ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
「どうして――ここへ来られたのですか?」
 美麗な風の女王の横顔を見上げ、鞍馬が問う。彼女には、翔舞が自分を救出にきた理由が皆目解せなかったのだ。
「無論、あの男を殺すためだ」
「紫姫魅天を……ですか?」
 鞍馬の躊躇いがちな質問に、翔舞は深く頷いた。
「私は……愛してしまったのだよ。どうしようもないくらいに、あの男を」
「それなのに、殺すのですか?」
「愛しているから――赦せない。愛した男が、これほどまでに情けないことが」
 翔舞は鞍馬を見返し、凛然と断言した。
 言葉に嘘はない。
 生まれて初めて心から惹かれた男が、天王に背くような愚かで救いようのない者だとは信じたくない。
 だが、現実に紫姫魅は友である天王を裏切ったのだ。
 例え紫姫魅が胸中で何を想っていようとも、その事実は変わらない――覆しようがない。
 既に彼は天王の守護闘神である七天に戦を仕掛けているのだから……。
 天王に仇なす――赦せない凶行だ。
 他の七天に任せるくらいなら、自分で殺めたい。
 せめて自分の手で葬ってやりたい。
 愛するがゆえに、その罪咎の芽を摘み取ってしまいたい。
 だから、翔舞はわざわざ紫毘城まで出向いてきたのだ。
「……わたくしには、解りません」
 鞍馬が悄然と呟く。
 翔舞を見上げる双眸には、困惑と哀切が同時にたゆたっていた。
「綺璃は……わたくしを愛してはいないのです。わたくしは、ただの戦利品に過ぎないのですわ」
 悲嘆に暮れたように瞼を伏せる鞍馬。
「その考え自体が誤っているのではないか?」
 翔舞はすかさず彼女の言葉を否定した。
「綺璃は戦利品を手に入れて悦ぶような男ではないぞ。愛してもいないのに、わざわざ敗将の愛娘を娶る奴がどこにいる? どれだけ周囲の反対があったと思っているのだ? おまえは忘れているようだが、アレは七天が一人――炎天だ。妻一人娶るにも様々な段階を踏まねばならぬのだ。一族中枢部の承認を得、他の七天の同意を得、更には天王様の許可まで得なければならないのだぞ。鞍馬天には申し訳ないが――最初は誰もが反対した。だが、綺璃は折れなかった。己の意志を曲げずに貫き通した。結果、見事おまえを妃にした。そこまでした綺璃が、おまえのことを愛していない、と?」
 翔舞は紅玉の瞳に苛烈な輝きを灯し、鞍馬を見下ろした。
 己の口調が厳しくなっているのは解っていたが、それでも喉の奥から迸る言葉は――想いは止まらなかった。おそらく、自分が今言わなければ、鞍馬は生涯気づかないだろう。己の心に蓋をして、綺璃を拒絶し続けるに違いない、
 それでは、あまりにも綺璃が不憫だった。
「おまえは、綺璃の愛情を理解しようともせぬのだな。おまえは――怖いのだよ」
 翔舞の言葉に、鞍馬がハッと面を上げる。その顔には明らかな怯えに強張っていた。
「怖い? 何が? わたくしは何も――」
 鞍馬が首を横に振る。青ざめた顔で口籠もってしまう。
「彩雅が憎いか、鞍馬天?」
 押し黙った鞍馬に、翔舞は棘だらけの言葉を浴びせた。
「えっ!?」
 全く予期していなかったのか、鞍馬の双瞳が大きく見開かれる。
 彼女の焦燥と狼狽を示すように、瞳孔が落ち着きなく収縮を繰り返す。
 鞍馬の心臓は、氷の槍で貫かれたように一瞬麻痺し、それから強烈な痛みを発し始めた。

 彩雅ガ憎イカ?

 重い一言。
 ずっと気づかない振りをしてきた、どす黒い感情。
 綺璃の愛に素直に応じられない最大の理由――
 綺璃に愛される彩雅が憎いか、と翔舞は訊いているのだ。
 鞍馬は返す言葉もなく、茫然と立ち竦んでいた。
 綺璃も彩雅もそして鞍馬も――そう、皆が皆、永き間気づかない振りをし続けてきた、殺した《想い》だ……。
「解っているであろう、鞍馬天。この世で最も愛しいと想う者は、決して一人だけではないのだよ」
 翔舞は静かに言葉を唇に乗せた。
 鞍馬は彩雅への嫉妬心から、綺璃に大して朴直に『好き』と言えないのだ。
 綺璃から愛される彩雅が心底妬ましいのだ。
「わたくしは……わたくしは、彩雅様を憎んでもよいのでしょうか?」
 鞍馬の震える唇が怖ず怖ずと問いを紡ぐ。
「いいのではないか」
「ですが、彩雅様は限りなくわたくしに優しく――綺璃の秘めた想いにも気づかぬ振りをし続けてくれています。その彼を憎むなんて……」
「では、憐れむか諸手を挙げて喜ぶか、どちらかにしてやれ。彩雅の性格なら、生涯朽ち果てるまで気づかぬ振りを貫き通すだろう。頑固なのだよ。一度こうと決めて凍てつかせた心を再び溶かすことはない。アレも――損な性分だな。だから、未だに独り身なのだ」
 翔舞は苦笑混じりに告げた。
 若輩者の翔舞になど言われたくないだろうが、彩雅は他人には優しすぎるほど優しいくせに、己に対しては厳し過ぎるのだ。自ら好んで重い枷を足に引き摺って歩んでいる。それ故に幸せになれないのだ。
 ――愚かだな、私も綺璃も彩雅も鞍馬天も……そして紫姫魅も。
 何かに耐えるように下唇を噛み締めている鞍馬から視線を外し、翔舞は広間の奥へと顔を向けた。
 研ぎ澄まされた神経が、何者かの気配を感知したのだ。
「――来たか」
 スッと双眼を細める。
 翔舞は挑むように前方を睨めつけた。
 薄闇の空間が大きく捻れる。
 そのひずみから姿を現したのは、漆黒の麗人だ。
 この城の主人である紫姫魅。
 愛しい――だが、殺すべき相手が確かにそこに存在していた。



← NEXT
→ BACK
 にほんブログ村 小説ブログへ 
スポンサーサイト
2009.06.14 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。