ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 石造りの廊下を闊歩する。
 澱みのない足取りで階段を上り、二階の奥の部屋の前で立ち止まった。
 外の警護に余ほどの自信があるのか、王の寝室前には衛兵は一人もいない。いくら外の警備を堅固にしても、内情を知り尽くしている元魔法剣士に城内へと手引きされては、その全てが無意味だった。
 クラリスは、心の準備を整えるために深呼吸し、静かに扉を引いた。
 僅かに出来た隙間に細身の身体をねじ込ませ、中へ侵入する。音を立てないように扉を閉めると、注意深く歩を進めた。
 豪華な調度品で囲まれた室内には、いくつかの洋燈が灯されている。そのおかげで、広い室内の奥にある寝台には容易く辿り着くことが出来た。
 天蓋付きの寝台の中で、四十代半ばと思しき男が眠っていた。
 アダーシャ国王レノビアである。
 クラリスは慎重に身を乗り出し、レノビアの顔を覗き込んだ。
 黒髪に神経質そうな口髭を蓄えた壮年の男――想像よりも整った顔をしている。いや、ラータの父親なのだから見目が良くて当たり前なのかもしれない……。
 クラリスは遊郭で入手した睡眠薬を左手に隠すと、右手を伸ばしてそっとレノビアの頬に触れた。
 レノビアの頬が微かに震える。次いで、瞼が勢いよく跳ね上げられ、胡乱げな眼差しがクラリスを射た。
「――何者だ?」
 流石に大国の王だけあって、慌てた様子は全くない。威厳のある声音で訊ねてきた。
 クラリスは悪びれもせずに満面の笑顔を彼へ向けた。
「祭祀長様が、今宵は陛下の元へ行きなさい、と……。光栄にも陛下の夜伽を仰せつかりました――」
 伏せ目がちにレノビアの顔を見つめる。
 シンシリアの話によると、男色家であるレノビアは、祭祀長であるデメオラから美しい少年や青年を調達してもらっているのだという。日によっては、三、四人も呼びつけるというのだから、かなりの好色家であるらしい。胸糞の悪くなる事実だ。
 ――ああ、そうか。思う存分愉しみたいから、部屋前に護衛を置かないのか。
 クラリスはふとそう思い至り、心の中で苦々しく呟いた。
 レノビアの夜の営みなど想像したくもないが、かなり派手で激しいのだろう。
「おや、今夜はもう誰も来ぬものと思っていたが――美しいな」
 レノビアは、すぐにクラリスがデメオラからの貢ぎ物であると勘違いしてくれた。クラリスを見分する漆黒の瞳に、欲望の影が渦巻く。
「ここ数ヶ月の中で一、二を争うくらいの美貌だ。啼かせ甲斐がありそうだな。――こちらへ来い」
 レノビアがクラリスの手首を掴む。
 ――シンシリアの馬鹿っ! こんな男に啼かされてたまるかっ!
 胸中でここにはいない元魔法剣士を罵しった。いくら簡単に事が運ぶ可能性が高いからといって、人の躰を犠牲にする作戦を立てるなんて赦せない。全て巧くいったら、最低二発は殴らせてもうおう――そう密やかに決めた。
「お待ち下さい、陛下。何か飲み物をいただけませんか?」
 頬が引きつるのを懸命に堪え、クラリスは如何にも申し訳なさそうに微笑んでみせた。
「お休みになっている陛下を起こすのは気が引けて、三十分もここで待っていたのです。緊張のあまり喉が渇いてしまいました」
 いけしゃあしゃあとクラリスは嘘を連ねた。
 頬を朱に染めてレノビアに懇願する。
 か弱い少年を演じるのは得意なので、恥じらうことや気のある振りをすることなど苦にもならない。
「それは悪かったな。気にせずに起こしてくれればよかったものを。おまえと愉しむ時間が三十分も減ってしまったではないか」
 レノビアが意味深に微笑み、クラリスを寝台へ残して部屋の隅へと向かう。
 ――愉しむ時間なんて、どんどん減ればいいのに……。
 クラリスにはレノビアと肌を合わせる気など更々ないのだ。
 レノビアが背を向けているのをいいことに、クラリスは思い切り口許を引きつらせた。
 レノビア自身は、割と単純な性格らしい。クラリスの嘘の願いを聞き入れて、何やら果実酒を見繕っているようだ。欲望を前にすると、大国の王もただの男に成り下がるかもしれない……。
 レノビアは赤紫色に染め上げられた酒瓶と銀の杯を持ってくると、クラリスの脇に腰かけた。
「南のカレリアから取り寄せた逸品だ。程よい渋みで――呑みやすいぞ」
 銀杯に果実酒を注ぎ、レノビアがクラリスにそれを手渡す。
「ありがとうございます」
 クラリスはそれを両手で受け取り、左手に握っていた睡眠薬の包みを巧妙に杯の中へ落とし込んだ。
 薬を包み込んでいた紙は特殊なもので、液体に触れるなり瞬時に溶けて消えた。
 クラリスは銀杯を口許へと運び、一度呑む振りをした。それから上目遣いにレノビアを見つめる。
「……陛下は呑まれないのですか?」
「杯を一つしか持ってこなかったからな。おまえが呑ませてくれると嬉しいな」
 レノビアの瞳にまた欲情の炎が灯る。レノビアの片手がクラリスの顎を掴み、自分の方へと向けさせた。
 ――くそっ……我慢だ、我慢。どのみち一度はキスしなきゃいけなんだし……!
