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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Mon
2009.06.15[21:12]

 悧魄は一語一句を聞き逃すまいと蘭麗に真摯な眼差しを注ぎ、彼女の声に耳を傾けた。
「手記の内容は、ある巡回の夜の話だ。激しい雨の中、彼は城主と共に《妖魔の森》付近を見回っていた。すると、不思議なことに森の中から子供の泣き声が聞こえてきたらしいのだ」
 蘭麗がゆるりとした口調で告げる。
 脳裏で書の内容を反芻しながら言葉を選んでいるのだろう。
「幼い子供の泣き声だった。城主は、従者を置いて一人で魔物の巣窟である森へと足を踏み入れたらしい」
「その子を助けるために? 妖魔のまやかしかもしれないのに、森の中へ入るなんて――無謀です」
 悧魄は渋い表情で呟いた。
 夜――しかも雨夜の《妖魔の森》は殊更不気味で、肝が冷えるようなおぞましさを醸し出しているのだ。そんな中を共もつけずに単身森へ分け入るなんて、かなりの胆力が必要だ。紫毘城主でなければ、ただの自殺行為に他ならない。
「そうだな、無謀だ――だが、城主は森に入った。そして、しばらく経過した後、血に塗れた幼い少年を腕に抱えて出てきた。この時、城主は従者に告げたらしい――この子は神人(しんじん)だと」
「――神人!?」
 悧魄は思わず目を眇めていた。
 神人とは、神と人間の混血を示す。
 天界では禁忌の存在だ。
 神が人間と恋に堕ち、添い遂げることは禁じられている。神の稀有な力が人間界に流出することを防ぐためだ。
 だが、中には禁忌を犯して人間との間に子をもうける神もいるのだ。
 生まれた子供を天界は拒絶する。
 神でも人間でもない曖昧な存在を、天上の世界は無慈悲にも受け入れないのだ。発見された神人は人間界に追放になるか、抹殺という手段で闇に葬られる……。
 天界では存在自体が許されぬ神人――それを城主は敢えて助けたというのだ。
 事実が露見した時、天王から厳罰を科せられることは承知しているだろうに……。何とも勇気ある行動である。
「城主は神人である少年を助けた。それだけではなく、更に恐るべき言葉を残している。少年を助けた代償として、いつか自分は妖魔に殺されるだろう――喰われるだろう、と」
「喰われる……?」
「おそらく、森の中で妖魔と取引を行ったのだろうな。残念ながら、森で何があったのかは従者の手記には綴られていない。城主が語らなかったのだろう。『あの夜から我が主は死を待つべくして生きているのです』と、従者の手記はそこで途切れている。従者の主とは、間違いなく紫姫魅のことであろう。そして――」
 蘭麗が一度言葉を切り、澄んだ瞳で悧魄をじっと見つめた。
「紫姫魅の助けた神人というのは――――!?」
 突如として、蘭麗が言葉を失う。
 ドスッッッ!!
 鈍く不快な音が悧魄の耳に届く。
「――うぅっっ……!」
 苦悶の呻きが蘭麗の唇から出でる。
「地天殿っ!?」
 悧魄は驚愕に目を剥いた。
 蘭麗の胸に深々と剣が突き刺さっているのだ。
 蘭麗の形の良い唇から、紅い液体が糸のように垂れ下がる。
 黄金色の双眸は張り裂けんばかりに見開かれ、悧魄の背後を凝視していた。



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