ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「――痛っ!」
 風天・翔舞(しょうぶ)は、地に触激した途端、苦悶の呻きを洩らした。
 果てることのないように思われた闇の終着点は、ゴツゴツとした硬い岩場だったのだ。
 落下に終わりが訪れたのは喜ぶべきことだが、身体のあちこちが小さな悲鳴をあげている。想像以上に地に叩き付けられた衝撃は大きかったようだ。
 チッと軽く舌打ちを鳴らすと、翔舞は己の左腕に一瞥を与えた。
 二の腕と手首から真紅の液体が滴っている――利き腕だった。
「……役立たずな腕だな」
 吐き捨てるように独りごちる。
 反対の右腕には、しっかりと鞍馬(くらま)を抱き抱えていた。
 暗闇に堕ちる際、反射的に鞍馬を庇ったのだ。
 凄まじい勢いで地に激突する直前、翔舞は左腕一本で二人分の体重を支えたのである。負傷部位が左腕だけで済んだのは、翔舞が風天――風の一族だからだ。風のように軽やかな動作、そして風そのものが彼女に味方してくれているおかげだ。
「城の――地下なのか? やけに禍々しい氣が蔓延しているな」
 翔舞はゆるりと首を四方に巡らせた。
 翔舞たちが落とされたのは、巨大な岩をくり抜いたような殺風景な広間のようだった。おそらく紫毘城(しびじょう)の地下なのだろう。
 ひんやりとした空気が二人を取り巻いている。
 それに混じって、微かに腐臭のようなものが漂っていた。
 元来、紫毘城は《妖魔の森》を監視するために造られたものだ。
 もしかしたら、地の奥深いところで城と森は繋がっているのかもしれない。
 森に封じられた魔物たちの怨嗟と憎悪の念が、絶えず城に向けて発せられているのだろうか……。
 鞍馬にも不穏な氣を感じ取ることが出来たのだろう。彼女は畏れをなすように一度身震いし、それから改めて翔舞を見上げた。
「翔舞様……」
「心配は要らぬ。如何に妖魔ヶ森に近かろうと、紫姫魅が結界を張っているはずだ。天王様に叛旗を翻したからといって、森の妖魔を野放しにするほど奴も愚かではないだろう」
 翔舞は鞍馬を安堵させるように、怜悧な口調で言い切った。
 翔舞自身、紫毘城と《妖魔の森》の関係を詳しく把握していない。ただ、紫姫魅が森の封印を解くなら、天王に牙を剥いた瞬間にそうしていただろうと思う。妖魔を解き放つことで天界を混乱に陥れ、魔物たちに天王を抹殺させることが、紫姫魅には可能なのだ。
 では、彼がそれを行わないのは何故なのか?
 ――天王を弑逆したいわけではないのだな……。
 辿り着く回答は一つしかない。
 紫姫魅は天王個人の生命を欲しているわけでも、天王の玉座を望んでいるわけでもないのだ。
 ――ならば、まだ間に合うのではないか? それとも、最早手遅れなのか?
 翔舞は胸中で様々な想いを巡らせた。紫姫魅が天王の生命を狙っているのではないなら、何か彼を救うべき術が残されているのではないか、と一縷の希望を抱いてしまう。
 蘭麗を闇討ちし、水鏡に配下の者をけしかけ、綺璃と彩雅に剣を交えさせ、鞍馬天を拉致する――そんな回りくどいことまでして、紫姫魅が望むものとは一体何なのだろうか?
 そこまで考えて、翔舞は突如として悟った。
 ――ああ、おまえは、そうまでして天王様を引き摺り出したいのか……。
 驚愕と絶望に目を瞠る。
 先ほど抱いた希望が呆気なく――粉々に砕け散る。
 ――もう……手遅れなのだな。
 ズキン、と胸の奥が疼いた。
 ――だが、天王様ではなく、私が終わらせてやる。
 翔舞は胸の痛みを鋼鉄の意志で封じ込め、歯噛みした。
「翔舞様、腕の出血が酷いですわ」
 ふと、鞍馬の声が耳を掠める。
 翔舞は思考を巡らせるのを中断し、彼女を見遣った。鞍馬は不安な眼差しで翔舞の左腕を見つめている。
 翔舞は鞍馬から右手を離すと、己の左腕に苦笑を浴びせた。
「遣い物にはならぬな。まあ、腕一本くらいなくても戦えるが……」
 自然と皮肉めいた言葉が唇から滑り落ちた。
 右腕だけでも戦えるが――相手は紫姫魅だ。対戦すれば必ず負傷するだろう。
 負傷どころか、生命を棄てるような危険な賭だ。
 しかし、それを鞍馬に悟られるわけにはいかない。
 彼女だけは、何としても綺璃の元へ還してやらねばならないのだ。



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2009.06.13 / Top↑
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