ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 善地城を出てすぐに、蘭麗は前方に広がる森へと足を踏み入れた。
 城外の空気に触れた途端、何者かの視線を感じたのだ。
 誰かが自分を監視している。
 蘭麗の研ぎ澄まされた神経は、敏感にそれを察知した。だから、天王の元へは行かずに森を選択したのだ。
 鬱蒼とした森ならば、誰にも邪魔されない。自分と何者かの対面を知る者は誰一人いないだろう、と……。
 蘭麗は自分を追尾してくる気配を確認しながら、注意深く森の奥へと歩を進めた。
 ――二人? いや、一人か……?
 相手の身の隠し方は巧妙で、中々はっきりとした輪郭を掴めない。
 多少の躊躇いを覚えながらも、蘭麗は歩みを止めた。
 ゆっくりと背後を顧みる。
「――そろそろ出てきたらどうだ?」
 静かな声音で見えぬ相手に語りかける。
 直ぐさま、相手はそれに応じた。
 立ち並ぶ木々の隙間から一人の青年が姿を現す――紫姫魅の側近・悧魄であった。
 悧魄は闘う意志を見せずに、無防備に蘭麗の前に姿を晒した。
「……また、おまえか。今度は闇討ちではないのだな」
 蘭麗は揶揄混じりの冷笑を浮かべた。
 先日、不覚にも闇討ちに遭った時の相手が、この悧魄だったのである。
「闇討ちではなくて――残念でしたか?」
 悧魄が蘭麗の冷徹な視線を苦笑で迎える。
「ご覧の通り闘う気は毛頭ありません。あなたに――お訊ねしたいことがあります」
「私に訊きたいこと? それは――――つっ……!?」
 不意に、蘭麗は秀美な顔を歪めた。
 心臓が大きくのたうち、息苦しさが芽生える。
「――うっ……ぐっ……!」
 凄まじい苦痛が全身に蔓延する。
 咄嗟に口を押さえた手の隙間から、見る見るうちに鮮血が溢れ出した。
 ポタリ、ポタリ……ポタ、ポタ、ポタッ、と色鮮やかな朱が草木の緑に不吉な模様を描く。
 蘭麗は身を苛む激痛に耐えきれずに、ガクッとその場に膝を着いた。そのまま地に頽れる。
「――地天殿っ!?」
 悧魄が驚きに目を瞠り、慌てて蘭麗の傍へ屈み込む。
 蘭麗は地面に両腕を突っぱねて、強引に上半身を起こした。精神力でのみ保たれている姿勢だ。
 両手で体重を支えたまま、臓腑から迫り上がってきた血の塊を吐瀉する。
「大丈夫ですか、地天殿?」
 曇った表情で蘭麗の顔を覗き込む悧魄。
 ――敵に……しかも、一度殺されかけた相手に心配されるとは、な……。
 蘭麗は、衣服の袖口で唇の周囲に付着した血液を拭った。
 胸と肩は激しく上下し、白すぎる額には汗の玉がびっしりと浮き上がっている。
 蘭麗は悧魄の顔見上げながら自嘲の笑みを浮かべた。
「私は、もうじき死ぬ。とどめを刺さぬのか?」
「生憎、もうじき死ぬ者にとどめを刺す剣は、持ち合わせてはいません」
 悧魄がきっぱりと明言する。
 殺しはしない――と。
「……紫姫魅の命に背くことになるぞ?」
「構いません。それが、あの方を救う術に繋がるのなら――」
 悧魄の目がフッと緩む。脳裏に敬愛する紫姫魅の姿でも思い描いているのだろう。
「あなたの知っていることを教えてはくれませんか? どうやら、俺の記憶の肝心な部分は、あの人に封印されているようなのです」
 蘭麗に向けられた悧魄の眼差しは、深い哀しみを孕んでいた。主君が自分に隠し事をしている、という不本意な事実のために……。
「……なるほど。紫姫魅は、おまえを核心に触れさせたくない、というわけか。遠ざけられているのを知りながら、敢えて禁忌の扉を手繰り寄せ――開けるのか?」
「あの方をお護りするためなら、俺はどんなことも厭いませんよ」
 そう告げる悧魄の言葉は強く、迷いがない。
「本当に――何も知らないのか?」
「ええ。情けないことに。あの方がどのような想いで天王に背いたのか、俺には推し量ることすら出来ません」
 悧魄が己を蔑むように唇を歪め、肩を聳やかす。
 蘭麗は微かに眉をひそめた。
 紫姫魅の側近である悧魄が真実を少しも知らない、というのは意外だった。
 それどころか、彼は記憶を操作されてさえいるらしい……。
 余ほど紫姫魅は悧魄に知られたくないのだろ。あの、忌まわしき過去を。
「……少し横道に逸れるが、昔話から始めよう。天界が創世されたばかりの頃、この永遠楽土のはずの世界にも、我々の生活を脅かす妖魔が無数に生息していた」
 蘭麗は、身の裡から発せられる苦痛に堪えながら静かに言葉を紡いだ。
 不思議と、敵であるはずの悧魄に対して全てを吐露したくなった。
 死が、すぐ間近まで迫っているからかもしれない。
「初代天王は、妖魔を討伐すべく七人の神祇を選んだ。神祇とは《天の神》と《地の神》のこと。即ち、我ら七天の始まりだ――」




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2009.06.15 / Top↑
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