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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.06.14[20:14]
「……馬鹿な奴だと、呆れてるんだろ?」
 アーナスは流れ出した涙を隠すように、ミロの胸の中に顔を埋めた。
「――あ?」
 ミロが怪訝そうに眉根を寄せる。
「私のことだ。……自ら、対カシミア戦の旗を掲げることを宣言したのだからな」
「どのみち誰かがやらなければならないことだ。俺は、アーナスが適任だと思うけどな」
 ミロがアーナスの額に軽く口づける。
「それに、おまえが自分の意志で選んだことだし、いーんじゃないの、それで」
 ミロの手がアーナスの頬にかかり、顔を上向かせる。
 アーナスは無言でミロを見つめた。
「アーナスは、アーナスだ」
 端整な顔立ちの恋人の眼差しは、真摯な優しさと堅い意志を湛えている。
「戦場では女神でもいい。だけど、俺の前だけは素のままでいろ。『エルロラ』という名の重い鎧を脱ぎ捨て、全てを晒け出していいんだ、アーナス」
「……ミロ?」
 アーナスは突然訪れた驚きと喜びに目を瞠った。
 これほどまでに、ミロに愛されているとは思いも寄らなかった。
 普段、いい加減に見える分だけ、迫真の重みがある。
「それぐらいの包容力、俺にだってあるんだからな」
 涙で濡れた視界の中で、ミロが限りなく優しく微笑む。
「愛してる、アーナス――」
 自然と唇と唇が重なった。
 アーナスは、我知らずミロの背中を強く抱き締めていた。
 ――愛してる。
 胸中でそっと囁く。
 自分を抱き締めるこの腕を――ミロを欲したのは、他ならぬ自分だ。

 初めて逢ったのは、八歳の頃。
 レギオン国王即位二〇年の記念式典の際、父に連れられてイタールへやって来た。
 そこで、二つ年上の少年に出逢ったのだ。
 当時から『エルロラの名に恥じぬように』と厳しく躾られ、周囲の大人たちに馬鹿にされぬよう、気難しい顔で必死に虚勢を張っていた自分。
 そんな自分に、少年は気軽に笑顔を向けてきたのだ。
 一目見た瞬間、少年の笑顔に心を奪われた。
 輝く白金髪に澄んだ翡翠の瞳。
 綺麗だと思った。
 生ける輝石だと思った。
 天使というものが存在するのならば、正しく目の前の少年ではないか、と――
 活発で天真爛漫な少年は、裡に籠りがちだった自分の心の扉をいとも容易く開けてしまったのだ。
 イタールを去る時、妙に寂しかった。
 心が痛んだ。
 少年と離れたくなかった。
 もう一度逢いたい。
 密かに、そう想い続けていた。

 だから、父から少年との婚約話を聞かされた十五の時、拒絶しなかった。
 誰にも知られずに、心の中で狂喜した。
 ――政略などではない。私は……自分の心のままに、ミロを望んだのだ。
「ミロ……私の天使――」
 アーナスはミロの首に両手を回し、自ら口づけを捧げた。
「天使にしては些か不純で、煩悩の塊だけどな」
 ミロが唇の端を吊り上げて笑う。彼は軽やかにアーナスを両腕に抱き上げた。
「それでも、私にとっては、この世でただ一人しかいない天使だ」
 アーナスはミロの肩に頭を凭せかけ、囁く。
 ――他人は私のことを光の女神ともてはやすが、真に『光り輝くもの』とは、ミロのような人間のことを言うのだろう。
 ――彼の心はいつも強い光輝を放っている。
 瞼を閉ざし、ミロの温もりを身近に感じながら、ふとアーナスはそんなことを想った。
 その間にも、ミロは軽快な身のこなしで、アーナスを抱えたまま露台から寝室へと移動している。
 天蓋付きの寝台にアーナスを降ろしながら、
「結婚しよう、アーナス」
 ミロが静かに告白した。



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