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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Tue
2009.06.16[08:56]
 迦羅紗の私室へ入った少年――鳥羽(とば)は、正妃がその生命と引き替えに産んだ唯一の皇子であった。
 鳥羽は、突然の迦羅紗の呼び出しに驚いた様子もなく父に歩み寄る。
「父上、何用でございますか?」
 迦羅紗の前で立ち止まると、鳥羽は鳥の頭を撫でながら優雅な微笑みを浮かべる。
「鳥羽――」
 純朴な笑顔を向けられた迦羅紗の方は、哀しげに息子を見返した。
 しばし無言で鳥羽の顔を見つめた後、迦羅紗は何かを振り切るかのように息子の手をグイッと引いた。
 蒼き鳥が驚いたように主から離れ、慌てて近くの卓の上へと降り立つ。
 体勢を崩して倒れ込んできた鳥羽を、迦羅紗はひしと抱き留めた。
 少年の細い身体を抱き寄せ、艶やかな白金髪に何度か口づけを捧げる。
「――父上?」
 腕の中で鳥羽が不思議そうに小首を傾げる。
 迦羅紗は自分と同じ若葉色の双眸を正面から見据えた。
「鳥羽、空天を継いではくれないか?」
「――――!?」
 静かに告げた途端、腕の中で鳥羽の身体が大きく震えた。
 そんなことは全く想像していなかったのだろう。鳥羽の秀麗な顔は驚愕と狼狽に青ざめてさえいた。
「何故、今なのです? まさか……地天様がお亡くなりになられたのですか?」
 明敏な鳥羽は、素早く父親の心情を汲み取ったらしい。不安に潤んだ眼差しで迦羅紗を見上げてくる。
 迦羅紗は首肯し、苦笑とも自嘲ともとれる微笑みを湛えた。
「あれが死んだのならば、オレの存在理由もない」
 迦羅紗が断言した刹那、鳥羽の身体がまたしても激しく揺れた。
「一族はどうなるのです? ――私は? 父上は……私を捨てるのですか?」
 鳥羽の汚れのない瞳が迦羅紗を射抜く。
 率直に問われて、迦羅紗は僅かに表情を曇らせた。
 捨てる――おそらく、それは間違いでも過激な表現でもない。如何なる理由があろうとも、迦羅紗が愛息を置いてゆくことに変わりはないのだ。
「おまえを一人にすることだけが、気懸かりでならない」
 迦羅紗は、罪悪感に苛まれながらも鳥羽の髪を愛しげに撫でた。
「だが――もう限界だ。多分、オレは歴代の空天の中で最も王に相応しくない無責任な男なのだろうな。一族のことを後回しにして、一人の女のために自ら生命を絶つのだから……」
「嫌です、父上っ!」
 鳥羽の瞳に哀切な光が灯る。
「私は……空天など――王位など欲しくはありませんっ!」
 鳥羽が声を荒げながら、迦羅紗の衣服を強く握り締める。
 それは、普段は穏和な少年が初めて見せる激しい感情揺らぎ――心の奥底からの叫びだった。
 哀願を秘めた鳥羽の眼差しに耐えられず、迦羅紗は苦しげに瞼を伏せた。
 鳥羽のことを想うと胸がキリキリと痛みを発する。
 この世に生を受けた時には既に母親は亡く、迦羅紗一人の愛情しか知らない鳥羽。
 その迦羅紗も七天が一人・空天であり、多忙の身ゆえに滅多に甘えることなど出来なかった……。
鳥 羽が迦羅紗と共に過ごす時間をもっと欲しているのは、理解している。彼はまだ愛情の必要な子供なのだから……。
「鳥羽……これ以上、愛する者に置いて逝かれるのは、耐えられないんだ」
「私だって父上のことが好きです」
「鳥羽、おまえはまだ若い。これから先、肉親のオレよりも遙かに愛しいと想える人と必ず出逢えるはずだ。その出逢いを大切にしろ。オレは……おまえの母親に先立たれ、蘭麗にも死なれたのだよ。どうして、オレだけが平然と生きてゆかれる――」
 迦羅紗は改めて鳥羽を抱き締め、愛しさを込めて額に口づけた。
 迦羅紗の心境は、まだ身を焦がすような恋愛を経験したことのない鳥羽にとっては難解なものだった。
 だが、彼は父親を愛していた。誇りに想っていた。
 その迦羅紗が、ただそれだけを渇望するというのならば――
「……行って下さい」
「鳥羽?」
「私は、父上のように立派な王になれるでしょうか?」
 鳥羽はそっと迦羅紗から身を離すと、麗雅に微笑んだ。
「おまえは善い王になる――オレよりもな。行き詰まった時や道に迷った時には、彩雅たちを頼るといい。必ずおまえの力になってくれるはずだ」
 迦羅紗の言葉に鳥羽はゆっくりと頷いた。
「早く……行って下さい。従者たちに見つからないうちに、父上――」
 鳥羽の唇から懇願が零れる。
 彼は、それ以上迦羅紗を正視していらなかったのか、フイッと顔を背けた。
 そんな鳥羽をもう一度腕に抱くと、迦羅紗は心からの言霊を紡いだ。
「愛してるよ、鳥羽」
「……早く行って下さいと……言いましたのに――」
 鳥羽の双眸から透明な液体が溢れ出す。
「鳥羽――」
 最愛の息子の額に、頬に、唇を落とし、迦羅紗は最後の言葉を贈った。
「愛してる」
 短く囁き、身を翻す。
 部屋に窓を大きく開け放つと、迦羅紗は翼を広げた。
 そして、躊躇いもせずに外界へと身を羽ばたかせたのである――



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