ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 口内に残留する血の味に軽く顔をしかめ、蘭麗は言葉を続けた。
「神祇らは妖魔を斃し、天界に平和が訪れた。だが――妖魔を殲滅できたわけではない。強大な力を有する妖魔は神祇らとの闘いを生き延び、天界の一角に住み処を見つけた。それが、現在の《妖魔の森》だ」
「紫姫魅様が管理する、あの魔物の巣窟ですね」
 悧魄が神妙に頷く。
 紫毘城の近く――隣接していると言っても過言ではないほど身近に《妖魔の森》は存在している。
 森には代々の紫毘城主が幾重にも張り巡らせた結界が施されており、妖魔の動きを封じていた。天神と相反する負と陰と悪意の塊である妖魔たちにとって、輝かしい神氣で織り上げられた結界を潜り抜けることは至難の業だ。大概は結界を抜け切る前に身を灼かれ、消滅の道を辿る。
 ごく稀に結界を打破してこちら側へやってくる妖魔もいるが、紫姫魅に討ち取られるか、その前に森へと逃げ帰っているはずだ……。
 妖魔の好物は――天神。
 神を喰らうことが彼らの最大の愉悦であり、存在意義だ。
 封処である森の奥深くには、数多もの天神を貪り喰っては力を蓄え、目覚ましい進化を遂げた妖魔が棲み着いているとも噂されている。
 その、恐ろしい化け物を久遠に封印しておくこと――それが紫毘の城主・紫姫魅の使命。


 悧魄は、太陽の輝く真昼でも昏い影に包まれている不気味な森を脳内に思い浮かべた。
 先日、水天・水鏡に対して『妖魔の出没が増えたのは、天王の力が衰えたからではないか?』と揶揄たっぷりの言葉を突きつけた記憶が甦ってくる。
 あれは、過ちなのかもしれない。
 衰弊しているとすれば、それは天王ではなく――紫姫魅の方だ。
 悧魄は、無意識にここしばらくの主の行動を反芻していた。
 だが、紫姫魅の言動に特別変わったところはなかったはずだ……。元よりあまり感情が表には出ない主人だ。その胸中は容易には推測できない。
《妖魔の森》にもいつもどおり巡回に出ていた。食事もきちんと摂るし、病魔に冒されている感じでもない。
 唯一違和感を覚えるとすれば、《妖魔の森》へ巡回する時にあまり悧魄を伴わなくなった、という点だろうか……。
 陰鬱な翳りに包まれた森――時折異形の者の影がよぎり、獣の咆哮のような奇怪な音が谺する。
 紫姫魅が同伴してくれなければ、正気を保っていられないほどの妖気と憎悪と怨嗟の念が渦巻く危険な場所だ。
 思い返せば、最近は一度も紫姫魅の護衛として森へ足を運んではいない――
「おまえの言う通り、《妖魔の森》を警備するのは代々紫毘城主と決まっている」
 ふと、蘭麗の声が耳に届けられる。
 悧魄はハッと我に返った。
 主に対する不安や疑念を宥めるように、彼女の話に耳を傾けた。
「闇討ちに遭って以来、私は紫姫魅のことが知りたくて、《妖魔の森》について調べていたのだ。全ての根源が、そこに眠っている気がしてな……。あまり知られぬことだが、我が善地城の地下には巨大な書物蔵がある。公には出来ぬ史実を綴ったものや発禁になった書物なのが、全て――我が城に集められているのだよ。都合の悪いものは地に葬って蓋をしてやろう、という奴だな」
 蘭麗の唇が僅かに歪む。皮肉ゆえに。
「紫姫魅はそれを知っていて、真っ先に私の生命を狙ったのだよ。誰かが真実に辿り着くとすれば、それは私だろう――と、あの男は考えたのだ。だが、おまえがし損じたので、結局私は事実に辿り着いてしまった。私を殺めたいということは、つまりは城の蔵書に何人たりとも近づけたくない、ということだからな……」
 これは天界には相応しくない――そう判断された書は、全て善地城の地下に運び込まれてくる。事実を隠蔽してしまうために。
 また、重すぎる秘密を抱えた個人が、それを心裡で消化できずに紙面に書き落とし、直接城へ持ち込んでくることも多々ある。
 蔵書の中には、統治者である天王すら知らぬ秘事が幾多と隠されていた。
「私が地下の蔵から見つけたのは、百年以上も前に綴られたある男の手記だ。その男は――当時、紫毘の城主に遣えていたらしい」
「――――?」
 悧魄は、意味深な眼差しを注いでくる蘭麗に対して小首を傾げた。彼女の言わんとすることがいまいち把握できない。
「おまえ――何故、紫姫魅に遣えている?」
 唐突にそんな質問を繰り出されて、悧魄は面食らった。訝しさに片眉を跳ね上げる。
「俺は、幼い頃から紫毘城に住んでいます。紫姫魅様に遣えるのは、当然のことです」
 そうだ。当然の成り行きだ。
 物心ついた時から傍には紫姫魅がいた。
 何故――と問われても困る。
「では、紫姫魅との出逢いを覚えているか?」
「いいえ……遙か昔の出来事なので――」
 続く質問にも悧魄は戸惑いを覚えた。
 改めて昔日を顧みると、初めて紫姫魅と出逢った時のことは跡形もなく記憶から抜け落ちている。
 ――俺は、どのようにしてあの方に出逢ったのだろうか?
 思い出そうとしても、記憶は蘇生されない……。
「やはり、覚えてはいないのだな。では、私がこれから語ることは、おまえの記憶を呼び覚ます《鍵》にもなるだろう――」
 少しでも苦痛を和らげるように、蘭麗が木の幹に背を預ける。
 彼女は強い意志を秘めた双眸で悧魄を見上げると、ゆっくりと語り始めた――



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2009.06.15 / Top↑
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