 クラリスは辛うじて微笑を保ちながら、心の中で激しく毒突いた。
 シンシリアの言葉に嘘はなかったようだ。レノビア国王は大変な好色漢で、無力で儚げで従順な美しい青少年が大好物であるらしい。
『少なくとも、おまえは外見だけはそう見えるのだから、張り切って誑し込んでこい』と、底意地の悪い元魔法剣士は無情にもクラリスに言い放ったのだ。
 ――髭の親爺なんて、僕の趣味から激しく外れてるのに……!
 頭の中でシンシリアに対して舌打ちを鳴らし、クラリスは果実酒を口に含んだ。
 可能な限りレノビアを直視しないように心懸け、彼の唇に自分の唇を重ね合わせる。睡眠薬入りの酒を飲み込んでしまわないように注意し、レノビアの口内に酒を注ぎ込んだ。
 レノビアが薬入りの果実酒を嚥下する。口内が自由になった途端、レノビアは舌を挿し入れてきた。
「――――!?」
 レノビアが力任せにクラリスを寝台へ押し倒す。
 ――シンシリアの大馬鹿野郎っ!!
 クラリスは、自分だけ英雄気取りで兄を救出に向かった一時的な相棒を罵倒した。心の奥底から怒りが込み上げてくる。
 長い接吻の後、ようやく唇が離される。レノビアの欲望にたぎった眼差しがクラリスの全身を舐め回し、指がゆっくりと金髪を愛撫する。
 クラリスは背筋に悪寒が走るのを禁じ得なかった。
 突如として、レノビアの顔が迫ってくる。
 また唇を奪われるのか、とビクッと身体を震わせた。
 だが、レノビアの顔はクラリスには触れずに寝台へと埋まった。
 沈黙が訪れる。
 耳を澄ますと、規則正しい寝息が聞こえてきた。
 瞬く間に安堵と可笑しさがわき上がり、クラリスはクスクスと笑った。
「本当に――よく効く薬」
 レノビアの身体を押し退け、寝台から這い出る。
 長靴の内側に隠し持っていた短剣を取り出すと、鞘から抜き払い、寝台に横たわるレノビアを無感情に眺めた。
「変な趣味、持ってたのが間違いだったね。強欲にも兄上を手に入れようとしたのが、運の尽きだ――」
 レノビアの身体を仰向けにさせ、短剣を翳す。先端には金色の塗料が光っていた――毒物だ。
「さよなら、アルディス聖王様――」
 淡々と呟き、クラリスは昏睡しているレノビアの左胸に渾身の力を込めて剣を突き刺した。
 鮮血が飛び散る。
 構わずに剣で深く心臓を貫いた。
 返り血がクラリスの顔を打つ。
 呼吸が停止しているのを確認すると、クラリスは短剣から手を離した。
 叫びもあげずに絶息した王の亡骸へ冷たい一瞥を与え、部屋を後にした。
 国王暗殺という大それたことを成し遂げた達成感と畏れが心を占拠し、クラリスは何処か夢心地だった。
 身を隠す場所を求めて宮廷内部を彷徨うが、足取りも思考も覚束ない。
 途中、血まみれのクラリスを発見して、見回りの衛兵たちが騒ぎ出した。
 ――まずいな。
 衛兵たちの怒声が、クラリスの意識をうつつへと引き戻した。無意識にクラリスは駆け出していた。
 今更ながら、リージャナータ宮殿の見取り図を手に入れていなかったことを後悔する。レノビアを殺害できれば、後は自分もどうなっていいと思っていたので特別入手しなかったのだ。だが、愛する兄のマイトレイヤーがまだ生け贄になっておらず、シンシリアが彼を救出してくれるというのなら――やはり、もう一度逢いたかった。
 逢って、兄を抱き締めたかった。
 兄の柔らかい微笑みを脳裏に思い浮かべながら、クラリスはとにかく人のいないところへと走り続けた。
 しかし、幾度か角を折れたところで、クラリスは絶望をした。
 行き止まりだったのだ。
 ――もうダメかな。
 そう諦観しかけた時、
「こっちよっ!」
 誰かがクラリスの腕を強く引いた。


    「7.王太子」へ続く


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2009.06.13 / Top↑
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