ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 早朝の冷ややかな空気が森を包み込んでいた。
「蘭麗――」
 愛する女性の亡骸は、太い木の幹に寄り添うようにしてひっそりと存在していた。
 美しい死に顔――
 迦羅紗は吸い寄せられるように蘭麗の傍へ歩み寄り、地面に膝を着いた。
 頬をそっと指先で撫で、血の気の失った唇に自らの唇を重ねる。
 氷のように凍てついた唇が、彼女の死を如実に物語っていた。
「本当にもう……いないんだな」
 迦羅紗は唇を離すと、蘭麗の足首に填められている黄金の足環へと手を伸ばした。
 僅か数秒躊躇い――ひどく緩慢とした動作で金環を外す。
 蘭麗と最後に逢った日、彼女は迦羅紗に告げたのだ。
『鬱陶しいのだろう? だったら、おまえが外せばいいのだ』
 彼女の声が脳内で谺する。
 もう、あの無愛想な声音が耳に届くことはないのだ――と考えると、自然と涙が頬を伝った。
 まさか、あの言葉がこんなにも早く現実化するとは、あの時には想像もしていなかった。
 迦羅紗は手の中の金属に視線を落とした。
 鬱陶しくなどなかった。
 ただ、哀しげに鳴り響く音色が嫌いだった。
 ――違う!
 心の中で何かが激しく反論した。
 ――羨ましかったのだ。
 蘭麗の傍に常に在ることが。
 生の無いものへの嫉妬。
 それほどまでに大切に想っていた。
 伝えられなかったのは、ただ一つの言霊――
「……愛している」
 それだけで良かった。それだけを伝えたかった。
 蘭麗へ捧げる全ての想い――
 彼女が望むものなら、全てを叶えてあげたかった。たとえ、両の翼を失ってでも。
「おまえも……オレには一度も囁いてはくれなかったな」
 魂の抜けた蘭麗に静かに語りかける。
 互いの心を承知していながら、どちらも頑なに思いの丈を口外しなかった。
 蘭麗の天穹と翼に対する嫉妬にも似た羨望が彼女の唇を硬く閉ざし、そして迦羅紗にも口を開かせなかったのだ。
「オレは翼などどうでもよかったのだけれど……。だが、翼がなかったらおまえはオレには惹かれなかったのだろうな。――皮肉だな」
 迦羅紗は自嘲の笑みを浮かべると、蘭麗の胸に突き刺さったままの剣を引き抜いた。
 蘭麗の血に濡れた切っ先を己の胸に押し当てる。
 そのまま逡巡することなく、一気に心の臓を貫いた。
 激痛が迦羅紗を襲う。
 その痛みに耐えて、今度は剣を抜き取った。
 刹那、鮮やかな血飛沫が舞う――
 全身を苦痛に苛まれながらも、迦羅紗は微笑みを浮かべた。彼にとっては念願の時が訪れようとしているのだ。
 愚行だと罵られても、民を捨てた非情な王だと非議されても構わない。
 自分にとっては、これが蘭麗と共に在るための唯一の方法だったのだから……。
 迦羅紗は、愛しさを込めて蘭麗を両手に抱き寄せた。
「……愛している、蘭麗。オレたちは、やっと――――」
 ふと、迦羅紗の言葉が途切れる。
 彼らは、ようやく一つになることが出来たのだ。
 もう、無駄に意地を張り合い、つまらない空回りをすることもない……。

 迦羅紗と蘭麗の全身から仄かな光輝が滲み始める。
 次第に二人の輪郭が歪み、融けるようにして崩れていった。
 白い閃光が一時、辺りを埋め尽くす。

 ――リーン、リーン……。

 何処かで哀切を孕んだ玲瓏が谺した――


     「四の章」へ続く



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2009.06.16 / Top↑
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