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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.06.14[09:26]
 何処からともなく強風が吹き込んでくる。
 風は翔舞を慰撫するように彼女の周りを旋回すると、また何処かへ消えていった。
 長い髪が元の位置へと舞い降りてくる。
 翔舞は険しい眼差しで紫姫魅を見据えていた。
 紫姫魅を愛しているのと、弟を殺された憎しみは――別のものだ。
 大切な実弟が紫姫魅に生命を奪われたことに相違ない。この世で、ただ一人の肉親を――
 時には、愛情よりも憎悪が勝る。
 翔舞は剣を構え直すと、再び地を蹴った。
 一気に間合いを詰め、紫姫魅の懐へ飛び込む。
 翔舞は、渾身の力を込めて剣を振り下ろした。
 ガツッッッ!
 鈍い音が響く。
 紫姫魅の剣が翔舞のそれを受け止めていた。
 刃と刃が重なり、火花を散らす。
「そうか。あれが――――くっ……!」
 翔舞を見遣る紫姫魅の表情に、僅かだか驚きが走る。結果として、その僅かな隙が彼の防御の手を緩めた。
 紫姫魅が怯んだのを見逃さずに、翔舞は柄を握る手にジリジリと力を加える。
 緊迫した空気が二人を取り巻く。
「最早……手遅れなのか?」
 刀身越しに翔舞は紫姫魅を見つめた。
「……何のことだ?」
 漆黒の瞳が冷ややかな光を湛え、紫姫魅が見返してくる。
 感情の伴わない声に、翔舞は苛立ち禁じ得なかった。
 この美しく、そして自尊心の高い男は、口が裂けても真実を述べる気はないらしい。全て己の手で片付けようとして――こんな大事にまで発展したのだろう。
「貴様……何を手に入れるために、何を失った? その身の裡から零れる腐臭――障気は一体何だ?」
「そうか、おまえにはコレが解るのか……。流石は黄泉路を往き来できる風天だ。他の者より遙かに闇へ通じているのだな……」
 紫姫魅がフッと表情を緩める。
「ならば、敢えて答える必要もないだろうが――手遅れだ」
 紫姫魅の美貌に鮮やかな笑みが広がる。
 柔和な笑顔には、彼本来の優しさと――全てを受容した諦観のようなものが織り込まれていた。
 あまりに唐突に紫姫魅が微笑んだので、翔舞は驚きに目を瞠った。
 瞳に映る彼の笑顔は、限りなく穏やかだ。
 彼がこんな笑みを湛えるのは、随分と久し振りのような気がする。

 手遅れだ。

 放たれた言葉は重く――痛い。
 やはり、紫姫魅は天の玉座などは端から欲してはいなかったのだ。
 心が痛切な悲鳴をあげる。
「愚かな……」
 思わず唇から本音が零れ落ちた。
「愚かだな。だが、私にはもう時間も術もない――」
 整った唇が弧を描く。今度自嘲の笑みだった。
 紫姫魅が翔舞の追及を避けるように瞼を閉ざす。
「どうにもならぬのなら――全て砕け散ってしまえばよい」
 逡巡を振り払うように瞼が跳ね上げる。
 改めて翔舞に向けられた双眸は、昏く冷徹な光を宿していた。
 紫姫魅の手が素早く翻る。
 カシャンッッッ!!
 金属同士が派手に打ち鳴る。
 紫姫魅の胸に血飛沫が舞った。
 紅い鮮血が翔舞と紫姫魅の距離を不吉に彩る。
 後退ったのは――翔舞の方だった。
 右手から剣が弾け飛ぶ。剣は放物線を描いて飛び、勢いよく紫姫魅の足許に突き刺さった。
 紫姫魅がそれを地から抜き取る。
「……つっ……!」
 翔舞は、甲から流血している右手で左腕を押さえていた。地下に落下した際に負傷した左腕が、今の押し合いで捩れ、更に折れたのだ。
 紫姫魅が柳眉をひそめ、翔舞に怪訝な眼差しを注いでくる。
 彼は今ようやく気づいたのだろう。翔舞が利き腕である左手を使っていない事実に……。
「翔舞――」
 静かな紫姫魅の声。
 彼が翔舞へと一歩進み出たところで、
「キャアァァァァッッッッッ!!」
 甲高い悲鳴が谺した。



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