けるけどね。っていうか、あんたが宮殿に乗り込むなら――僕、不必要じゃない? 瞬殺してきてよ、あのいけ好かない王様」
「俺は内部に顔が知れ渡っているからな。色々と不都合が生じる。それに、俺はマイトレイヤーを助けに行かなければならない」
「兄上は僕が助けに行くよ」
「いや、それは諦めろ。マイトレイヤーが待っているのは――俺だ」
 シンシリアの声音には妙な確信と力強さが込められていた。
 彼は、マイトレイヤーに愛情を抱いてはいるらしい。兄が弄ばれただけではないこと知ってホッとしたが、その一方でそう易々と兄を奪われたくない意地のようなものもまだ確かに存在していた……。
「弟の出る幕はないな」
 クラリスの胸中を察したように、シンシリアが鋭利な言葉を突きつけてくる。
「あんた――僕に何か恨みでもあるの?」
 クラリスは胸に生じた苛立ちと焦燥を隠しもせずに、尖った声を返した。
「……おまえを見ていると、マイトレイヤーを思い出す。だから、つい苛めたくなる」
「あっ、そうですか。よかったですね、兄上と相思相愛で」
 クラリスは抑揚のない声音で言い捨てた。
 愛する兄を掻っ攫った憎き男にからかわれて、目くじらを立てている自分が急に馬鹿らしくなってきた。ムキになればなるほど、シンシリアの悪戯心に火を点けるだけだ。
 シンシリアはクラリスが喚かないことを不思議に思ったのか、不意に足を止めた。
 クラリスの腕を力任せに引き寄せ、両手でギュッと強くクラリスを抱き締める。
「ぎゃっっ!?」
 クラリスは驚倒し、反射的に身を捩った。
 ――やっぱり、勝ちは勝ちってことで……ここでヤる気なのっ!?
 焦りと危惧が心の芯から迫り上がってくる。
「静かにしろ。精神統一出来ないだろ」
 シンシリアが低く囁く。焦慮するクラリスとは逆に彼は至極冷静だった。その声にも真摯な響きが宿っている。
「跳ぶぞ」
 藻掻くクラリスをきつく抱き、シンシリアは何やら妖しい呪文を唱え始める。
 シンシリアの声が途切れた瞬間、周囲の景色がフッと消え失せた。
 奇妙な浮遊感と嘔吐感が込み上げてくる。
 何が何だか理解できずに、クラリスは必死の思いでシンシリアにしがみついた――



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2009.06.13 / Top↑
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