ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 紅蓮の炎が紫姫魅の足を止める。
「闘将・阿摩天の――娘か……」
 紫姫魅の双眸が忌々しげに鞍馬を見遣る。
 彼女の父親は二百年前に天王に叛旗を翻した戦神・阿摩天だ。彼の血を受け継ぐ鞍馬も高い潜在能力を秘めているのだろう。
「綺璃と契ったことで、炎を操る能力までもを取り込んだか……。闘神――闘いに関しては七天などより遙かに貪欲で厄介な一族だな」
 火柱から飛散する火炎を剣で弾く紫姫魅の顔に、冷笑が浮かび上がる。
 その余裕に満ちた顔を見て、翔舞は目を眇めた。
 確かに、鞍馬は闘いに長けた戦神の一員だ。だが、実戦経験はないに等しい。いくら裡に秘めた力が強大でも、紫姫魅の敵ではない。鞍馬が真価を発揮するよりも早く、彼は彼女の生命を摘み取ってしまうだろう。
「鞍馬天! 無闇に神力を解放するものではない! おまえは――綺璃の元へ帰れ」
 翔舞は鞍馬を叱咤し、厳しい眼差しを向けた。
 鞍馬だけでも助けなければならない。 
 彼女には、生きて綺璃の元へ戻ってほしかった。


「あなたを一人にはできません!」
 鞍馬は泣きそうな顔で翔舞を見返した。
 彼女には、翔舞がその生命をここで散らそうと――紫姫魅の傍で終わらせようとしているのが解ってしまったのだ。
 そんなことはさせられない――認められない。
 翔舞の死は、天界に深い哀しみと嘆きをもたらすだろう。
 翔舞は七天が一人――風天だ。
 護らなければならない。
 その想いが、鞍馬の《力》を増幅させる。
 主に呼応して、燃え盛る炎は激しくの岩場をのたうった。


「――鞍馬天!」
 翔舞は、神力を解放し続ける鞍馬の腕を力一杯引っ張った。
 鞍馬を自分の利己主義の巻き添えにしてはならないのだ。
 鞍馬には綺璃がいる。
 だが、自分には、もう誰もいない。
 目の前の堕ちて修羅と化した、美しくも憐れな神以外は――
 ――私は、ここで朽ち果てても構わない。むしろ、それを望んでいるのだ。
 堕天となった今も尚――彼が愛おしい。
 鞍馬を私情の犠牲にはできない。彼女は是が非でも綺璃の元へ帰るべきなのだ。
 翔舞はそっと鞍馬を引き寄せた。
「鞍馬天――綺璃によろしくな」
 優しく微笑む。
 驚倒し、目を瞠る鞍馬天。
 翔舞は直ぐさま微笑みを引っ込めると、真摯な眼差しで宙を睨み据えた。
「風よ、今一度、おまえたちに命を与える。この者を我が領域まで運べ」
 呪を唱え終わると同時に、一陣の風が吹いた。
 ヒュルルルル……。
 風が鞍馬を包み込む。
 刹那、彼女の姿は強風と共に消え失せていた。
 鞍馬が生み出した火柱も跡形もなく消失する。
 風が去った後の周囲は、恐ろしいほどの静けさを保っていた。
 

 しばし沈黙の時が続いた後、不意に翔舞はガクッと地に膝を着いた。
 左腕の怪我と度重なる呪の行使が彼女の意識を朦朧とさせ、身体を傾かせたのだ。
 紫姫魅がゆるりと翔舞に歩み寄る。
 今や、紫姫魅と翔舞の間には遮るものは何一つなかった。
 二人の視線が絡まり合う。
 奇妙なしじまが漂った。
 やがて、紫姫魅が重い口を開く。
「――翔舞」
 紫姫魅の唇がその響きを慈しむように翔舞の名を紡ぐ。
 彼は、動けずにいる翔舞の前に彼女の剣を放った。
「武将なら――立て、翔舞」
 翔舞に対する最大限の礼儀だ。彼女には、武将としての最期を迎えさせてあげたかったのだ。
 翔舞は、紫姫魅の視線から目を逸らさずに剣の柄を握り締めた。
 ――悔いはない。
 翔舞は精神と肉体を蝕む苦痛に耐えた。
 全ての感覚を打ち消すように渾身の力を込めて剣を地面に突き刺し、それを支えてして立ち上がる。
 翔舞の凛然とした顔が、紫姫魅をじっと見上げる。
 紅玉の瞳は明澄な輝きを宿している。


「終わりだ、翔舞――」
 紫姫魅は敏捷に翔舞に接近すると、彼女の胸に剣を突きつけた。
 彼女が苦しむことのないよう、一撃のもとに心臓を貫く。
 刃が彼女の命を奪う瞬間、紫姫魅は瞳を閉ざした。
 翔舞は悲鳴一つあげずに、紫姫魅の剣を受けている。
 泣き叫ぶことは、彼女の気高い自尊心が赦さなかったのだろう。
 翔舞の生命の《氣》が一気に膨張し――すぐにパンッと弾ける。
 紫姫魅はゆっくりと瞼を押し上げた。
 抵抗もなく仰け反った翔舞の身体を腕に抱き留める。
 虚ろな翔舞の眼差しが、紫姫魅の顔の辺りを彷徨った。
 血を滴らせる唇が声を発さずに微かに動く。
「……翔舞」
 紫姫魅は翔舞の生命が途絶える寸前、想いを込めて彼女の名を紡いだ。
 翔舞の双眸が光を失い、静かに瞼が落ちる。
 紫姫魅の腕に重みが加わった。
 腕の中の翔舞は満足げに微笑んでいる。
 死に顔さえも清廉で美しい。
 最期まで彼女は気高く麗雅な女王だった――



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2009.06.14 / Top↑
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