ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 かいなには微笑を湛えた翔舞――初めて出逢った時と変わらぬ気韻溢れる美しき舞姫の姿があった。
 紫姫魅はしばし彼女に死に顔に見入っていた。
 己が手で摘み取った生命は意想外に重く、心を惑わせる。
「――風天殿を愛していたのですか?」
 ふと、間近で問いかけが発せられる。
 いつの間に意識を取り戻したのか、悧魄が紫姫魅の脇に立っていた。
 紫姫魅はチラと彼に視線を流した。
 忠実なる部下の顔はひどく真摯だ。
「愛していなかった――と言えば、嘘になるかもしれないな」
 紫姫魅は曖昧な言葉を返し、翔舞の胸から剣を引き抜いた。そのまま忌々しげに剣を投げ捨てる。
 紫姫魅は翔舞の亡骸を両手に抱え直すと、長い黒緑の髪を翻した。
 直ぐさま、
「あなたは、どちらを望んでいるのですか? 天王様の死ですか? それとも――あなた自身の死ですか?」
 更なる疑問が悧魄から浴びせられる。
 背に悧魄の視線を痛いほど感じた。
 振り返られなくても手に取るように解る。
 悧魄は今、猜疑や不安、緊張や畏れなどが綯い交ぜになった暗鬱な眼差しで自分を眺めているのだろう。
 長年付き従ってきた悧魄は、紫姫魅の裡に何某かの《秘密》が眠っていることに気づいたのかもしれない。
 そして、その《秘密》ゆえに自分が天王に対して牙を剥いたことにも勘付いたのだ。そこまで辿り着いたのはよいが、肝心の《秘密》の中身が解せずに苛立ち、もどかしさを覚えている――
「口が過ぎるぞ、悧魄」
 しかし、紫姫魅は敢えて悧魄の質問を拒絶した。
 振り返らずに歩を進める。
「俺は……たとえ後者だとしても、あなたについて行きますよ。俺が主と崇めるのは、あなたただ一人ですから、紫姫魅様」
「悧魄、次の命を与えておく――地天の生命を奪え」
「……仰せの通りに、我が君」
 短い沈黙の後に、悧魄の気配が忽然と消え失せる。
 命令に忠実に、地天・蘭麗の様子を探りに出向いたのだろう。


 悧魄がいなくなると辺りは静まり返り、紫姫魅と翔舞の亡骸だけが薄闇の中に取り残された。
 悧魄の言葉が胸に突き刺さり、それに触発されたのか奥底から奇妙な郷愁が迫り上がってくる。
 ――天王……早く出て来い。七天など本当はどうでもよいのだ。
 紫姫魅は心の中でかつての友に語りかけた。
 ――天王……久那沙(くなしゃ)、引き摺り出したいのはおまえだけだ。
 脳裏に太陽の化身のような青年を思い浮かべた刹那、心臓がズキンッと激痛を訴えた。
『……コロセ。殺して、殺して――殺し尽くせ』
 心の中で、自分とは別の《何か》が強く訴える。
『天王など殺してしまえ! この天上の楽園に退廃の毒を撒き散らし、再び鮮血で染め上げろ!』
 心に巣くう悪しき輩が急き立て――追い詰める。
『殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ――殺せ』
 嘲笑う冷たい声。
 心が悲鳴をあげる。
 意識が混濁し始める。
「――黙れ」
 紫姫魅は精神の崩壊に負けじと、己の裡に冷厳と言い放った。
 それでも心の声は止まない。
『殺せ。神というものを全て――!』
 心臓が激しく脈打つ。
「黙れ。私は……天王を……殺しはしない――」
『おまえが殺さなくても、私が殺す。おまえの意識があるうちに、アレの全てを喰らい尽くしてやる。足から齧り付いてやろうか、内臓を噛み千切ってやろうか――それとも、頭から呑み込んでやろうか?』
「うるさいっ……!」
 心臓が早鐘のように鳴り響き、目の前が血に塗られたような朱色へと変化してゆく。
『穢れを知らぬ身体は、さぞかし美味かろうな』
 せせら笑うように心臓が一際激しく跳ねる。
「黙れっ――消えろっ!」
 紫姫魅は自然と声を荒げていた。
 ピタリ――と、心臓が大人しくなる。
 紫姫魅は背筋を冷や汗が伝うのを感じて、きつく唇を噛み締めた。
 己の呼吸が乱れていることに気づき、深く息を吸い込む。
 しばらく、深呼吸だけを繰り返した。
 やがて、心が平静さを取り戻す。
 紫姫魅は腕の中で眠る翔舞を緩やかに見下ろした。
 彼女を見つめる黒曜石の瞳には翳りを帯びている。
 彼にははっきりと解ったのだ。
 翔舞の最期の言葉が。
 ――愛している。
 翔舞の唇は、確かにそう動いていた。



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2009.06.14 / Top↑
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