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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.05.23[16:10]
 水柯は充が消えたドアに目を向け、肩をすぼめた。
 自然と直杉と視線がかち合う。
「なまじ美男子に生まれてしまうと苦労が絶えないものだな。園田も田端も」
 直杉が率直な見解とも嫌味ともとれる発言をしながら、こちらへやってくる。
 すかさず樹里が彼女を上目遣いに眺め、皮肉を放った。
「徳川もな」
「ナオちゃんは美男子じゃなくて美少女よ!確かに、男装の麗人めいたところはあるけどね。あっ、でも、樹里とナオちゃんを並べたら、どっちが男か女か判らないかも」
 水柯は樹里と直杉を交互に見遣った。
 二人とも至極端整な顔立ちをしているから、髪型や服装次第では男女どちらの性別にも変身できるような気がする。
「そうだ! 今度二人をモデルにして、可愛い少年とハンサムな少女のラブロマンスでもマンガにしようかな」
「頼むから止めてくれ。それに、そのネタ、ありきたりじゃないか?」
 妄想世界に魂を奪われつつある水柯を見咎めて、樹里が心底嫌そうに言葉を口にする。
「ほっといてよ。樹里にマンガのこと、あれこれ言われたくなーい」
 水柯が唇を尖らせて抗議すると、樹里からは呆れた眼差しが返ってきた。
 そんな二人を見て、直杉が微笑する。
「そのマンガ、出来上がったら是非読ませてもらいたいものだな」
「オイ、水柯がその気になるから社交辞令でも言うなよ。例えマンガでも徳川とロマンスなんて冗談じゃない」
 ギョッとしたように樹里が目を丸める。
「創作なのだし、構わないではないか。水柯に抗議するのは、完成した作品を読んでからでもいいだろう。――では、私は部活があるので失礼させてもらうぞ」
 樹里の不満を軽く受け流すと、直杉は流麗な動作で踵を返した。
「部活って――今日は九月九日だぞ」
 樹里が訝しげに眉根を寄せる。
 九月九日。
 樹里の口から飛び出した言葉に、水柯はハッと目を見開いた。
 心臓が大きく脈を打つ。
 今朝感じたのと同種の胸騒ぎを覚えた。
 水柯は不安に表情を翳らせ、樹里を見遣った。
「ねえ、今日って何の日――」
 問いかけを発したのと同時に、校内放送のチャイムがスピーカーから流れ出した。
 クラスメイトたちの視線が、黒板脇に設えられたスピーカーへと集中する。
『お知らせです。今日は一斉下校日です。生徒の皆さんは午後四時までに速やかに下校して下さい。なお午後六時以降、当学園は完全に封鎖されますので、忘れ物等ないように気をつけて下さい。繰り返します――』
 放送部員の無機質なアナウンスがスピーカーから発せられた。
「あっ、そうか! 九月九日、水妖伝説だ」
 不意に、水柯は全てに納得がいってパンッと両手を叩き合わせた。
 朝から胸中にわだかまっていた、もやもやした黒い霧のようなものが瞬く間に消え失せる。
「今日は伝説の日だったのね」
「伝説というか、単なる噂だけどね。誰も水妖なんて見たことないんだから」
 樹里が素っ気なく告げる。その口調から、伝説を全く信じていないことが窺えた。
「毎年九月九日、その日が月のない夜ならば、中庭の噴水から水の化け物が出てくる――信じるに値しない下らぬ伝承だな」
 直杉も端から伝説を信用していないらしく、否定的な見解を述べる。
 水柯は頷きで同意を示した。
 樹里や直杉の言う通り、馬鹿げた噂だ。
 信憑性が全くない。
 幼稚な怪談か質の悪いお伽話の類だ。
 そもそも、学園側が伝説を真に受けていること自体おかしいのだ。
 真実味のない噂話に対して、学園封鎖という徹底した手段をとる必要性を見出せない。
「うちの学園では心霊現象が多発してるらしいけど、そんなのどこの学校にでもあることだろ。学園の七不思議とかはさ。一々相手にしてるのは、この学園ぐらいだよ」
「うむ。幽霊が出没するという噂は多々あるようだな」
「――幽霊?」
 水柯は首を傾げた。
 常日頃からマンガに意識を奪われているので、女の子たちが好むような噂話には疎いのだ。
「九月に入ると旧校舎での幽霊目撃談が急増するそうだ。誰もいないはずの美術室から女の啜り泣きが聞こえてきたり、廊下に赤子の泣き声が響いたりするらしい。昔、旧校舎で自害した女生徒の霊魂が彷徨っているとかなんとか……。どの学校にでもありそうな、如何にもな怪談だ」
 眉唾話だ――と言いたげに、直杉が唇の端を吊り上げる。
 冷笑が美顔を彩った。
「まあ、噂がどうあれ、今日が一斉下校日なのは事実だ。僕たちは学園側の指示通り、四時には校舎を出なきゃならなんいだよ。それでも部活してくのか、徳川」
 樹里が鬱陶しげに前髪を片手で掻き上げながら、直杉を見上げる。
「試合が近いからな。それに心配には及ばない。六時までは顧問に許可を取ってある」
「そこまでして練習する必要はないと思うけどなぁ」
 水柯は思わず率直な意見を述べていた。
 直杉の弓道の腕前は抜群なのだ。
 親善試合に備えて殊更鍛錬する必要もないはずだ。
「特に練習したいわけでもない。ただ少し、一人になって精神集中したいだけだ。幸い今日は一斉下校日。群がる見物人もいないしな」
「ナオちゃん、いつも女の子に囲まれてるもんね。確かに、毎日あの調子で見学に来られちゃ練習に身が入らないよね」
「彼女たちに悪意があるわけではないし、練習に支障を来すわけでもない。だが時折、一人静かに的に向かいたくなるのだよ」
「やっぱり単にギャラリーがうざいだけじゃないか」
 言い訳めいた発言をする直杉に、樹里が揶揄混じりの言葉を投げつける。
 途端、直杉の口元に自嘲気味な微笑が閃いた。
「そうかもしれぬな。――とにかく許可された時間は短い。悪いが、私はこれで失礼させてもらうぞ」
 直杉の視線が壁時計に流される。
 時刻は午後三時四十分。
 それを確認するなり、彼女は軽やかな足取りで教室を出て行ってしまった。


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